第3話 出稼ぎの田舎娘
アンナの実家があるセーデン男爵領は、辺境というほどでもないが都会というほどでもなく、ド田舎というほどでもないが主要な街道には面していない田舎である。
アベニウス王国内の多くの領地がそうであるように、領地の特産品は主に薬草であった。
しかし五年前に魔王の瘴気にあてられた地元の魔物がその薬草畑を襲い、収入源が燃えた。
そして魔王出現に危機感を募らせていたアンナが口を酸っぱくして、「非常事態のために節約してお金を貯めましょうね」と父に言っていたのに貯蓄はほとんどなかった。
このままでは借金により一家離散やむなしというところまで追い詰められて、当時十五歳だった田舎娘は不安いっぱいで王都へ出稼ぎに行くことになる。
輸送部隊の仕事にありつけたのは幸運だった。
魔法を使う特殊業務のため高収入だったし、契約隊員のために格安の寮があったのもたいへん助かった。
とはいえ、給金のことだけ考えて仕事をしていたわけではない。
前線から「無事に届いたポーションのおかげでたくさんの命が救われた」という感謝の手紙をもらって、輸送部隊の一員としてやりがいも感じていた。
アンナの給金で少し持ち直したとはいえ故郷の薬草畑は再生途中で最盛期ほどの収入はなく、実家の経済状況はまだ苦しい。
なにより今年十七歳になり結婚適齢期に入った妹の結婚が心配である。
アンナには同い年の婚約者がいるが、婿入り予定の彼は我が家の事情をわかってくれている。自分のことは後回しにして妹の持参金をせっせと貯めてはいるけれど十分ではない。次の勤め先が必要だった。
一応は男爵家の娘なのでどこかの貴族家のメイドとして働く資格はあるのだが、王都の貴族にコネがない。
似たような境遇の出稼ぎ仲間の中にはなんとか貴族家のメイドに就職できた者もいるが、彼女たちの口癖は「金持ち貴族に見初められないかなぁ」だ。お金がない切実さから追い詰められている。気持ちはわかる。
だがたまさかそんな事態が起こったとしても、アンナは婚約者がいるので応じられない身の上である。いやそんなことがあってもお金のために彼を裏切る気は全然ないが。
でもほら、「ねーねーもし王子様に見初められたらどーするぅ?」みたいな妄想は、いくつになっても女心をつかんで離さない永遠のテーマでもあるわけだし。それくらいは許してもらいたい。
出稼ぎ仲間からは「夜な夜な救世の英雄たちでする妄想話」を赤裸々に語られたこともある。
赤裸々すぎて田舎娘は赤面した。
そんなことを思い出しながら、アンナは震える手で機密保持契約書にペンを走らせた。
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