第285話 ボランティアは試合観戦のあとで-5
シスター院長とアムたちには家の掃除や必要そうな物資の買い出しを頼んだ。
王都の中の店では俺たちみたいな着ぐるみ人間は買い出ししにくかったのだが、決勝トーナメント出場者ということで帝都内の店でも普通に買い物ができるようになった。
アムたちが帰って来る前にパン、肉、野菜。
それらの食材が凄い勢いでなくなっていく。
みんなよっぽどお腹空いてたんだな。
「豚さん、もっと作って!」
「ああ、任せておけ。リザードマンの肉でいいか?」
「うん!」
子どもに催促されて今度はリザードマンの肉を解体する。
最初この世界に来たときは二足歩行の動物を食べるのはどうかなんて倫理観に囚われていたが、慣れてしまえば二本足で歩いているだけのトカゲってことだもんな。
二本足よりもトカゲの方がイヤだ。
肉を削いで焼いていく。
味付けは塩だけだ。
「このリザードマン、私が知っている奴より旨いな……何が違うんだ?」
ターニアがマジマジと俺の焼いたリザードマンの肉を見る。
たぶん、種類が違う。普通のリザードマンと見た目は一緒だけど普通のリザードマンより遥かに強かったし。
ていうか、こいつ子どもと一緒に普通に飯食ってるな。
「このリザードマンの剣はどうするんだ?」
「ああ、要らないから好きにしてもいいぞ。本来子どもに剣を持たせるのはどうかと思うが、こんな場所だったら自衛の手段は必要だろ?」
部屋の隅にボロボロの剣が置いてあった。
子どもだけが住んでいる家を襲うのは人間として最低な行為だが、スラム街だから何があってもおかしくない。
「そうだな。一応、上には私が話をつけてあるから組織が襲って来ることはないが、新参者は常に入ってくるからな」
上に話を? みかじめ料でも払っているのだろうか。
子どもたちだけ暮らしていくならそういうのが必要なのだろう。
「私もここ出身でな。子どもの頃はいつも大人に襲われていた。あそこに置いてある剣は私が昔使っていた剣だ。百人は殺したな」
「自慢気に語るなよ」
「自慢だ。よく殺した強盗を串刺しにして家の前に立てたものだ」
猫は捕まえた虫やねずみを主の元に持っていく――みたいなものか?
「豚さん、お肉焼けた?」
「ああ、焼けたぞ。持っていけ」
「ありがとう。まだまだ焼いてね」
「兄ちゃん、これも持って行っていいよな!」
子どもたちが焼けた肉を皿ごと持っていく。ついでにリザードマンの鎧も持っていく。
しかし、まだ足りないのか?
リザードマン三匹目だぞ。
「どれだけ食べるんだ?」
「どうせあいつらのことだ。食べきれない分の肉はさっきの鎧と一緒に外に持ち出して大人たちに売っているんだろう」
「は?」
地図を見る。
すると、子どもたちが家の外に出て行った。
支援してやった肉を転売してるのか。
商魂逞しいな。
ウサピーを思い出す。
「どうする? 注意するか?」
「子どもたちがしっかり食べてるか確認してくれ。自分たちの分を食べずに売ってるようなら流石に支援を打ち切るって言ってほしい」
「わかった」
ターニアが出て行った。
そして、戻ってきた。
「もう売らないから食べさせてほしいそうだ。あいつら、全く食べてなかった」
「……はぁ」
いい匂いもしただろうに。
肉だけだったら栄養が偏るな。
拠点の冷蔵庫の食材があればもっとまともな食事が作れるのだが。
「ご主人様、野菜とパンを追加で買って来ましたが、もう必要ありませんか?
「お、ナイスだアミ! ちょうど欲しいって思っていたんだ」
このパンの形、切ればハンバーガーのパンズみたいになるな。
だったらハンバーガーを作るか。
調理能力を使って、ささっと作る。
よし、完成。
「アミ、これを持って行ってくれ」
「かしこまりました」
アムがハンバーガーを持っていく。
「凄い手際だな。一瞬見えなかったぞ」
ターニアが感心するように言う。
「まぁな。そういう能力を持ってるんだ」
「貴様、もしかして料理人なのか?」
「いや、料理は趣味だ」
職業は武道家といえばいいのか、町長といえばいいのか。
勇者って職業なのだろうか? それとも二つ名だろうか?
うーん、あんまり深く言いたくない。
話題を変えよう。
「ターニアは帝都から出ようと思わないのか? その力なら自力で他国に行くこともできるだろ?」
「考えたことはあるが、ここの子どもには行く場所がない。それに、恩返しをしないといけない可能性もある」
ターニアはそう言って俺を見た。
「貴様も、そのようなものを着ているのだ。中身は亜人だろう? だが、安心しろ。じきに亜人も帝都に自由に入れるようになる。帝都だけじゃない。帝国中のどの町にもな」
「それって――」
「深く話し過ぎたな。トール、もしも行くアテがないのなら私の主君に仕えろ。剣の腕に調理の技術、どちらも私の主君が求めているものだ」
「悪いが、俺は自由を満喫しているんでな――」
「そうか。まぁ、無理にとは言わないが、考えていてくれ。とても素晴らしい主君だし、貴様とならいい仕事ができそうだ」
ターニアは二っと犬歯を見せて笑った。
以前会った時は威嚇ばかりされていたが、そんな風にも笑えるんだな。
その後、子どもたちがハンバーガーを美味しそうに食べていたので、たまにはこういうボランティアもいいなって思った。
シスター院長と一緒に孤児院に帰る。
「皆さん、今日はありがとうございました」
「いえ、俺たちもいい気分転換になりました。それでこれ、よかったら孤児院のみんなで見に来てください」
「まぁ、武道大会のチケットっ!? もう完売で手に入らないって聞いていたのに」
「俺たち、決勝トーナメントに出場するんで手に入るんです」
「そうだったのですか!? でも――」
「もう返金もできないので、使わなかったらゴミ屑になるだけですから。それに、俺たち名前があんまり知られていないので応援してくれる人が少ないんですよ。せめて子どもの声援でもあればって思って」
「そういうことでしたら。ありがとうございます、トールさん。みんなで応援させていただきますね!」
シスター院長がそう言って深く頭を下げた。
もしも霜月が自爆したら、この孤児院やスラム街の子どもたちも全員死んでしまうかもしれない。
ターニアはそのことを知っているのだろうか?
それでもあいつはカイザーについていくのだろうか?
そんなことを思いながら、俺たちは武道大会の見学終わりに行く予定にしていたカフェに向かった。
すでに本日の営業は終了していた。
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