第6話:蘇った姫君と神器の力

 ゾディアックの私兵部隊を撃退した尉達はピラミッド内から運び出されテントにあった石板の解読とピラミッド内の調査をしていた。


「うーーーーーん、文字は超古代文字に似ているが、古代エジプト文字を組み合わせた様な文字だなぁ。でもお互いの文字で使われる翻訳技術を用いれば読めるはずだ」


 そう言う尉はバックから研究ノートを取り出し古代文字が記されたページを開く。そして石板の解読を始める。


 一方、ヴィーナスは尉が手に入れた断罪の鞭を虫眼鏡型のマジックアイテム、『イタカの義眼ガガィナ・ティモ』で詳しく調べていた。


「凄いわ!持ち手や縄に刻まれた超古代文字はまだ発見例のない新しい文字だわ!これを研究すれば、もしかしたら失われた魔法、旧支配者の龍翼タㇳミロデ・ババテォが解き明かせるかも!」


 それを聞いていた尉は笑顔になる。


「そうだな。だが、その前にまずは神器を探さないとな」

「そうね。石板の解読はどうなのパパ?」


 尉は右の人差し指で文字をなぞりながらヴィーナスに答える。


「ああ、ほぼ全ての文字は解読出来た。どうやら神器は三つあって、それぞれ旧王国の遺跡内に隠されていると」

「そうなんだ。それで隠されている遺跡は?」

「一つは王族の石棺が埋葬されている『アティノ遺跡』、一つは黄金の宝物庫である『ティティラス遺跡』、一つは幻の漆黒に輝く星のピラミッド『メセルス神殿』だ」


 それを聞いたヴィーナスは驚愕した表情で口を開ける。


「うそ⁉その三つの遺跡って未だ考古学界のみならず冒険者やトレジャーハンターが追い求めている古代遺跡じゃない‼」


 尉は苦笑いで頷き、首筋をかく。


「そうなんだよ。石板には遺跡の正確な位置は記されていなかったが、手掛かりはこの一文、『夜空に輝く四つの星の導きが示す場所に神器は眠る』と」

「四つの星って?」

「さぁーーーーっ見当がつかん。とりあえずサターン、ウラノス、ネプチューン、プルトが調べているピラミッドに行ってみよう」

「そうね。もしかしたらサターン達なら何か手掛かりを掴んでいるかもしれないわね」


 そして尉は石板をマジックボックスに入れ、ヴィーナスと共にテントを出てピラミッドへと向かう。


 ピラミッド内に入ると内部は広く、所々には入り口から入ったと思われる砂が積もっていた。


 そして作業用ライトで中を明るくした状態で手掛かり探っていたサターン達が居た。


 ジュピターとは別々となった尉は壁面をブラシで丁寧に掃くサターンに話し掛ける。


「おい、サターン、作業の進捗状況はどうだ?」


 サターンは掃く手を止めて目と目と間を摘まみ状況を報告する。


「ああ、パパ。いやぁーーーーっ広くて大変だけど半分以上は進んでいるわよ。ここの壁画は古代メソトラ王国の歴史が書かれているけど、肝心な滅亡の部分は描かれていないわ」

「そっか。歴史の謎が一つ解き明かせると期待していたが」

「それとパパ、石板の解読はどうなの」


 尉はマジックボックスから石板を取り出し、石板の文字を人差し指でなぞりながらサターンの問いに答える。


「解読は出来たが、肝心な神器の隠された遺跡の正確な場所が記されていなくてな」

「そう、でも暗号みたいな物はあったんでしょ?」

「ああ、あったにはあったんだが、どうも暗号と言うより案内文みたいなんだよ」


 すると二人の会話に割り込む様にウラノスが尉の腕を掴む。


「パパ!ちょっとこっち来て!」

「うわっと!どうしたウラノス!」


 尉が問に答える暇もなく、ウラノスは尉の腕を引っ張り部屋の中心に連れて行き、天井を見せる。


「ほら、あれ!天井に描かれている星空!無数の星々の中で赤い星があるわ!蛇の星座、ライオンの星座、隼の星座、サソリの星座。どう言う意味があるのかな?」


 天井に描かれている星空を見ながら尉は首を軽く横に振る。


「いいや、パパでもこれはどう言う意味か分からいなぁーーっ・・・ん!」


 尉は赤い星がある星座を囲む様に無数の星々の中に小さな星座がある事に気付く。


「あの小さな星座、人や動物、虫などの形をしているな。もしかして⁉」


 尉はすぐに石板に刻まれている神器の手掛かりらしき一文を見て、ひらめく。


「そうか!そうだったのか‼分かったぞ‼皆!神器の在りかが分かったぞ!」


 そう言いながら興奮する尉にその場にいる皆は作業の手を止め、それを外で残ったゾディアックの資料回収をしていたマーキュリー、ヴィーナス、アース、マーズが慌てながらピラミッド内に入って来る。



 その後、尉達はジープを走らせ神器のある遺跡へと向かっていた。途中、日が暮れた為、砂漠の真ん中で野宿する事となった。


 雲一つない美しい月明かりの下、テントを設営した尉達は石や枯れた丸太を使い焚き火の周りを囲む様に座る。尉はピラミッドと石板から分かった事をノートに書き記す一方でマーキュリー達は学校を休む間に出された宿題をしていた。


「だぁーーーーーーっなんで大変な依頼をしながら宿題をしなきゃならないのよ!」


 嘆くマーズに尉は鉛筆を走らせながら笑顔で言う。


「仕方ないだろ。学校を長期に休むんだからその分の宿題が出されたんだ。しっかりさぼらずやるんだぞ」

「はぁーーーーーーっ分かったわよパパ」


 ぐてーっとしたマーズではあったが、すぐに宿題を再開する。


 尉は記録を終えるとマジックボックスからアタッシュケース式の携帯型モールス通信機を出しG∴T∴へ状況報告を暗号通信で送る。


 それを見たマーキュリーが宿題の手を止め尉に近づき聞く。


「ねぇパパ、どうして通信魔法が便利で暗号化されているのに?」


 通信を終えた尉は右手で顎を触りながら答える。


「確かに便利だが、学校で習ったと思うけど魔法の仕組みは全体のまだ三割しか分かっていない。それに通信魔法は長距離では相手に届くのに最短でも一年はかかる。だから長距離通信では通信機を使った方が安定しているんだ」


 理由を聞いたマーキュリーは納得する。


「そうなんだ。確かに魔法学はまだまだ未開な所があるしね」

「ああ、その通りさ。ほら、分かったら早く宿題をやりなさい」

「はーい、パパ」


 マーキュリーは笑顔で返事をして自分が座っていた石に戻り、宿題を再開する。


 一方、尉から送られた通信を受け取ったG∴T∴の通信部のスタッフは暗号を解読、紙に通信文を書き、それを副会長の女性秘書に渡す。


 秘書は足早に副会長室へと向かい、ドアをノックし入る。


「失礼します副会長。先程、尉様はから暗号通信が届きました」


 目の前のデスクに座り、資料や報告書などにサインや印鑑作業をしていたタイタスは手を止める、秘書から通信文を受け取る。


「ああ、ありがとう。今日はもう帰っていいぞ」

「はい、分かりました。今日はお疲れ様でした。失礼します」

「ああ、お疲れ」


 秘書はタイタスに向かって一礼し部屋を後にする。


 タイタスは顎を右手で触りながら受け取った通信文を見てニヤリと笑う。


「なるほど。手掛かりを見付けたか」


 するとタイタスは通信文をデスクの空いているスペースに置き、鉛筆を手に通信文の空いている所に文を書く。

書き終えるとデスクに置かれた黒電話の受話器を手に取りダイヤルを回し、何処かに繋がる。


「通信部か?私だ、タイタスだ。直ぐに尉に返信文を送ってくれ。ああ、そうだ。内容は・・・」


 タイタスは通信文に書いた返信文を通信スタッフに伝える。



 翌日の早朝、尉達はピラミッドから東に向かってジープを走らせること一時間、神器が隠されている最初の遺跡、アティノ遺跡へと着いた。


 ジープから降りた尉達は準備を整え遺跡へと入る。


 中はとても暗く尉は『クゥトゥグアの光球アディ・バレトゥス』を使い中を照らす。


「なるほど。百年は続いた電磁嵐ではあったけど、中はほぼ無傷だな」


 尉はそう言いながら古代エジプト文字が刻まれた外壁を見る。


「それよりもパパ、ゾディアックが来る前に早く神器を見つけないと!」


 アースは少し慌てるが、尉はニヤリと笑う。

「心配するな。解読した石板には神器、マナの壺はここに埋葬された石碑の中にあることが分かった。ただ・・・」

「ただ、何?」


 尉は左手で首を触りながら困った表示で首を傾げる。


「ただ、誰の石碑に入れたのかまでは石板には刻まれていなくてなぁ。とりあえず掘り返して中を確認するしかない」

「ええ!嘘⁉︎それで石碑っていくつかあるの?」


 尉はすぐにノートにあるページを開き、アースの問に答える。


「全部で三つだ。三体のエジプト神の石像下にある。一つはホルス神、一つはアヌビス神、一つはラー神だ」

「なるほどね。ちょっと面倒だけど、 分からないよりはマシよね」


 アースの言った事に尉は同感する様に頷く。


「ああ、そうだな。それじゃ行くか」


 尉が先頭に立って遺跡の奥へと歩き始めると彼の後に続く様にマーキュリー達も付いて行く。


 真っ暗な遺跡内ある程度、進むと十字路の様な場所に着く。


「よし!ここから別れて石碑を発掘するぞ。マーキュリー、お前はヴィーナス、アース、マーズを連れて右のホルス神へ。ジュピターはサターン、ウラノス、ネプチューン、プルトを連れて左のアヌビス神へ。パパはこのまま真っ直ぐ行ったラー神へ向かうから。発掘した石棺内から何か発見したらここに戻ることいいね?」


 マーキュリー達は笑顔でマジックバックから発掘道具を取り出し笑顔で返事をする。


「「「「「「「「「はーーーーーーーーーーい!パパ!」」」」」」」」」


 そして別々になったマーキュリー達はLED並みの明るさを持つ光の魔力石を使ったランタンをマジックバックから取り出し、起動する。


 ホルス神とアヌビス神の石像に着いたマーキュリー達はシャベルと鶴嘴で石像の足元を掘り始める。


 一方のラー神の石像に着いた尉は『ツァトゥグァの土笛ドゥラテ・ババトパ』を使って埋まっている石棺を掘り出す。


 掘り出された石棺は古代エジプトの石棺に似たデザインで尉は蓋の横に刻まれている魔法陣に魔力を注ぎ、大中小の魔法陣が重なった施錠陣が出現する。


「ははぁーーーん。普通の人なら解錠に十年はかかるが、俺だったら三十秒だ!」


 自信満々な笑顔でそう言う尉は施錠陣に向かって『ヨグ=ソトースの合鍵ベヌュダ・レムトス』を使い、高速で施錠陣が左右に回転し始める。


 一方のホルス神の石像から掘り出された石棺の施錠陣をアースは一つずつ左右に回転させ解錠を行っていた。


「うーーーーーん、この施錠陣かなり高度ね。マーキュリーお姉ちゃん、これかなり解除にかかるわよ」


 それを聞いたマーキュリーは下顎は右手で触りながら頭を巡らせる。


「そうね。仕方ないわね。唯一、失われた禁術が使えるパパに頼むしかないわね」


 すると突然、マーズが大きなバールを手に蓋の隙間に勢いよくねじ込む。


 マーズの突然の行動に皆は驚き、ヴィーナスが止める様に慌てながら腕を掴む。


「ちょっとマーズ!何しているのよ‼歴史的遺物を傷付けるなんて!」


 一旦、隙間に入れたバールを外したマーズは自信満々な笑顔で言う。


「だって時間かかるんでしょ?だったらもうこじ開ける方が早いじゃん」


 理由を聞いたマーキュリー、ヴィーナス、アースは軽くため息を吐き、まったくだっと言っている様な苦笑いをする。そして彼女達もマーズと同じバールを手に持ち石棺の隙間に入れる。


「じゃ行くわよ!いちの!さんッ‼」


 マーキュリーの合図でヴィーナス、アース、マーズは力一杯にバールを下げる。


 一方のアヌビス神の石像から掘り出された石棺をジュピター達は魔法陣に先が吸盤型のコードを付け、高度なAIが搭載された黒色のノートパソコンをジュピターが操作していた。


「ふーーーーん。なるほどね。だとしたら、ここをこうしてこうすれば・・・」


 ジュピターはキーボードでコウドを入力すると画面に横バーが現れ、二~三秒でバーが満タンになり『解除完了』と表示される。


「よし!解除完了!さぁ皆、棺を開けるわよ!」

「「「「はーーーい!ジュピターお姉ちゃん!」」」」


 返事をしたサターン、ウラノス、ネプチューン、プルトは左右から蓋の隙間にバールを入れ蓋を浮かせ、そこに木の棒を入れ組み立ておいた高馬力の電動ウィンチのワイヤーを棒に括り付け上に上げる。


 禁術を使い最初に石板を解除した尉は蓋を重力操作魔法で開けて中を見る。


 石棺内には大神官と思われる衣服と装飾を着けた男性のミイラがあった。


「神器は無しか。この棺はハズれだなぁ・・・おや」


 尉は持つ様にミイラの腕に挟んである古代エジプト文字が刻まれた黒い本を見付け、両手で本を持ち、少し力を入れてミイラの腕から外す。


「これは・・・嘘だろ⁉『アヌビの黒の書』じゃないか!長い間、考古学界や冒険者、さらにトレジャーハンターが追い求めた失われた魔導書だ‼ついに発見したぞ!」


 棚から牡丹餅とも言うべき神器とは別の大発見に尉は子供の様に大喜びをする。


「思いがけない発見だ!これはこれで大当たりだ‼さてと、義娘むすめ達はどうかなぁ?」


 尉は再び重力操作魔法を使い棺の蓋を閉め、走って向かう。


 アヌビス神の石棺をウィンチで開けたジュピター達は蓋をゆっくりと地面に置き中を見る。


 石棺内には王族と思われる衣服と装飾を着けた女性のミイラが謎の文字が描かれた布で巻かれており、両手で抱く様に縦に置かれた左右に顔の無いスフィンクスが付いた周りに超古代文字が刻まれた小さな壺を見付ける。


「あった!お姉ちゃん!きっとこれが神器よ!」


 ウラノスが喜びながらそう言うとアヌビの黒の書を持ちながら早足で尉が現れる。


「ああ、お前達!神器は見付かったか?」

「ええ!見付かったわパパ!これよ!」


 尉は石棺内を見てウラノスが言う物を確認し喜ぶ。


「ああ、間違いない!でかしたぞ!お前達‼神器マナ聖なる壺だ‼」


 それを聞いたジュピター達も大喜びをする。


 そして尉は壺を持っているミイラの指を一本ずつ外してアークを手にする。


「おお!ニャルラトホテプが生み出した壺か。まずは一つ目を確保と」


 尉はそう言いながらマジックボックスに入れ、ジュピター達は蓋を地面に置きウィンチや道具をマジックバックにしまう。


「さてと、そんれじゃマーキュリー達の所に行くか」

「「「「「はい!パパ!」」」」」


 皆がマーキュリー達の元へ向かおうとする中でネプチューンはミイラの足元に小さな布袋を見付け中の物を見るとスカラベエジプトで言うフンコロガシや隼、魚などの小さな黄金細工に笑みを浮かべる。それを気付かれない様にマジックバックに入れる。


「いいか、ネプチューン。見付けた財宝は必ず冒険者ギルドに必ず報告して半分は納めるんだぞ」


 優れた気配感知で察した尉に言われたネプチューンは立ち止まり、ムスッとした表情で砂を蹴る。


「はい、パパ」


 一方、マーキュリー達はなんと石棺の蓋をこじ開ける。そして石棺内を見る古代エジプト文字が刻まれた水汲みサイズの壺と同じ古代エジプト文字が刻まれた二つの豪勢な中型の箱であった。


「え⁉石棺なのにミイラがない。どう言うこと?」


 疑問になるマーズであったが、壺を手に取ったヴィーナスは刻まれている古代エジプト文字を現代語に訳する。


「なになに、『イシスの聖水を飲みし者、永遠の命と共に復活せん』か。何かの秘術の為に用いられた魔道具かしら?」


 すると尉達が現れる。そして尉は石棺の中を見ながらマーキュリーに聞く。


「石棺に入っていたのはこれだけか?」

「そうよパパ。でも何でミイラじゃなくて物なのかしら?」


 石棺内にある箱が目に入ったネプチューンは笑顔ですぐに手に取る。


「おお!このデザインはきっと王族が使っていた宝石類ね、きっと」


 ワクワクしながら蓋を開けると中は大量の砂だけで、それを見た尉は残り一つの箱を手に取り蓋を開けると中身は砂で不思議に思う。


「何で砂を箱に入れ石棺に収めたんだ?何か意味でもあるのか?」


 だがネプチューンは不機嫌な表情で箱の砂を右手で握って上げて落とす。


「チッ!なんで砂なのよ!本当に意味が分からない!」

「こら!ネプチューン!そんな事を言ってはいけないぞ。この箱でも立派なお宝だぞ」


 尉に叱られたネプチューンは顔を下に向けてしょぼんとする。



 時は流れて夕暮れ。ピラミッドの入り口近くにテントを設営し、尉はG∴T∴に向けてモールス通信で神器の発見を報告する。


 一方、テント内でプルトは尉が発見したアヌビの黒の書をノートにスケッチしていた。そして本を開き中の古代エジプト文字をスケッチして行くと気になる一文が目に止まり、それの読み方を知る為にマーキュリーの元に向かう。


 切った肉や野菜を開けた缶詰の豆と一緒に焚き火に置いた鍋に入れ、炒めながらジェリカンに入った水を入れ、スープを作るウラノスは通りかかったプルトに笑顔で声を掛ける。


「プルト!もうすぐ夕食が出来るからパパや皆に伝えておいて」


 一旦、立ち止まったプルトは笑顔で頷く。


「分かったぞいウラノス姉様」


 そしてプルトはマーキュリーの居るテントに入る。そこでは箱を調べるマーキュリーの他にヴィーナスとアースは寝袋で教科書を顔に被せて寝ており、サターンが顕微鏡で箱に入っていた砂を調べていた。


「やっぱり、普通の砂ね。本当に何でわざわざ砂を箱に入れて石棺に収めたのかしら?」

「まぁ、それが謎なのが歴史の魅力よサターン。ん!どうしたのプルト?」


 箱を折り畳み式のテーブルに置いたマーキュリーの問いにプルトは気になった黒の書の一文を指さし答える。


「実はここの一文が気になって私の知識じゃ途中までしか読むことが出来ないから読んでもらえるかのマーキュリー姉様?」


 プルトの頼みにマーキュリーは笑顔で頷く。


「いいわよ。どれどれ・・・」


 するとプルトはマジックバックから先ほどのノートを取り出し、マーキュリーが読み上げる古代エジプト文字のメモをしようとする。


セルティア・アティノ冥府へ行きし魂よ、マフェルタここに戻れ。トトネス・ネウレス死者よ、吹き返せ、レレエ死者よ。イアーファー・タノ時は満ちた、目覚めよ。イアーファー・タノ時は満ちた、目覚めよ。アドゥル・アッティノその体に、戻るのだ


 マーキュリーが読み上げた古代エジプト文字に反応する様に遺跡内に置かれていた女性のミイラに巻かれた布に描かれた文字が消えて行く。そしてミイラは金切り声の様な声を上げ目覚めるのであった。


 一方、ジープの点検をジュピターと共にしていた尉は突然、勇者の印が痒くなり作業の手を止めてかき始める。


(くそ!印が痒くなるなんて嫌な予感がする!)


 するとサスペンションの点検をしていたジュピターは尉が突然、右腕をかき始めた事が気になり手を止める。


「ねぇパパ、どうしたの?急に腕をかき始めて?」


 尉はかくのを止め、笑顔で軽く首を横に振りジュピターの問いに答える。


「いいや、なんでもないよ。エンジンの隙間から出る廃液で痒くなっただけだよ」

「そう、ならよかった。サスペンションは長い道のりで少しガタがあったけどボルトを締めたら直ったわ」

「分かった。ありがとうジュピター」

「そんじゃ、ウラノスの元に向かうか?多分、夕食が出来ているぞ」

「そうねパパ、行きましょう」


 二人はレンチやプラスドライバーを赤い工具箱に入れてテントに向かう。



 夕食後、尉達は早めに都市に戻る為に焚き火を消して眠りについた。


 深夜二時頃、ネプチューンとプルトと共に寝ていたウラノスが突然、起きる。


「うーーーーっおしっこ」


 そう呟くウラノスはテントの外に出て大きな岩陰で尿をする。そしてテントに戻ろうとすると遺跡の奥から女性がすすり泣く声が聞こえて来たので気になったウラノスは遺跡へと入る。


 ウラノスは辺りを見渡しながら右腰に提げているホルスターからワルサーPPKを取り出し右手に構えながら左手にライトを持ち照らす。


 そしてゆくっりと歩きながら部屋を一つ一つ確認して行き、最後のアヌビス神の部屋を調べる。変わった様はない事にホッとするウラノスはテントに戻ろうと振り返るとそこには蘇った女性のミイラが立っていた。


「きゃ・・・きゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」


 外まで響いたウラノスの悲鳴にテントで寝てた尉達は飛び起きる。尉は寝袋の頭部下からホルスターを取り出しウエブリーMk.Ⅳを出し、遺跡に向かって走る。


「パパ!一体どうしたの?」


 尉と同じ様に愛用銃のブロウニング ハイパワーNo.1 Mk.Ⅰ二丁を構えたままテントから飛び出たマーキュリーの問いに尉は慌てながら答える。


「分からん!だが、ウラノスが‼」


 皆は急いで遺跡内へと入る。そして中へ入った尉はすぐにアヌビス神の像の部屋へと向かう。


 そこには恐怖で表情が固まり腰を抜かして地面に尻餅を着くウラノスが居り、尉は駆け寄る。


「おい!ウラノス!大丈夫か?一体何が・・・」


 そして尉はウラノスが向いている方を見るとそこに蘇ったミイラに驚くが、ミイラに胸元を捕まれ反対側の壁に投げ飛ばされる。


 後にやって来たマーキュリー達はその光景に驚愕する。


「えぇーーーーっ⁉な・・・何あれ‼」


 するとミイラはマーキュリー達に向かって魔法を唱え砂嵐を起こし妨害する。そしてミイラは念力の様な力で尉を壁に押し付け、彼の顔をじっくりと見る。


「ザァールゥーダァー」


 擦れた声で言うミイラに尉は少し驚くが、砂嵐で妨害させるジュピターは持って来たマーベリックM88ショットガンを何とかウラノスに向かって投げる。


「ウラノス!それでパパを!」


 それを聞いたウラノスはハッとなり、投げられたショットガンを受け取り、装填した12ゲージをスライド動作でチェンバー内に入れてミイラに向かって構える。


「おい!化け物!パパを放せ‼」


 だがミイラはウラノスの警告に耳を傾ける気配はなかった。すると尉は何とか念力に抗いながらウラノスに向かって大声で言う。


「ウラノス!パパに構わずミイラを撃て‼」


 それを聞いたウラノスは驚く。


「ええ⁉でも、そんなことをしたらパパが!」

「いいから!撃て‼」


 ウラノスは一瞬、目を閉じてためらうが、直ぐに開き引き金を引き発射する。


 発射された12ゲージを受けたミイラはたまらずうめき声を上げ、一方の地面に落ちた尉も弾を受けて傷を両手で抑えながら声を抑え痛みに堪えるが、大量の血が流れる。


 砂嵐が晴れマーキュリー達は負傷した尉を見て、慌てて駆け寄る。


「パパ、大丈夫!もしかしてウラノスが!」


 すると尉は痛みを堪えながらマーキュリーの問いに首を横に振って答える。


「ち・・・違う!俺が・・がはぁ!・・撃てと・・言ったんだ。ウラノスが・・・自分の意思で・・うげぇ!・・撃ったわけじゃ・・ないから・・・ウラノスを・・うぐ!・・責めないで・・くれ。それに・・はぁはぁはぁ・・パパは・・ッ・・女神様のおかげで・・・不老不死だ」


 それを聞いたマーキュリーはハッとなり安心した表情をする。


「そうだった。ヴィーナス!アース!パパを!」


 二人は頷き尉の肩を持って立たせ、一方、ウラノスはマーズの手助けで立つ。


「ぐはぁ!・・・それより早いとこ、ここを離れよう!テントなどは俺のマジックボックスに入れるから!」

「そうねパパ!皆!早くジープに乗って!」


 マーキュリーの指示に皆は返事をし、急いで遺跡を出て、尉は焚き火を残して全ての物をマジックバックにしまいジュピターがジープを運転し遺跡を離れる。


 一方、撃たれたミイラは直ぐに立ち上がり撃たれた場所を瞬時に回復させる。そしてホルス神の石像から掘り出された石棺に入っていた壺を手に取り擦れた声で唱える。


アディナ・聖なる水よ、ベベド・今、再びザズ・ここにダディド新たな命を


 すると壺に書かれた古代エジプト文字が眩く光り出す。そして蓋を開けると砂だった中身が透き通る様な水に変わっていた。


 その水をミイラが全て飲み干すと体中のあちこちが木が軋む様な音が鳴り始め、徐々に体が復活し始める。


 水を飲み完全復活したミイラは全裸ではあるが、黒茶髪で少し幼さが残る絶世の美女で次にミイラは二つの箱を重ねて取り出し右手を添える。


ファブナ・ラー砂よ。アルタ・再び、テティオ金に戻れ


 魔術を唱え終えると彼女は二つの箱を魔法で浮遊させながら遺跡を笑顔で後にする。



 それから四時間、夜が明けジープを走り続け、後部座席ではアースが道中で採取した砂漠に生える薬草で調合した薬を塗り込ませた包帯を痛みに耐えながらアースの手によって腹に巻く尉。巻き終え止めるとアースは笑顔で言う。


「はい、終わり。少し傷口が痛むけどパパなら大丈夫よね?」


 それに尉は服を着ながらサムズアップをする。

「ああ、ありがとうアース。助かたよ」


 それを聞いたアースは少し照れた表情をする。


 するとジープが突然、急ブレーキをして止まり尉は何があった前を見ると馬に乗った男達がジープを囲む様に待ち構えていた。


 何かヤバさを感じた尉は少し険しい表情でマーキュリー達に言う。


「皆、ジープかた出るなよ」


 それを聞いたマーキュリー達は無言で頷く。


 一人、カウボーイハットを被って外に出た尉はジープの前まで行き、白馬に乗るジェイムズに向かって声を掛ける。


「俺は永伊 尉だ!白馬に乗っているお前がボスか?」


 ジェシーは口元を隠していたスカーフを下にずらし、被っていたカウボーイハットを取って胸元に置く。


「そうだドクトル尉。初めまして、私はゾディアックの幹部をしていますジェシー・ジェイムズと申します」

「これはこれは、ご丁寧にどうも」


 そう言う尉は被っていたカウボーイハットを取り、胸元に置いて一礼する。


 するとジェシーの左側にいる彼の部下である中年男性が口をはさむ。


「なぁボス、そんな丁寧な挨拶はする必要ないですよ!早いとこ神器を奪いましょうや!」


 それを聞いたジェシーは呆れた表情でため息をし、左腰にある牛革のホルスターからシルバーメタリックのスコフィールドM1875を取り出し、口をはさんだ部下の脳天を躊躇い無く撃ち抜く。


 その光景に尉とジープの中で見ていたマーキュリー達が驚く。


 そしてジェシーは笑顔で尉に軽く一礼をする。


「すまない。部下が失礼なことをした。俺はね、自分で決めたルールにケチをつける奴は嫌いでね」


 見ていた尉は苦笑いをしながらカウボーイハットを被る。


「ははっその気持ちは俺でも少し分かるよ」

「ありがとう。さっそくだけどドクトル、悪いが神器を渡してもらえないか?大人しく渡してくれれば俺達はこれ以上、何もしない」


 そう言いながらカウボーイハットを被るジェシーからの提案に尉はニヤリと笑う。


「そうだなぁ・・・答えはっノーだ‼」


 尉は素早く右手を後ろに回し断罪の鞭をジェシーに向かって飛ばす。


 ジェシーは飛んで来た鞭を素早く体を左に傾けて避けるが、頬をかすめる。


「はははっそう来なくちゃ!野郎ども!やっちまえーーーーーーっ‼」

「皆!応戦だーーーーーっ!派手に暴れろーーーーーーーーっ‼」


 ジェシーの呼び掛けに彼の部下達はジープ目掛けて馬を走り出し、一方のマーキュリー達は愛用銃を手に取りジープから飛び出す。


 ジェシーは馬から降りて愛用銃であるシルバーメタリックのSAAとスコフィールドM1875を取り出し走り出す。そして尉も向かって来るジェシーに向かって伸びた鞭を戻し愛用銃のウエブリーMk.Ⅳを左手に持ち走り出す。


 尉達とジェシー達の戦闘は銃撃や魔法攻撃、そして格闘術を混ぜた激しい戦闘を繰り広げ、尉もジェシーと激しい戦闘を繰り広げているが、二人はなぜか笑顔であった。


「はっ!流石、皆に愛されるガンマン!ジェシー・ジェイムズだ!こんな戦いは初めてだ‼」

「俺もだドクトル!それに俺を知っているとは嬉しいぜ!」


 二人はそう言いながら激戦を繰り広げる。


 一方のマーキュリー達は初の戦いに苦戦しながらもジェシーの部下を次々と倒して行くが、ヴィーナスが銃撃で右腕を負傷する。


 すると負傷したジェシーの部下がジープの後部に倒れ込むが、覗く様に車内を見て神器がある事に気付きニヤリと笑い、手を伸ばし掴む。


 それに気付いたヴィーナスは負傷しながらも慌てて走り出し、左手を伸ばす。


「それダメェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼」


 そう言いながら負傷したジェシーの部下が車から外に出した神器に血の付いた左手で触れたヴィーナスは眩い光を発し、次の瞬間、大爆発が起こる。


「な!何だ⁉」

「一体どうしたんだ⁉」


 突然、起こった事に尉とジェシーは口をそろえるだけでなくマーキュリー達やジェシーの部下達と共に戦いを止める。


 そして爆発の所から現れたのはニャルラトホテプの様な異形の姿になったヴィーナスで彼女は虚ろな瞳で目の前にいるジェシーの部下の頭を蹴り飛ばし倒す。


 そして姿を変えたヴィーナスは瞬間移動の様に次々とジェシーの部下達を惨く倒して行く。


 その光景にジェシーは思わず恐怖心を覚える。


「おい!おい!マジかよ⁉」


 尉も同じ様に苦笑いをしながら流す冷汗を腕で拭く。


「これは・・・ガチでヤバい‼」


 するとヴィーナスは二人の方を向き一瞬で尉とジェシーの間に入る。そして尉は彼女の横顔を見て驚く。


「もしかして・・・ヴィーナスか?」


 するとヴィーナスはジェシーの方を向き左腕を払う様に振ると突風を起こしジェシーを吹き飛ばす。


 吹っ飛ばされたジェシーは受け身を取り転がる。


「どぅいーーーーーーーーーーーーーーっ!こいつはついてねぁーーーっ野郎ども引き上げだ‼」


 生き残っているジェシーの部下達は戦うのをやめ、急いで馬に乗り走り出す。ジェシーも口笛を吹いて白馬を乗る。


「ドクトル尉!今日はそのイカした助っ人に免じて引くぜ!だが、またいつか神器を奪いに来るから!そん時は必ず決着を付けようぜ!」


 ジェシーは捨て台詞を言うと白馬を走らせ生き残った部下と共にその場を去るのであった。


「ああ、いつかな」


 そう呟く尉はすぐに異様の姿になったヴィーナスにそっと声を掛ける。


「おい、ヴィーナス、大丈夫か?本当にお前なのか?」


 ヴィーナスはゆくっりと振り向くと虚ろな瞳から光が戻り生き生きとした瞳へと戻る。


「あらパパ、あれっ⁉私、神器に触れて一体どうしちゃった・・・・っ‼」


 異様な自分の手を見たヴィーナスはすぐに頭や顔、更に胸元などを触り自分の体の変化に驚愕する。


「なっ!何じゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」


 すると叫ぶと同時に眩い光を発し、ヴィーナスは元の体に戻るのであった。



 ジェシー達の襲撃から二日、尉達はガールンの首都である月霊山脈の高級ホテル『ハイドラ』に休息と補給を兼ねて泊まっていた。


 その日の夕暮れ、勇者の印でマーキュリー達と共に三階のスイートルームに泊まる尉はソファーに座り、残りの神器が隠されている遺跡の捜索をノートに記録した手掛かりを元に高さの低い机に広げた地図と照らし合わせて行う一方でマーキュリー達は持って来た水着をタオルと共にバックに入れ興奮していた。


「さてと、皆!用意はいいわね?パパも行きましょうよ?せっかくのナイトプールなんだから」


 マーキュリーは尉の右腕を掴み誘うが、首を軽く横に振る。


「ありがたいけど、ジェシーの野郎よりも神器の在りかを突き止めないといけないからパパは遠慮するよ」


 それを聞いたマーキュリーは頬を膨らませる。


「でもパパ、無名都市に着いてからずっと遺跡捜索で寝る以外で休んでいないじゃない。少しは休みましょうよ」


 笑顔でマーキュリーは体を休める事を勧めるが尉は笑顔で軽く首を横に振る。


「ごめんな。やっぱり遺跡の位置を突き止めたいからパパは遠慮するよ」

「あっそ。じゃご勝手にどうぞ。行きましょう皆」


 マーキュリーがそう言うと皆を連れてホテルの大きな中庭にある巨大プールへと向かい、尉は遺跡捜索を再開する。


 一方、ホテルから少し離れた大きめの道路で開かれている市場では多くの人々で賑わっていた。そんな中で人混みの中を白を基調としたセクシーなビキニを着こなし古代エジプトの王族が使っていた装飾品と薄い布を身に付けた黒髪の美女が笑顔で堂々と歩いていた。


 人々はあまりにも風変わりな美女の姿に目を奪われ、そして彼女は布製のシートを引いて胡坐になって装飾品を売っているターバンを頭に着け下を俯く老人のドワーフに膝を曲げて話し掛ける。


「あのーっこの町で高級な宿は知りませんか?」


 ドワーフは顔を上げるとそこには美女の巨乳が目に入りドキッとし照れる。


「あ、あははっ‼こ、高級なホテルだな。ここから先の十字路を左に行って信号を二つ行った先にハイドラと言う高級ホテルがあるから!」

「ありがう、おじいさん。はい、これはお礼です」


 彼女は笑顔で五個のスカラベ型の小さな金品を渡し、受け取ったドワーフは驚く。そして彼女は白いマントを翻して教えられたホテルへと向かう。


 それか数十分後、彼女はホテルの近くまで来る。ホテルの外装の美しさに左手を頬にあてポッとする。


「まぁー!素晴らしお宿だわ」


 そして彼女はホテルへ入り、周りの視線を気にせずに中庭と向かう。そして多くの人々が楽しむナイトプールと化した巨大プールと奥にある三つの白色のグランピングテント内で行うオイルマッサージを見て喜ぶ。


「まぁー!まぁー!まぁー!水浴び場だけじゃなくてマッサージ場まであるなんて素晴らしですわ!・・・ん⁉」


 彼女はプール内で楽しく遊ぶ水着姿のマーキュリー達を目撃し頭に雷が走った様にハッとなり急いでホテル内に戻る。


 一方、尉は遺跡捜索の疲労でソファーに寝っ転がりながらカウボーイハットを目隠しの様に被って寝ていた。


 するとドアを連続でノックする音が鳴り響き、目を覚ました尉は被っていたカウボーイハットをテーブルに置き小走りになってドアを向かい開けとそこには白いディスターシャを着た男性のドワーフのスタッフがあたふたした様子で居た。


「どうしました?」


 尉は落ち着いた口調で問うとスタッフは綺麗な柄のハンカチで汗を拭き答える。


「お休みのところ申し訳ございません。尉様!実は大変、困ったことが起きまして!どうかお力をお貸し出来ないでしょうか?」


 尉は迷う事もなく頷く。


「分かった。それで問題とは?」

「ありがとうございます。問題とはフロンテで起きておりまして、来てもらえないでしょうか?」

「分かった。じゃ行こう」


 尉はそう言うとスタッフと共に小走りで向かう。


 フロントがある一階に着くとこそでは中に戻った彼女が女性のフロントスタッフに向かって慌てる様に喚いていた。


「だーかーらー!美しい顔付きで黒髪をした!この大陸では見ない!異国の殿方が居ますわよね!」


 彼女の言っている事があまりにも理解が出来ず女性のフロントスタッフはどう対処したらいいか分からず、おどおどしていた。


「申し訳ございません、お客様。お客様がどなたかをお探しなのは分かりますが、ここには国外から多くのお客様が来られますので、それに他者にお泊りのお客様の情報を教えるのはプライバシー違反になりますので」


 深々と頭を下げる女性のフロントスタッフではあるが、それでも彼女は納得しておらず高々と言う。


「そんなの関係ありませんわ!私はこの地を治める王家の娘、すなわち王女ですわ!」


 その光景を遠くから見ていた尉は呆れた表情で右手で頭を抱える。


「なんだありゃ?衣服もだけど、自分を王女だと言い張るのは何かおかしいぞ」

「はい、我々もどう対処していいかわからず困っておりまして」

「よし!俺が話しをして来る」


 尉はそう言いながら彼女を注目する大勢の宿泊客の間を掻き分けながら彼女の元に向かう。


「なぁ!君、ちょっといいか!」


 尉は彼女の右肩に触れて振り向かせる。振り向いた彼女は間近で尉の顔を見て驚きながら顔を赤くする。


 するとそこにプールを満喫したマーキュリー達が衣服に着替えてフロントに現れる。


「いやーーっやっぱり高級ホテルのプールはやっぱり違うわね。ん?あれはパパとあの女の人は誰かしら?」


 マーキュリーがそう言うと尉に顔を赤くしていた彼女は笑顔でいきなり尉に抱き付く。


「あぁーーーーーーーーっ‼ようやく会えた!私の婚約者!」


 それを聞いた尉は何秒か理解が追い付かず静止、一方のマーキュリー達は持っていたバックを落とす。


「「「「「「「「「「え?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」」」」」」」」」」


 尉達が上げた驚愕の声はホテル全体を振動させるのであった。



 尉達は一旦、彼女を泊まっている部屋に連れて行き、ソファーに座りながら尉は目の前に座っている彼女に質問する。


「で、君は一体誰だ?婚約者ってどう言うことだ!」


 彼女は目を閉じて大きく深呼吸をして気品に満ちた真顔で尉の問いに答える。


「私は偉大なるメソトラ王国を治めるファラオ古代エジプト語で王を意味する、ラフェル・ラー・メソトラの娘、セトラ・アヌビス・メソトラと申します。気軽にセトラとお呼び下さい。そしてあなたの婚約者です」


 セトラは満面の笑みで締める。


「ご丁寧に自己紹介、ありがとう・・・でも最後は意味が分からん」


 尉のツッコミにうん、うんとマーキュリー達は二度、頷く。


「しかし、未だ君は古代メソトラ王国の王女なのが信じられないなぁ。じゃ次の質問、今は何年だ?」


 尉からの質問にセトラは目を閉じながら右手で下顎を触る。


「うーん、私が死んだのがホルス暦277年でしたから多分、今はホルス暦2166年だと思いますわ」

「じゃ次、君の父親であるラフェル一世には女王で正妻せいさいであるアトゥラの他に愛人が一人いたはずだ。その愛人の名は?」

「アヌエラですわ。私だけでなくお母様とも姉妹の様に仲が良かったですわ」

「じゃ最後の質問だ。ラフェル一世やアトゥラ王女、更に愛人のアヌエラが亡くなって君がファラオに即位したはずだ。その時の君の年齢とホルス暦は?」


 それを聞いたセトラは自慢げな笑顔で答える。


「ええ、よく覚えてますわ。八歳の時にファラオとして即位しましたわ。あの時のホルス暦は266年ですわ」


 彼女の答えを聞いた尉は目を閉じて納得した表情で軽く頷く。


「それを聞いて十分だ。どうやら君は本当にセトラ王女だな」


 たった三つの質問で納得する尉にマーキュリー達は驚く。


「ねぇ!ちょっとパパ!そんな質問だけで信じるの?」


 マーキュリーからの問いに尉は笑顔で答える。


「ああ、それにパパは色んな冒険で噓つきの目がどんな目をしているかよく分かっているからさ」


 尉の答えを聞いたマーキュリー達は納得した表情をする。


 そして尉はある事をセトラに聞く。


「しかし、なぜ古代王国の王女がこの現代に生き返ったんだ?今まで何処に埋葬されていたんだ?」

「え?埋葬はされていたのはアティノですわ。二日前の夜、アヌビス神の石像の前でお会いしましたわよ。いきなり火を噴く棒で体を射抜かれましたけど」


 それを聞いた尉達は首を傾げ、深く考え込む様に記憶を蘇られる。そして尉達は遺跡で出会ったミイラの事を思い出し、ハッとする。


「もしかして!俺達を襲ったミイラか⁉」


 尉が言った事にセトラは大喜びをする。


「はい!皆さまが出会ったミイラが復活したばかりの私です。誰かが黒の書に書かれた復活の呪文を唱えたお蔭ですわ」


 それを聞いた尉達の中でマーキュリーとサターン、プルトがある事を思い出す。


「あ‼ごめんなさいパパ!実はその黒の書に書かれている復活の呪文を唱えたの私なの」


 マーキュリーが言った事に尉は驚く。


「え⁉それマジか?」


 尉の問いにマーキュリーそしてサターンとプルトは二度、頷く。


「そうなのじゃ。とっ言うか、元々わらわが黒の書に書かれている文の発音が知りたくて姉上に頼んで読んでもらったんじゃよ」

「ええ、私もその場に居たわ。箱に入った砂を調べる為にね」


 プルトとサターンがそう言うと尉は目を閉じて右手で目と目の間を摘みながら呆れた表情でため息を吐く。


「なるほど、まぁわざとではないのは分かったよ。パパは怒っていないから、そこまで罪悪感を抱えなくていいよ」


 それを聞いたマーキュリーとサターン、プルトはホッとし笑顔になる。その光景を見ていたセトラは微笑む。


「ふふっお子様達にお優しいのですね。婚約者様は」


 それを聞いた尉は笑顔で頷く。


「まーなっ。ああ、俺達の自己紹介がまだだったな。俺の名は永伊 尉だ。苗字が永伊で名が尉だ。ルルイエ合衆国にあるミスカトニック大学で考古学者をしている。そしてこの子達が俺の義娘むすめ達だ」


 尉が紹介するとマーキュリー達は笑顔で挨拶の一礼をする。


「長女のマーキュリーです」

「妹で次女のヴィーナスです」

「三女のアースと申します」

「私は四女のマーズです。よろしく」

「五女のジュピターと言います。はじめまして」

「おはーっサターンって言いまーす」

「はじめまして。七女のウラノスと言います」

「八女のネプチューンと言います。お宝のコレクションが趣味でーす」

「わらわは九女のプルトと申す」


 皆の自己紹介を聞いたセトラは笑顔で頭を下げる。


「はじめまして皆さん。いやーっ嬉しいですわ。婚約者、尉様と結婚すれば私はマーキュリーちゃん達のお義母かあさんですわね」


 するとマーキュリー達は何故かムスッとした様な険しい表情になる。


「ちょっと待って。あなたが危ない人ではないのは分かったけど、私達はミイラであるあなたをママとは認めたわけじゃないからね」


 ソファーから立ち上がりマーキュリーがそう言うと尉を除き皆がそうよ、そうよと言う。


「例え、どんな誘惑が来ても絶っっっっっ対にあなたをママとは認めないからね!」


 ネプチューンが強気で自分達の固い意思を宣言するとセトラは再び微笑む。


「ふふふふっそんな怖い顔をしないで」


 するとセトラはマジックボックスを出現させ、その中からホルス神の石棺にあった箱を取り出しテーブルに置く。


「少ないけど、これはお近づきの印、未来のママからのプレゼントよ。受け取って」


 セトラは笑顔で箱を尉達に向けて蓋を開けると、箱の中には小さな隼、蛇、ワニ、スカラベ、魚などの金品の他に色鮮やかな宝石類が填め込まれた純金を使った指輪やネックレス、ブレスレット、イヤリングが輝きながら数多く入っていた。


「お義母かあ様ぁ~~~~~~~~~~~~ッ‼」


 ネプチューンは笑顔で甘えた口調で言いながら一瞬でセトラの太股に移動し、猫の様にスリスリとする。


 その光景に尉達は大いにズッコケをし、尉は苦笑いをする。


「おいおい!誘惑に負けているぞネプチューン。やっぱり育て方を間違えたかなぁ?」

「ははぁ!多分、間違っていないわよパパ。あの子は生まれてからあんな子だったから」


 尉と同じく苦笑いをするマーキュリーがフォローする。そして尉達は態勢を戻す。


「まぁ結婚ついては後々、ゆっくりと考えよ。マーキュリー、パパはフロントに行ってG∴T∴に今回の事を報告して来るから。夕食はパパを待たずに食べていいから」


 それを聞いたマーキュリーは笑顔で頷く。


「分かったわ、パパ」


 そして尉はフロントに部屋を出ようとするとセトラがもじもじとしながら彼に近づく。


「あ・・・あのー尉様、生前に王宮で教育係の侍女から聞きました。出かける夫を見送る際に新妻は必ずキスをして見送ると学びました。だから」


 そう言うとセトラは目を閉じて唇を尉に突き出す。


 すると立ち止まって振り向いていた尉は真顔でクルっと前を向きドアを開ける。


「さぁーてと、ラバンとタイタスに連絡しないと」


 軽くあしらわれたセトラはガクッと顔を下に向き、落ち込む。そんな彼女をマーキュリー達は静かにクスクスと笑う。



あとがき

読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

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