黄昏の子ら
ごもじもじ/呉文子
空の上には
きょう、たぶん、わたしはおとなになりました。おめでとう、おめでとう、とみんながくちぐちにいわってくれます。でも、わたしは、わたしはなにもわからなくなってしまいました。ただ、これまでかんじたこともないような、しあわせなきもちでいっぱいなのは、まちがいありません。わたしのあたまをなでながら、おかあさまはいいました。あなたはえいえんのいのちになるのよ。おとうさまはただしずかに、わたしをだきしめてくれました。そして、ちじょうにつながるドアをひらいてくれました。ひかりがまぶしい。でも、とてもこころひかれるばしょのようにおもえて、わたしはすいよせられるように、ちじょうへとでてゆきました。
照りつける日の下、荒野をただひとり、ふらりふらりと歩く影がある。
それは、もはや人とは呼べない。
顔があるべき場所には、無数の触手が突きだし、うごめいている。
触手の色は鮮やかな緑。
触手はてんでばらばらに激しく脈動しながら、それでも上方を目指して動いているように見えた。
身に付けているものからは、その異形のものが、かつては女性であったことが伺える。
彼女であったものは、両の腕をまっすぐ空へと伸ばす。
「おかあさま、ぼくとおはなしして」
「なんのお話?」
「おそらのおはなし。あのね、おそらにはなにがあるの」
「空には、お金持ちの人がいっぱいすんでいる島が、いくつも浮かんでいるのよ」
「おかねもちのひとは、なんでそんなところにいるの」
「地上は荒らしつくされて、もう人が住めなくなっちゃったの。それで、お金のある人たちは、空に自分たちの暮らす場所を作ったの」
「ぼくたちはおそらにはいけないの」
「あなたたちが空に行く時は、大人になったとき」
「おとなになって、おそらにいって、それから」
「それから、身体をばらばらにされて、お金持ちの人たちの一部になるのよ。その人たちが長く生きられるように」
「そんなのいやだ。にげるほうほうはないの」
「みんなそう思って、最初はこうやって地下へと隠れ住んだのよ。でも、空の人たちが生物兵器をまいた」
「せいぶつへいき」
「ロイコクロリディウム。元々はカタツムリの寄生虫だったもの。地下に住む人類は、みな感染してしまっているの。ほら、この前、ヨリノが大人になった瞬間を見たでしょう」
「かおがさけて、みどりいろの、たくさんのぐねぐねしたものがでてきて、それから、おそとにでていった。ねえ、ぼくも、おとなになったらああなっちゃうの。こわいよ」
「そうね。姿が変わるのは、とても怖いことね。でも、ああなってしまった人は、とても幸せに感じられるようにできている」
「しあわせなの」
「地下の人は、大人になった時、感染していた寄生虫が脳をのっとるのよ。その瞬間、それまで感じたこともないような幸せな気持ちになると言われている」
「そうして、それから」
「そうしてそれから、多幸感に操られて、地下にいた人間は、否が応でも地上を目指すようになる。ちょうどロイコクロリディウムが、寄生したカタツムリを操って、鳥に食べられるように明るく高い場所を目指すのと同じ。顔が触手に変わるのは、ベースにしたロイコクロリディウムのなごりみたいね」
「地上に出ていった人は、どうやって空にいくの」
「地上には監視のための機械があるのよ。人が地上に出てくると、その機械が知らせ、別の機械が人を空まで連れて行く」
「おかあさまは、おそらにいかないの」
「ええ。私は行けない。私は永遠に大人になれないから」
「おかあさまがおおきくなれないのは、なぜ」
「私が、出来損ないの実験体だから。空の上のお金持ちたちが、永遠に生きるための研究の過程で作り出した。でも、小さい子どもの姿のままで成長しなかったから、地上に棄てられてしまった」
「おとうさまも?」
「おとうさまも」
「そうなんだ。ぼくたちは、おとうさまとおかあさまからうまれたこどもなんでしょ」
「そうよ。愛しい子。もうすぐ、もうすぐよ」
「なに」
「もうすぐ空が落ちてくる」
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