17th Mov. ピアノ探しとお出かけ

 両親への説明と説得は、一応の成功を収めた。

 僕と父さんは共にダメージを負い、母さんの一人勝ちといった終わり方ではあったが。


 部屋に戻った僕はベットに寝転び、変に高ぶった気持ちが落ち着くのを待った。

 その間、頭に浮かんだのが、ピアノはどの程度の物を用意すれば良いのかという問題。

 父さんのアドバイスの通り、詳しい伏見さんに聞いてみることにした。


 ポケットからスマホを取り出し、通信アプリのLINEYを開く。

 いつも連絡関係はグループチャットで、個別に連絡をするのは中野くらい。神田さんはもちろん、伏見さんとも個別で連絡を取ったことはない。


 再び早まる鼓動。

 ゆるキャラと思わしき、謎の兎が目印のアイコンをタップし、個別メッセージ画面を開く。おそらく、うさぎピアノ教室にちなんでいるのだろう。あれは多分、兎のはず。


 どうでも良いことを考えつつも、ああでもない、こうでもないと文面を打っては、消すを繰り返す。無難と思われる内容になったので、恐る恐る送信ボタンをタップした。


「親にピアノ習う許可がもらえました。期間限定かもしれないけど、うさぎピアノ教室に入会しようと思います。そこで、家での練習用のピアノについて相談したいことがあります」


 女の子に個別メッセージをするの人生で初めてだった。けど、思ったより問題無い内容を送れたのではないかと一安心する。


 懸念事項も片付いたので、ベッドに寝転んだまま、スマホゲームを開く。

 デイリーミッションを片付けていると、着信を表す画面が割り込んできた。

 最初はメッセージの返信が来たのかと思ったら、……電話か!


 思わずベットから起きて、縁に腰を掛ける。

 入試面接のように姿勢が良くなってしまったのは謎だ。


「も、もしもし」

「あっ、野田君! 急にごめんね! 私、嬉しくなっちゃって! これで野田君ともピアノのお話出来るね!」


「あ、ああ。そうだね。まだまだ初心者にも満たないけれど……」

「そんなの気にしなくても良いのに! やっぱりさ、やってる人しかわからない話とかもあるし! いつもちゃんとお話出来なかったし、これで野田君とも仲良くなれるね!」


「確かに、伏見さんとあんまり喋ったりしてなかったかな」

「うんうん。これでもっと仲良しさんだね! そうだ、体験授業って先生誰だったの?」


「実は、結先生だったよ。まさか伏見さんのお母さんだとは思わなくって。でも、凄く分かりやすくて楽しかったよ」

「お母さんが担当したんだ⁉ 今朝、私には何も言ってなかったのに! 変なこと言ってなかった?」


「いや、伏見さんの話題になる前に色々あって。時間も無かったから、すぐにレッスンになったから大丈夫だと思うよ」

「それなら良いけど……。お母さん、すぐ調子乗るから、私のこと話題になっても話半分で聞いてね」


「うん、了解です」

「そうだ、ピアノの話だよね! ごめんね。話を変な方向に持って行っちゃって」


「いや、大丈夫だよ。ピアノを始めるには始めるんだけど、家での練習用のピアノについて分からなくって。ピアノにまでかけられるお金が無さそうなんだけど、安物は良くないみたいだから、ちょっと相談したかったんだ」

「そうだよね~。ピアノって高いからなぁ。維持費もかかっちゃうし」


「本気でやるなら、最低限こういうレベルの物が良いとかあるかな?」

「そういう話なら、最低ピアノと同じ感触の鍵盤じゃないとダメだよ」


「同じ感触の鍵盤?」

「そうなの。グランドピアノもアップライトピアノも、鍵盤とハンマーが連動して弦を叩いているんだ。だから、鍵盤もそれなりに重さを感じるはずなの」


 言われてみれば、体験授業の時に感じたっけ。ピアノって案外、押す力が必要だということを。鍵盤をしっかり押さないと音が響かないんだよな。


「多分、言いたいことは分かる気がする」

「良かった。それでね、キーボードとか安い電子ピアノは、そういう感触まで再現されてないことが多いの。だからアップライトピアノと言わなくても、それなりの金額の電子ピアノが良いかなって思うよ」


「意外と電子ピアノでも良いんだね。どんなに安くても、アップライトピアノにした方が良いって言われるかと思った」

「アップライトピアノも高いもん。それに調律とかも必要でお金かかっちゃうんだ」


「買ってからも費用がかかるなら、アップライトピアノも厳しいな。それで、どんな電子ピアノなら良いのかな?」

「うーん、私も電子ピアノになると、どのメーカーが良いとか知らないかも。十数万くらいのしっかりした電子ピアノなら、感触も再現されているはずなんだけど……」


「そうなんだ……。僕には感触で判断できるほど、ピアノに触ったこと無いし……。店員さんに聞いてみるしかないか」

「それも一つの選択肢だけど、店員さんにはピアノに詳しくない人もいるし、楽器店って売りたいメーカーがあったりするんだよね……。そうだ! 良かったら、今度、一緒に楽器店行こうか! それなら、どの電子ピアノが良いか、私が判断出来るし!」


「僕としては、伏見さんの方が信頼出来るから助かるけど。いいの?」

「全然良いよ! 発表会も終わったし、中間テストも終わったし! これでもっと野田君がピアノ好きになってくれたら、私も嬉しいし!」


「じゃあ、お願いしようかな」

「お任せを! いつにしよっか? 今週は平日埋まってるから、次の土曜日で良いかな?」


 基本的に、僕の予定はいつも空いているので問題ない。


「うん、僕は大丈夫。色々相談乗ってくれて、ありがとう。助かったよ」

「いえいえ~。来週楽しみだね! じゃあ、また明日。学校でね!」


 伏見さんとの電話が終わり、一息つく。


 最難関の両親の説明と説得も無事に終わったし、ピアノの問題も電子ピアノが許されるなら、アップライトピアノほど高額なものにならない。購入費用を自分で用意するにしても、父さんにお願いするにしても、安いに越したことはない。それに、伏見さんが一緒に行ってくれるなら、良いものを選んでくれるだろうし、心配いらないな。


 と思っていたんだけど、……どうしよう。重要なことに気が付いてしまった。


 来週の土曜は、伏見さんと二人きりで出かけるってことだよな……。それって、つまりデートみたいなもの……か?


 いやいや、彼女はピアノ選びに協力してくれるだけで、他意は無いはずだ。

 休日に二人で出かけるからと言って、デートじゃないんだ。決してデートな訳じゃないぞ。


 単に二人で出かけるだけ。

 ピアノ初心者の僕に、ピアノの先輩である伏見さんが助けてくれるだけなんだ。


 どれだけ、その事実を言い聞かせても、僕の心臓は大騒ぎしっぱなしだった。

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