第25話 赤いハート

 司祭様はにこにこ笑顔で帰っていった。

 お茶とお茶菓子を堪能して、干しぶどうのようだった瞳は潤っていた。まるでもぎ立ての巨峰のような艶やかさだった。


 スサンナさんが淹れなおした紅茶の水面で、湯気がくるくると渦を巻く。ゆらりと昇っていくその様子を見ながら、アンナは邪神教徒と結婚式について思う。


 言外に語られた司祭様の話から察するに、〝どこかの男爵〟とは父だった。邪神教徒が放火した神殿の中にセーデン男爵領のもの含まれていたようだ。保管していた書類が燃えるほどの損害だったのだろう。


 めったに領地から出ない両親がわざわざ王都にまでやってきてアンナに会ったのは、きっと妹たちの結婚を王都の神殿に訴えるためだったのだろう。もしかしたらアンナに直接妹の結婚が決まったことを話したのは、その確認のついでだったのかもしれない。


 妹の結婚式は、どうやらだいぶ先まで行えないようだ。


 「……アンナさん」


 ちょいちょいと繋がった手を引かれ――唇の端に、何か硬いものを押し付けられた。

 びっくりして目を見開き、おそるおそる視線を下げる。


 唇に当てられていたのは、真っ赤なジャムが真ん中に乗ったお茶請けのクッキーだった。

 それをつまんだイェルド様が少しだけ眉尻を下げて微笑んでいる。


 「何を悩んでいるのか、教えてください」


 ほらほら。とクッキーを唇に押しつけられて、抵抗することもできずに口を開ける。あーんにはようやく慣れてきたアンナだが、カトラリーを介さずにされるのは初めてだ。


 しかもクッキーに乗った赤いジャムはハート形である。

 皿の上にはダイヤもスペードもあるのに、なぜハート。


 襲ってきた羞恥心に耐えて口を開く。

 ルビーのように深い赤の中に、イチゴの種が粒々と沈んでいる。その様子に注目するしかない。寄り目になって絶対に変な顔をしている自覚がある。


 宝石のように整った顔の男性にクッキーをあーんされる、ひょうきんな顔の女。


 窓から注がれる日の光の中でクッキーを差し出すイェルド様は美しく、クッキーはかわいい。

 アンナだけ変な顔をしている。


 美への冒涜ではなかろうか。

 しかも頬はジャムに負けず劣らず真っ赤。赤ら顔の悲しきモンスターである。


 歯がイェルド様の指に当たらないように慎重にクッキーをくわえ、つめていた息を鼻から噴き出しながら咀嚼した。味などわからない。ただただおいしい。甘い。おいしい。甘い。


 語彙を失いもごもごとクッキーを噛み砕くアンナの唇に、「付いてますよ」と目を細めたイェルド様の人差し指が伸びた。

 ふわりと甘いクッキーの匂いをさせながら、イェルド様の人差し指がさらりと下唇をなでていく。

 

 アンナは心の中の赤裸々姉さんに向かって絶叫した。ファインド・ア・ニュー・インビ!

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