第20話 震えが止まらない

 昼に両親との間にあった出来事を話した。

 自分の婚約者が妹の結婚相手に決まっていたことを突然知らされた驚きと、二人に対する憤り。混乱。悲しみや胸の痛み。感情があっちへ行ったりこっちへ行ったりしてしまうアンナの話を、イェルド様はうなずき、相づちを打ちながら聞いてくれる。


 急かさず、邪魔をせず、ただ穏やかに聞いてくれるイェルド様の態度に安心し、アンナは途中からぼろぼろと涙をこぼしてしまった。


 全てを聞き終わったあと、イェルド様は繋いでいたアンナの右手にもう片方の手を添えた。

 態度と同じような温かい手に包まれて、アンナはグズッと鼻をすする。


 「そっかーって、思いました……。私は、婚約者にとって薄情な女で、家族にとっては頼んでもないのに王都に働きに出て全然帰ってこない恥ずかしい娘で……」


 家族やこれから夫婦になろうという人に、そんなふうに思われていたなんて全く知らなかった。気づきもしなかった。そういう鈍感さが彼らにとっては恥ずかしく、薄情に思えたのかもしれない。


 「けどあの時、私が王都に出稼ぎに来なくちゃ財政破綻は間違いなかったんです。でもそれが家族にとって疎ましいことだったなら、私は……っ、私はどうすればよかったの……?」


 そこまでアンナに不満を抱いていたのなら、どうして注意してくれなかったのだろう。

 最初に王都に行くと両親に告げた日でもいい。行ってからでも手紙をよこしてくれたら、何か違う方法で財政を立て直すことを家族と一緒に考えただろう。


 婚約者だってそうだ。そんなにアンナと会えないことが不満で、相手をしてくれたという妹に心を移してしまうくらい追いつめられていたのなら、そう告げてくれればよかったのに。


 手紙をよこすどころかアンナが送った手紙やプレゼントの返事すらなかった。

 反応が無かったそれこそが、アンナへの返事だとは思わなかった。


 まさかそのことで全てを察して、〝もしかして心移りしていますか? 私のことを恥ずかしいと思っていますか?〟と、こちらから聞かなくてはいけなかったとでもいうのだろうか?


 確かに王都での仕事にはやりがいを感じていたし、友人もできた。救世の英雄たちの凱旋パレードを見に行ったように、同僚の結婚式などのイベントにも時間をやりくりして顔を出していた。


 でもそんなささやかな楽しみなんかより、アンナにとっても領地で家族や婚約者と一緒に過ごす日々のほうが何倍も幸せだということはわかっていた。


 「私だってこの五年間ずっと寂しかったわ……。領地がしっかりしていれば私だって、家族と、オリヤンと一緒にいたかったのに……!」


 アンナのそうした思いも、頑張った五年間も、家族や婚約者自身に全部否定されてしまった。

 ぐっと涙をぬぐった左手で、アンナは顔を覆った。


 「それは……」


 泣き止みたくて息を整えるアンナの肩を、イェルド様が手を伸ばしてぽんぽんと叩いてくれる。


 「とても、虚しかったですよね」


 「……っ!」


 そうだ。その通りだ。


 イェルド様の一言に、アンナは震えるほど衝撃を受けた。


 昼間のことは当たり前だが悲しかった、つらかった。妹と婚約者の不義理に憤りもしたし、その不義理の原因が全部アンナにあると責め立てる両親には腹が立った。

 けれど何よりアンナの感情をぐちゃぐちゃにしたのは、アンナの王都での五年間を、両親や家や領地への献身を、よりによってその全てを捧げた家族が無駄で恥ずかしいことだと断じたことだ。


 そしてそのせいでアンナの存在自体が家族にとって無駄で、恥ずかしいものになってしまったことだった。


 「私の存在は、そんなにも無価値で恥ずかしいものなのかって……思ったら、もう、たまらなく悲しくて……消えてしまいたくて……情けなくて……」


 虚しい。


 顔を覆った左手の下で、唇とまつ毛の震えが止まらない。


 アンナという存在が、アンナとして生きてきた全ての時間が嗚咽や涙にこぼれ出て、なくなってしまえばいいのにとすら思った。

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