第13話 呪物をその顔面に
ちょっとぼんやりしていたアンナに、イェルド様が「どこか具合が?」と声をかけてきた。
「大丈夫です!」
「本当に? さっきもぼんやりしていましたし、もしかして魔力切れかもしれません。ずっと結界魔法をかけてもらっている私が言うのもおかしな話ですが、少しならイヤリングの結界魔法を使えば問題ありません。体調が悪いなら少し横になりますか?」
気づかわし気な視線を受けて、アンナはぶんぶんと左手を振った。
「本当に平気です! 魔力も十分です!」
実際アンナの結界魔法は範囲が小さいせいかあまり魔力を使わない。触れていれば一日中結界を展開していても使用魔力は1%程度である。
これが自分の手を離れる、たとえば輸送用のポーションの箱に付与するとなるとそれなりの魔力を使うので連続付与はできないのだが、なぜか手を触れたままの常時展開は平気なのだ。
これもこの魔法の微妙なところで、家族からの評価もいまいちな理由の一つである。
心配させてしまったことを反省し、元気なことをアピールするために手紙を手に取る。
この部屋に刃物を持ち込むのは厳禁だし、邪神教徒がどこからか嗅ぎつけて手紙に何かを仕込まないとも限らないので、手紙は全て検閲されている。よって封はもう開いているのだが、片手だと中身を取り出しにくかった。
「押さえましょう」
「あ、ありがとうございます……」
アンナが便箋を取り出しやすいように、イェルド様が封筒の端を押さえてくれた。
こうした共同作業が昨日から実に多い。甘々新婚夫婦でももうちょっとお互いに距離があるのではないか。新婚夫婦の生活などのぞいたことがないからよく知らないけれど。
照れて真っ赤になりつつ、アンナは薄い便箋を取り出した。
〝婚約のことで話がある。近々そちらに行くので予定を空けておくように。〟
父の角ばった文字に眉をひそめた。
自領が一番大切で、滅多なことでは外に出てこない父親が王都に来る。いったい何事が起ったのだろう。
もしや婚約者のオリヤンに何かあったのだろうか。一ヶ月ほど前の彼の誕生日にネクタイピンを彼の実家であるユーン伯爵家宛てで贈ったのだが、未だに返事がないことに関係があるのかもしれない。怪我でもしたとか?
心当たりは全くないが、なぜだか嫌な予感だけはした。背筋を走った悪寒に身震いすると、またしても心配そうな「どうしました?」をイェルド様からちょうだいしてしまった。
「いえ……。滅多に外に出ない父が婚約について話したいからと王都に来るらしいのですが、心当たりが全くなくて考え込んでしまいました」
「お父上が。本来ならご挨拶に伺いたいところですが……」
しょんぼりするイェルド様に、アンナは慌てて手を振った。慌てすぎて彼と手を繋いでいるほうの手まで一緒にぶんぶん振ってしまう。
「大丈夫です! きっと大した話じゃないだろうし、すぐに帰ると思うので」
「まあ、アンナさんのお父様がいらっしゃるの? お兄様の代わりにわたくしがご挨拶いたしましょうか?」
解呪を行っていた部屋から後片付けを終えて戻ってきたエレオノーラ様が、兄にそっくりの柔和な笑顔を浮かべながらそう言って、アンナたちの向かいの席に座った。
「うん、エレオノーラからそれとなくアンナさんが私と国の根幹にかかわる仕事をしていることを伝えれば安心なさるだろう」
「お、おやめください……たぶん本気で息の根が止まると思います」
実家では家長の席にどっしり座って差配しているが、根は小心者な父である。寄り親の伯爵様にお会いする時など、緊張で目に見えるほど顔色が悪くなる。
「でも社交界って案外狭いでしょう? いくら口止めをしてもアンナさんがお兄様と一緒に過ごしていることは漏れると思うの」
エレオノーラ様が心配そうにため息をついた。
「解呪後はともかく、今は陛下と近衛騎士団が呪いのことは威信にかけて守り通すといっているから、
エレオノーラ様が何かを思い出すように目を伏せると、アンナの隣でイェルド様も同じように目を伏せた。
「アンナさんの婚約者に誤解を与える前に、お父上には仕事で一緒にいることを妹から説明したほうがいいと思います。こじれると厄介ですよ、婚約とか、そういうものは……」
苦い顔をするラーゲルブラード公爵家兄妹を見て、アンナはハッと気がついた。
「めったに王都に出てこない田舎貴族よりも、お二人のほうがそうした厄介ごとに巻き込まれるのでは?! 私の父よりもイェルド様のご婚約者様ならびにそのご家族にご説明しなくてはいけないのでは!」
お二人には具体的に、この田舎のワカメはイェルド様の護衛であるということを周囲に喧伝していただきたい。
力がある高位貴族に睨まれてしまったら、これといった強みもない男爵家など小指でひねり潰されてしまう。
「お気遣いありがとうございます。でも、私に婚約者はいませんので」
「というか今さら婚約者面して社交界にしゃしゃり出てきたらわたくし、魔王の住処で発見した呪物をその顔面に投げつけて差し上げたくなってしまうわ?」
ぺしょっと眉を下げたイェルド様とは対照的にエレオノーラ様は整った眉を片方だけギュンッと上げると、背後に討伐したはずの魔王を背負って続けた。
「ニーマン侯爵家のユーリア様のやりようにはわたくし、はらわたが煮えくりかえっておりましてよ……」
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