【300万PV突破】異世界召喚はゲームのあとで~過酷なファンタジー世界を俺だけ使えるゲームシステムで戦います~

草徒ゼン

第一章

第1話 異世界召喚はゲームのあとで

 大人気ゲーム『聖剣の蒼い空』の続編、『聖剣の蒼い大地』の発売日まで残り三十分となった。

 昭和や平成のはじめだったら、人気ゲームは発売日の前日や朝から店頭に並んで購入していた――なんてのはよく聞いた話だが、現在はインターネットを使って事前にダウンロードし、発売日の午前零時から即プレイ可能という時代になった。

 ありがたいことだ。

 このゲームの特徴は、なんといってもシステムの豊富さだ。

 メインはタイトルの通り剣の育成にある。

 前作での最終目標は魔王を倒すことができる聖剣への育成、さらには裏ボスである魔神すら屠る神剣への進化となる。

 もちろん、剣だけでなく主人公のステータスを上げるために様々なコンテンツがある。技能や鍛冶、仲間の育成、拠点拡張、職業に能力育成。

 今作ではさらなる育成コンテンツも追加されているため、非常に楽しみだ。


「トウジ兄、まだ寝ないの?」


 中学生の妹、パジャマ姿のリンが顔を出す。

 二歳年下の中学二年生なのだが、どう見ても小学生にしか見えない彼女の手にはポテチ(のりしお)の袋が握られていた。

 寝る前にそんなもん食べたら太るぞ――と思ったが、こいつは何故か太らないんだよな。

 フードファイターと思うくらいの量を食べるのに、横にも縦にも成長しない。


「早く寝ないと明日学校でしょ?」

「明日は有休とった」

「高校に有休はないよ。あんまり遅くまで遊んでたらダメだよ」

「わかってるよ。ちょっと遊んだら寝るから」


 俺はそう言って時計を見る。

 あと五分。

 もう少しだ。


「リンこそ、寝る前にちゃんと歯を磨けよ」

「うん。寝る前に冷蔵庫の中の朝ごはん食べてからね」


 朝ご飯の定義ってなんだろう?

 リンはそう言って空になったらしいポテチの袋をごみ箱に投げ捨てると、俺の飲みかけの水の入ったペットボトルの残りを半分飲んで部屋を出た。

 ポテチのカスが部屋の入り口に落ちているが、明朝自動で起動する掃除ロボットがそれこそ朝ごはんのように食べてくれることだろう。

 さて、邪魔者がいなくなったところで、そろそろ時間だ。

 俺はさっきリンが飲んだばかりのペットボトルの水を一口飲み――


 ってあれ?

 なんか白い?


 なんだこれ?

 謎の浮遊感――無重力? 

 手に持っている水の入ったペットボトル――これに幻覚剤でも入っていたのだろうか?

 いや、これは冷蔵庫で冷やしてるだけの水道水だし、さっきまで飲んでも何もなかった。

 リンだって普通に飲んでいたし。


遊佐紀冬志ゆさきとうじ様ですね?」


 突然、綺麗な声が聞こえた。

 若い女性の声だ。


『私は女神アイリス。突然のことで申し訳ないのですが、これから地球とは異なる世界メリシアに旅立たねばなりません』


 なんだ?

 女神?

 地球とは異なる世界?


『メリシアにあなたを召喚した者がいるのです。勇者として召喚されるあなたには、魔物と戦うための力を与えましょう。さぁ、願いを言ってください』

「願い……召喚されずに家に帰りたいんですが」

『それはできません』

「俺の両親は既に他界し、名前だけは保護者の伯父夫婦も家にほとんど訪れない名ばかりの保護者です。ですが、妹がいます。まだ中学生の妹で、俺が突然いなくなったら混乱すると思います。どうか再考願えないでしょうか?」

『……申し訳ありません。私には力を授けることはできても、その召喚を止めることはできないのです。その妹さんには後日、夢の中で私から説明いたして、希望するのであれば神の加護を与えましょう。それでどうかお許しをください』


 アイリスは申し訳なさそうに言った。

 女神と言っても万能ではないらしい。

 俺を召喚したのは異世界の人間で、女神のせいではない。

 彼女をこれ以上困らせることはできないか。


「わかりました。では異世界で蒼剣――『聖剣の蒼い大地』がしたいです」

『蒼剣? それはどのような能力でしょうか?』

「ゲームです。このゲームをすっごく楽しみにしてたんです。」

『ゲーム……ちょっと待ってください、いまデータベースに接続して調べてみますので』


 データベース?

 神の世界にもインターネットというものがあるのだろうか?

 待つこと数分。

 保留音もクラシック音楽も聞こえてこないので、無言で待つ。

 そして――


「遊佐紀様。蒼剣とはこちらでよろしいでしょうか?」


 突然、青い服を着ている美少女が現れた。

 彼女の手には携帯ゲーム機と『聖剣の蒼い大地』のソフトがある。


「それです! 遊んでいいのですか?」

「はい。では、満足するまで遊んで下さい」

「いいんですかっ!?」

「もちろんです。ここでは時間の流れは地球とも異世界メリシアとも断絶されていますから、好きなだけ遊んでください」


 アイリス様は本当に女神様だった。

 妹のこともいろいろと考えてくれたみたいだし、俺は生まれ変わってもアイリス様を信仰すると心から誓う。

 そして、ゲームを遊ぶ。

 この世界では、腹が減ることも喉が渇くことも眠くなることも疲れることも腰が痛くなることもないらしい。


「ふふ、では私も一緒に遊ばせていただきますね」


 アイリス様はそう言って、ゲーム機をもう一台取り出して遊び始めた。

 そして、時間は流れ――


「裏ボス撃破しましたよ! 遊佐紀様!」

「おめでとうございます、アイリス様。凄いですね」

「えへへ――ってそうじゃありません! いつになったら旅立ってくれるんですか!」


 アイリス様はゲームの腕とノリツッコミをマスターするまでに成長していた。

 彼女、最初はゲームの遊び方なんて全くわかってなかったからな。

 普通三分で終わるはずのチュートリアルバトルに一時間かけてたし。

 そういえば、ここに来て何日たっただろう?

 ゲーム内のプレイ時間を見ると、5000時間を突破している。

 てことは、日本の時間で200日以上か。

 いやぁ、寝る必要がない、食事の必要もない、風呂に入る必要もない、学校に行く必要もないってなると、ゲームが捗る捗る。


「遊佐紀様、そろそろ異世界に――」

「でもまだカンストしてない項目があってですね?」

「いい加減に旅立ってください。いくら時間が断絶されてるといっても、限度があります。いえ、限度はないんですけど、私の精神の方がですね。『あれ? 私なにやってるんだろ……断絶空間に引きこもってゲームって、引きこもりのニートかなぁ? でも、ここから出たら女神の仕事まだあるんだよなぁ、このまま引きこもっちゃおうかな』って思っちゃったときにはもう限界だって思いましたよ。ゲームクリアできなかったら廃人になるところでした」

「あぁ、確かにそれは限界ですね……でも、やっぱりカンストしてないので。これ、異世界に持って行っちゃだめですか?」

「ダメに決まって……そうです! 遊佐紀さん! それですよ! 異世界でもゲームをすればいいんです!」

「え? 持っていっていいんですか?」

「そうではなくて、遊佐紀様がロールプレイングゲームのような感覚で成長できるようにするんです。幸い、遊佐紀様がこれから行くメリシアの世界には、経験値やレベル、ステータスなどが存在する世界です。遊佐紀様にはさらにこのゲームと同じように成長できる能力を授けます!」


 リアル蒼剣を俺にしろってことか?

 ……少し面白そうだと思った。

 でも、大丈夫だろうか?

 ゲームの主人公は最初から戦うだけの力があった。

 それに比べて俺は――いや、俺には五千時間遊んで得たゲームの知識がある。

 それを使えば、なんとかなるか。


「わかりました。では、このゲームの力を持って、異世界メリシアに旅立とうと思います」

「ありがとうございます。では、能力を授けますね!」


 そう言ってアイリス様は持っていたゲーム機を一瞬にして大きな宝石のついている杖に変えると、それを振り回した。

 俺の周囲に光が広がり、それが身体の中に入っていく。

 これが能力か。

 特に強くなった気はしないが――


「それでは、遊佐紀様。よい異世界生活を」

「はい。アイリス様、お世話になりました。妹の事よろしくお願いします。あ、そうそう、蒼剣だけど裏ボスを倒した後に聖域の神殿に行くともっと強いボスのいる真裏ボスと戦えるダンジョンがあるから頑張ってください」

「え、待ってください。そこをもっと詳しく――」


 とアイリス様の願いは空しく、彼女の言葉が俺の耳に届かなくなっていた。

 そして――


 気付けば俺は荒野のど真ん中にいた。

 ……あれ?

 俺、召喚されたんじゃないの?

 周囲には誰もいなかった。


――――――――――――――――――――――――――――

新連載です、よろしくお願いします。

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