第69話 ショボンとなるのは1000回針を飛ばしたあとで
アイリス様は恥ずかしそうに項垂れ、そして諦めたらしい。
DLCシステムの導入を認めてくれた。
「……DLCの購入認めます。無料DLCも含めてですね。ただし、1万円分ですよ? それ以上買いたいときは……そうですね。ポチさんのクエストの中に、私からの依頼を時々出します。その依頼を達成すれば、DLCの購入に使える電子マネーを付与します。それでどうですか?」
「ありがとうございます!」
「もう……じゃあ、トーカ様のシステムも『聖剣の蒼い大地』の最新のDLCまで購入可能なバージョンをVer1.3.2に更新しますから」
「え? もう1.3までいってるんですか? 一カ月くらいですよね?」
「この世界と地球の時間の流れは違いますから。あちらでは四カ月ほど経過しています」
微妙に浦島太郎。
てか、DLCを受け取るために、俺のチートもアップデートしないといけなかったのか。
結構面倒だったんだな。
アイリス様が渋っていたのはそれが原因だったのかもしれない。
「詳しいアップデートの内容はメールで送りますからご確認ください」
「わかりました。ありがとうございます。ちなみに、アプデでアイリス様が一番気に入ったのはなんですか?」
「それはもちろん、モンスター闘技場で……こほん、では、失礼します」
「……待って! ……ください」
アイリス様が帰ろうとしたところをミスラが止めた。
「あなたは、遊佐紀様のお友達ですね。どうかしましたか?」
「……私は悪魔に命を狙われています。女神様の力で悪魔を倒していただけませんか?」
「事情は遊佐紀様を通じて知っています。しかし、それはできません。神ですが、その役目は異世界から招かれるものに力を与えることだけ。それ以上の干渉は許されないのです」
「……そう……ですか」
「ああ、落ち込まないで下さい。大丈夫ですよ、遊佐紀様はものすごい我儘な方なんです。自分のやりたいことをやり通す人で、そのせいで私も散々迷惑を掛けられたんですから。だから、遊佐紀様が悪魔を倒すって言うのであれば、どんな無茶をしてでもそれをやり通せます。女神アイリスが言うのです。間違いありません」
アイリス様はそう言って微笑むと、俺を見て、
「遊佐紀様、こんな小さな子、泣かせてはいけませんよ? あと、私、メールの返信とか苦手なので、あんまり変な連絡しないでくだいね」
と言って帰って行った。
小さな子って、俺と同い年なんだけど。
それと、メールはこれからも何かあったら使わせてもらう予定だ。
「さすがご主人様です。女神アイリス様とあのような近い距離で話をされて。今の光景、このアムルタート、しかと目に焼き付けました。一生の自慢です」
「落ち着けって、アム。ミスラ、アイリス様の言ってた通り、俺がなんとかしてやるからな。なに、DLCの力を借りれば悪魔退治なんて余裕だ」
「……うん」
「ご主人様、ところでそのDLCと言うのは何ですか? 何ができるのですか?」
「いい質問だ! それは家に帰ってから話すぞ」
俺はダンジョンから出ると転移チケットを使った。
ダンジョンから出た俺は、帰還チケットを使った。
一瞬で村に戻った俺は早速家に帰った。
もう太陽が沈んだ。
酒場から女性たちの声が聞こえた。
今の時間は女性客専用の時間帯らしい。
いまは酒場には用事がないので家に帰る。
「ポチ、ただいま」
「あるじ、おかえりなさいなのです」
「ただいま、ポチさん」
「……ただいま」
「アムもミスラもおかえりなのです。食事の準備をするのでお風呂に入るのです」
「ああ、悪い。風呂に入る前に、やりたいことがあるんだ。風呂は食事のあとでいいか?」
ポチは俺の提案を受け入れてくれた。
さて、DLCについて話す。
DLCというのはダウンロードコンテンツの略だ。
インターネットを使い、ゲームで使える道具やイベントなどを購入することができる。
お金を払って買うだけではなく、無料で買えるものもあるし、ゲームを予約して買ったり発売後直ぐに買ったり、特定の店で買うことで手に入るDLCも存在する。
と説明しても理解は難しいだろう。
電波とか電子ネットワークもないこの世界では、インターネット? なにそれ、美味しいの? って話だからな。
「DLCっていうのは、俺の世界のお金を使って道具を買うシステムのことだ。便利なものが多いんだよ」
メニュー画面にDLC購入が追加されていた。
ここを押すと、本来は公式ストアのページに飛ぶのだが、普通に購入画面に代わった。
とりあえず、0円で購入できるものがいくつかある。
【セーブデータ特典】
【早期購入特典】
【初心者パックⅠ】
【初心者パックⅡ】
よし、まずはセーブデータ特典だな。
【セーブデータ特典を配布しました】
よし、来た!
玄関に行くと、大きなダンボールが置かれていた。
蒼剣でも、荷物がいつの間にか届いていることがある。
蒼剣ファンはこの現象を謎の配送業者Xの仕業だと呼んでいる。
とにかく、荷物を持っていく。
「ご主人様、これがDLCですか?」
「無料のな。開けるぞ」
開封すると、中に入っていた二着の服と薬瓶、そしてサボテンだった。
前にも話したと思うが、蒼剣の装備は武器を覗くと指輪、髪飾り、腕輪、首飾りの四種類のみ。
なら、服は装備にはならないのかというと、その通り。
服は見た目を楽しむだけのアバター品なのだ。
ゲーム内でも手に入るのだが、こうしてDLCでも手に入る。
「これが、空の主人公衣装(主人公専用)とミーティア衣装(女性専用)だな」
二着とも道具欄に収納して空の主人公アバターを使うを選択。
すると、『聖剣の蒼い空』の主人公の衣装に変わる。
「とまぁ、こんな感じだ」
「一瞬で着替えられるのは便利ですね」
「そうだな。しかもアバター専用の道具欄が存在するから、これを持っていることで道具欄が圧迫されることもない。しかも、アバターには防御力はないが、特典はあるんだ。この衣装は【聖剣】の経験値取得率10%だな」
「もう一つの服の特典はなんでしょうか?」
「ええと、ミーティアの衣装の特典は闇耐性+5だ」
ミーティアの職業は聖女だからな。
「アムも道具欄にアバター欄が追加されているだろ? 装備してみてくれ」
「わかりました」
すると、アムの姿が普段の冒険者姿から、清らかな聖女の姿へと早変わり。
以前村に来たメンフィスも修道女だったが、その衣装よりも明るい。
白を基調としているから妖狐族のアムが着るとまるで光の聖女が舞い降りたかのようだ。
なにより、彼女にゲームキャラのコスプレをさせているみたいで少し興奮する。
「これがミーティアさんの服なのですね」
「ああ、そうだな」
「……トーカ様、この薬はなに?」
「これは攻撃ブースト薬と魔力ブースト薬だな。攻撃薬や魔力薬と違って一時的しか効果はないが、攻撃、魔力の値が五割増しになる使い捨てアイテムだ」
「……五割増し!? 凄く貴重」
「そうだな。でも錬金工房で作れるようになるから、そこまで貴重ってわけじゃない」
「……このサボテンも貴重品?」
「いや、タダのサボテンだ。いたずらするなよ? 針を飛ばしてくるから。名前はハリーだ」
これは聖剣の蒼い空の主人公が家で世話をしていたサボテンだ。
指でつつくと針を飛ばしてきて、主人公が「いたた」とアクションを取る。
それを1000回繰り返すと、サボテンは針を失ってしまい、「ショボーン」となる。
ただそれだけのギミックアイテムだ。
一応、錬金工房で作れる植物回復薬を与えたら針が元に戻るのだが、だからといって特別なアイテムが貰えるとかそういうのもない。
1000回という苦行、意味も無いギミック、道具を使っても恩恵無しと本当にただの飾りでしかないのだが、それが逆にファンの心を掴み、ファンの皆からハリーの愛称を与えられた。ポッターと呼ぶやつもいたけど俺は断然ハリー派だな。
まさか、実際にハリーと会うことができるとはな。
よろしくな、ハリー。
俺がサボテンの入った植木鉢を持ち上げて言うと、ハリーは針を飛ばしてきた。
「いたた」
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