第91話 バルボナ(果物)

「ねぇ。気のせいかな? わたしたち、付けられてない?」


 完全にグルメ旅になっていると、なんだか誰かに見られている気配を感じたのだ。


 最初は気のせいかと思ったんだけど、わたしの仕掛けた付与魔法に後を付いて来る者に引っ掛かった。これ、わたしたちの後を付いて来ているわ。


「ん? 付けられてるよ」


 ティナに尋ねたらあっさり答えられてしまった。はぁ!?


「サナリスクの……なんだっけ? 今はエルフの男がボクたちを見張っているよ」


「今は?」


「コンミンドを出てからずっと、いや、ボクらがルルに乗ってからははぐれて、カルブラに入ってからはずっとだね」


「早く言いなさいよ、そーゆーことは!」


 わたしたちのコミュニケーション、そんなに悪かった?


「黙ってろって言われてた。キャロに心配掛けるからって」


 ……わたしたち、護衛されて旅をしてたのね……。


「まあ、バイバナル商会としてもキャロたちに何かあったら困るからね。信用の置けるサナリスクにお願いしたんでしょ」


「ルルの秘密がバレたかもしれないのよ」


「キャロとの関係を大事にしたいんならしゃべらないわよ。仮にバラされたところで構わないわ。キャロから身の守り方を教わったからね」


 ルルは基本、のんびり美味しいものを食べられたらいい猫……いや、猫だからいいのか。それでもルルは狙われたら困るので、能力を活かした身の守り方を教えたのよ。その力はわたしたちのためにもなるからね。


「はぁー。仕方がないわね」


 わたしたちはまだ見習い冒険者であり、こうして旅が出来る年齢でもなければ実力があるわけじゃない。保護者がいないとさせてくれないでしょうよ……。


「で、どうするの?」


「どうもしないわ。バレたらサナリスクに迷惑が係るしね。このまま続けるわ」


 初めてのお使いか! とは思わなくないけど、初めての旅なんだから仕方がない。なら、遠慮なく続けることにしましょうか。


 てか、わたしたち、食べ歩きしかしてないわよね。もちろん、価格調査や町の様子を記しているけど、なんかこう冒険者らしいことしているかって言えばまったくしてないわよね……。


 安全に行動することは大事だけど、それなら堅実に商人を目指すなり町での仕事を探せって話よね。


 でも、わたしたちは冒険者としていろんな場所に行きたい。なら、経験は大事だ。命を懸けたことで得られる力はあるものだ。


「この世界、竜や魔王とかいないのかしら?」


「何物騒なこと言ってるのよ。どちらも関わり合わないほうがいいに決まっているでしょうが」


「え? 竜や魔王っているの?」


「いるわよ。ただ、一介の冒険者には関わりのないことよ」


 ……マ、マジか。竜や魔王がいる世界なんだ……。


「竜は見てみたいかも」


「それなら亜竜で我慢しておきなさい。旅を続けていたら見られるから」


「そう簡単に見られるものなの?」


「亜竜なら見られるわよ。ただ、キャロが想像しているものではないと思うけど、竜は竜よ」


 そう言われると気になるわね。どんなんかしら?


「キャロ、果物が売ってる」


 ティナに引っ張られて妄想の世界から現実の世界に戻されてしまった。


「春に果物なんて生るの?」


 ないってわけではないでしょうが、わたしは見たことがないわ。どんなものかと見ると、リンゴサイズのカボチャだった。果物?


「バルボナね」


「バルボナ?」


「春に生る野菜だか果物だかわからないものね。外は固いけど、中身は柔らかくて甘酸っぱいって感じかしら。お城にはなかなか上がらないものだからどんな味だったか曖昧だけどね」


「ボクも数回しか食べたことないけど、美味しかった記憶はある」


 さすが異世界。たまにファンタジーなものがあるわよね。


「一個銅貨二枚か。なかなかの値段ね」


「それだけ美味いってことさ。買って行かないかい?」


 露店のおばちゃんが勧めてくるので、とりあえず三個買ってみた。どうやって食べんの、これ?


「このヘタをくり貫いてやると簡単に割れるよ」


 おばちゃんがやってみると、パキンって簡単に割れてしまった。謎の構造ね。


 わたしもやってみると、ちょっと力はいったもののちゃんと半分に割れてくれた。


「中は赤いんだ」


 果物をそう食べてないから何の匂いに近いかわからないけど、確かに甘酸っぱい匂いがした。


 種があるのでちょっと食べ難い。が、味はよかった。元の世界でも人気になるんじゃないかしら? 自然で出せる甘さなの?


「銅貨二枚でも安い美味しさですね」


「それは嬉しいね。春にしかならないからたくさん食べておくんだね」


 そう言われたら惜しくなるじゃない。


「おばちゃん。バイバナル商会って知ってる?」


「そりゃ知ってるよ。有名な商会だからね」


「今、これだけしかないからここにあるものしか買えないけど、もしもっと売りたいってんならバイバナル商会に持って来て。キャロルにお願いされたって話を通しておくからさ」


 おばちゃんに銀貨三枚を渡した。


 他の方々には申し訳ないけど、ここにあるのは買い占めさせてもらいます。この味は、来年まで待てないわ。来年まで持つよう買わしてもらいます。

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