第102話 異世界勇者はゲームのあとで

 森のダンジョンのボス部屋に静寂が訪れた。

 とりあえず息を漏らし、水の入ったペットボトルを三本取り出し、アムとミスラに放り投げた。

 アムはそれをキャッチするが、ミスラは取り損ねて身体に当たり、そのまま地面に座り込んだ。


「ミスラ、大丈夫か?」

「……ん。あの悪魔は契約の悪魔。自分の意思で動くことはない。それに、真名を教えたということは、ミスラたちには干渉してこない。真名を告げると悪魔を強制的に服従させることができる」


 ミスラはそう言って落ちたペットボトルを拾って蓋を開けた。

 そういう意味で聞いたんじゃないんだが。真名を教えたのが、俺たちに関わらないって意思表明だったわけか。


「アムはよかったのか? 母親のことを聞かなくても」

「はい。詳しく聞いてしまうと引き返せなくなるので。今回は成り行きで母の仇の悪魔と戦うことになりましたが、復讐のために生きるつもりはありませんから」

「そうなのか?」

「はい。ご主人様の従者となった時、私の生きる道は既にご主人様と共にあると決めております」


 うはぁ、責任重大だ。

 そのうち、その重圧に押しつぶされるんじゃないだろうか?

 俺はペットボトルの水を飲み、そんな風に考えて笑った。

 その重圧が、いまの俺には少し心地よかったから。

 バルクニルが残していった笛と空になったペットボトルを収納し、俺たちはエスケプでダンジョンから脱出。

 帰還チケットを使い、村に戻った。


 転移門の近くの酒場からいつもの喧騒が聞こえてくる。

 村の連中には悪魔と戦うことは伝えていない。


「村長、おかえりなさい。またダンジョン巡りですか?」

「ああ。酒樽が手に入ったから酒造りが捗るよ。それにしても、ゾニック、だいぶ敬語が上達したよな」

「はい。頑張ってるです」

「そうだ、明日は理由は言えないけどみんなで宴会するからな! 大花火大会だ!」

「花火? よくわからないですが伝えておくです」


 転移門の見張りをしていたゾニックと少し話をして――ポチに敬語教わったんじゃないかと心配になった――家に帰った。

 食卓ではポチが料理を用意して待っていた。

 悪魔退治に行くことを知っていたから、そのお祝いとして用意してくれたのだろう。

 俺たちが負けるなんて絶対思ってなかったんだろうな。

 ポチにお礼を言い、ドッグフードを渡した。

 食事中、ミケが店を放ってこっちに顔を出し、酒を何種類か置いていった。去り際に、「帰って来てくれてよかったにゃ。ボスのために取っておいた酒が無駄ににゃらにゃくて」と言ってくれたので、ミケも俺たちのことを心配してくれていたのだろう。

 あとで頭を撫でまわしたいが、ポチとちがってミケってあんまり触らせてくれないんだよな。

 せっかくのミケの好意なので、用意してくれた酒をそれぞれグラスに注ぎ、三人で乾杯してポチの作った食事に舌鼓を打った。

 俺は普段は酒をあまり飲まないんだけど、今日は飲みまくりたい気持ちだったんだよな。

 そして気付いたらベッドに倒れていた。

 アムもミスラもまだ寝ているのでこっそりとベッドから抜け出し、二日酔い対策の解毒ポーションを半分ほど飲んだ。

 二日酔いにはやっぱり解毒ポーションだな。

 少し頭がマシになったので、朝の風を浴びるために外に出た。

 夜明け直後、既に畑で作業をしている村人たちの姿が見えた。

 彼らは俺を見ると一様に手を振ってきたので、俺も手を振って挨拶する。


「すっかりここの住人になっちまったな」


 俺がそう呟くと、

 

「ご主人様のいた世界――ワノクニに帰りたいですか?」


 いつの間にか隣にいたアムがそう尋ねた。

 どうやらアムを起こさないように動いたけど気付かれていたらしい。

 帰りたい……か。


「そうだな。妹が心配だから日本には行きたい。でも、帰りたい……は少し違う。帰る場所はもうこの家なんだよ」


 そのくらい、大切な者が出来過ぎた。

 いまさらこの世界の全てを棄てて日本に帰ることはできない。


「安心した?」

「いいえ、私はご主人様がご主人様の世界に戻れるのならそれでもいいと思っていました」


 アムは迷いなく俺に告げた。

 それを言われると少し寂しいぞ。 

 俺のためを思って言ってくれているのはわかるが、俺はこんなにもアムと離れられないって思ってるのに。


「もちろん、私もそのワノクニについていきます。私はご主人様の従者ですからどこまでもお伴します」


 との彼女の言葉に救われた。

 はは、さすがアムだ。

 動きだけでなく、考えまで速すぎる。俺の考えの遥か先を進んでいやがる。


「そうだな。アムにはずっと一緒にいてもらわないとな。俺が勇者になるまで、そして勇者になってから」


 俺がそう言ったとき、音が鳴った。

 アイリス様からのメールだ。

 アイリス様が出したクエストの報酬、悪魔ジルクを倒した報酬666円は既にポチから貰った。

 一円玉から五百円玉まで全ての硬貨が一枚ずつ入った袋に入っていた。

 だから、単純にお祝いのメッセージだろうか?


 そう思って見たら違った。

 アップデートの内容のお知らせだ。

 アイリス様がメールで内容を送ると言っていたが、今頃届いたか。

 俺はメールでアップデートの内容の確認をする。

 そして苦笑した。

 そっか、蒼剣はこんな面白いアップデートが実装されていたのか。

 あぁ、日本に戻ってゲームをしたくなってきた。

 

 異世界で勇者になるのは、ゲームのあとでいいだろう?


――――――――――――――――――――――

第二章はこれで終わりです。

次回から第三章に入ります。

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