第92話 快進撃

 露店のおばちゃんから伝わったのでしょう。次の日からたくさんのバルボナが届けられた。


「どうするんです?」


「大切に食べます」


 お店を広げられる量のバルボナが届けられたけど、これを加工したら三分、いや、四分の一には減っちゃうでしょう。実家や民宿にも流すから手元に残るのは少ない。その少ないものはほとんどが食いしん坊どもの胃に消えるでしょうよ。


「もっと作ってくれたら絞ってお酒にするんですけどね」


 発酵させたらお酒になるはず。そうなれば葡萄酒とは違う味が楽しめるでしょうよ。


「樽と人手、お願いできますか? あ、作業できる場所も」


「わかりました。すぐに手配しましょう」


 そうクルスさんが言うと、午後には町外れの工房だった家を借りてくれ、近所のおばちゃん(わたしくらいの子も何人かいたわ)たちを集めてくれた。


 さすがマルケルさんのライバル。仕事が早い。ちゃんとこの場を仕切る人も用意してくれたわ。


「クルスさんに任されるって、ルーグさんは幹部候補なんですか?」


 ルーグさんは二十五歳と若い。バイバナル商会に入って十年みたいだけど、クルスさんから直接使命されていた。雰囲気も出来る男感が出ている。かなり優秀なんでしょうね。


「そうだといいですね。これが初めて任された仕事なので」


 十五歳から下積みとか商人も大変だよね。あんちゃんも十五歳で行商人の弟子になったしね。


「これからルーグさんの快進撃が始まるんですね」


「アハハ。おもしろいことを言うんですね。確かに見た目とおりではない子だ」


 そこで嫉妬しないのが優秀さに磨きが掛かっているわよね。バイバナル商会って、どんな育成法を取っているのかしらね? これで王国で三番目ってのが不思議でしかないわ。


「快進撃になるかどうかはわかりませんが、キャロルさんのお力となれるよう精進しますよ」


「それならバイバナル商会でバルボナを作る農家と契約してください。なんでしたっけ? 先に買い取ること?」


「先物買いですね」


「そう、それ。来年分のバルボナ、買い取ってください。値上がりされたら困りますからね」


「必ず収穫されるとは限らない、一種、賭けのようなものですよ」


「そうですね。でも、他に買い占められるよりマシです。バルボナは将来性がありますからね」


 元の世界でたとえられる果物が思い付かないけど、糖度は高いし、保存も利く。何より美味しいときてる。賭けに出るに値する果物(わたしは果物と認定します)だわ。


「さすがにわたしだけでは決められないのでクルス様と相談させてください」


「お願いします。でも、売りに来たものはすべて買い取ってくださいね」


 ジャムも作りたいし、パン生地に混ぜてもみたい。可能ならジュースも作りたい。いくらあっても足りないわ。


 へたをとり、二つに割って中身を鍋に移して布で濾す。絞った汁は樽に移す。


「何をしているんですか?」


「樽を真空にして外の空気に触れないようにしてます」


「魔法を転写できる固有魔法ではなかったのでは?」


「転写ですけど、多少手を加えることは出来るみたいですね、わたしの固有魔法って。結界魔法を使って空気を抜くんです。これだと長く保存が出来るんですよ」


 本当はルルの結界で一纏めにして保存しておきたいところだけど、作業を考えたら人を雇ったほうが大量に作られるでしょうよ。


 この場は、ルーグさんに任せることにして、わたしは工房の台所でジャム作り。窯もあったのでパン生地に練り込んで焼いてみた。


「葡萄パンや食パンもキャロルさんとのことでしたが、パン屋を目指したほうが成功するのでは?」


 バルボナパンが気に入ったようで、もう三つも食べてるルーグさん。そんなに美味しいかな?


「これ好き!」


 ティナも気に入ったようで、焼いた側から食べている。いや、味見分を残しておいてよ!


「わたしとしてはバルボナの風味が活かし切れてない気がするわ」


 料理研究家じゃないので極めようとは思わないけど、山羊から作ったバターがダメなのかな? 


 作り方は何となく覚えていても食べた記憶がないから区別が出来ない。周りの反応で作って行くしかないか~。


「そう言えば、バイバナル商会って料理人も抱えていたりするんですか?」


「抱えてはいますが、おそらくキャロルさんが満足するような料理人はいないと思いますよ。キャロルさんから調理法が流れて来るまではただ腹を満たすだけの食事でしたからね」


 それはコンミンドの支部でも同じだったわ。民宿の料理人も他から引っ張って来たみたいだからね。


「カルブラ伯爵様と交流はないんですか?」


「ここではルーディヒ商会が幅を利かせています。バイバナル商会が入る隙はありません。いや、料理人なら付け入る隙はあるかもしれませんね。わたしの幼なじみが料理人として城にいます」


「人脈も凄そうですね」


「父親から伝手は大切だと教えられましたので」


「それは至言ですね。わたしも見習わせてもらいます」


 後ろ盾だけじゃなく伝手も築いて行くことも大事なんだと思わせるセリフだよね。


「わたしもキャロルさんから学ばさせていただきますよ」


 遥か年下からでも学ぶ。この人は将来出世するわ。

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