第82話 針師

「こんにちは~。こちら、キャロルさんとティナさんのお家でしょうか?」


 お昼時、見知らぬ女性の声がした。


「はぁ~い! どちら様でしょうか~?」


 竈をルルに任せてドアのところに向かった。


「初めまして。ルクゼック商会に属している針師のロコルです」


「ルクゼック商会? 針師?」


 なぜルクゼック商会の方が? 針師って確か服を作る最高位よね? なぜうちに?


「これ、バイバナル商会の紹介状です」


 手紙を受け取って中を読むと、マルケルさんが書いただろう内容が記されていた。


「ちょっと待ってくださいね。ティナ、ロコルさんにお茶を出してて。わたしは民宿に行って来るから」


 ティナに任せて民宿に向かい、レンラさんに確認してもらった。


「確かにマルケルの字ですね。針師とはいったい何をしたのです?」


 わたしが何かした前提ですか!? まったく身に覚えがないんですけど!


「わたし、何もしてませんよ? ルクゼック商会で買い物しただけです。それ以上何もしてませんよ」


「まあ、ルガリアもやり手ですからね。キャロルさんを見て思うところがあったのでしょう。ルクゼック商会もかなり大手。バイバナル商会でも無下には出来ませんからね」


 へー。バイバナル商会に匹敵する商会だったんだ。


「マルケルが許したのなら本店の許可を得たのでしょう。資金はルクゼック商会が出すそうなのでロコルをお願いします。あとでマーシャを向かわせます」


 お願いしますと家に戻った。


「お待たせしました。ロコルさんはうちで預かることにしました」


 まだ何しに来たか聞いてないけど、外に荷物が積んであった。泊まる気満々で来たのでしょうよ。


「ありがとうございます。あの、これは染め物ですか?」


 最近、染め物に凝っていて竈はすべて染め煮(?)に使っているのよね。お陰で食事は職人さんたちと一緒にいただいているわ。


「はい。今は実験ですね。色の元となるものが手に入らないので」


 今は黄色い石と山葡萄の皮、色の濃い葉を使ってどんな色になるか調べているわ。


「キャロルさんは、発明家と聞いてますが、自分で考えているのですか?」


「発明家? わたし、そんなこと言われてんですか!?」


 何やそれ? わたし、冒険者見習いなんですけど! いや、クラフトガールになっちゃっている自覚はあるけどさ!


「わたしは、ただの冒険者見習いですよ。いろいろ作っているのは売ってなかったり必要だったからです。発明なんて大袈裟なことはしてませんよ」


「何の説得力もないけどな」


 ハイ、そこ。無口キャラなんだから突っ込んで来ないの!


「ロコルさんが何をしに来たかはわかりませんが、適当にやってください。わたしたちはいろいろやることがあるので」


 まずは職人さんたちの食堂で食事を済ませたら染め煮を続けた。


 色が付いたら川で洗い、陽当たりのいいところに干した。


「青ってより藍って感じね」


 元の世界にこんな色あったな。おばあちゃんが虫除け効果があるとかなんとか言ってたような気がする。


「虫が嫌う草って何かありますかね?」


 そういう知識は職人さんたちのほうが知っているはずだ。


「それならカラホ草だな。今生っているはずだ」


 どこにでも生っているそうで、家の周りや山にもたくさん生っていた。


 それらを集めて叩いて水の中に入れて一晩浸け置き。煮て覚ましたらカラホ草を布に入れて絞り、ルルの結界で遠心分離。底に溜まったものを乾かして粉にする。


 粉を水に溶かし布を浸ける。いい感じに色が付いたら乾かし、何度も浸けては乾かすの繰り返し。藍色となった。


「緑じゃなく藍になるなが不思議よね」


 何でや?


「まあ、何でもいっか」


 藍色染めの布をたくさん作り、それでワンピースを作ることにした。


「キャロルさんが着るには小さいのでは?」


「これはお母ちゃんたちに渡すものです。夏は虫が多いですからね」


 この世界にも蚊はいる。でも、お風呂に入ることで垢のコーティングがなくなり、虫刺されが出てきたのよね。カホラ草の効果が出るなら虫除けになるはずだ。


「変わった形ですね? わたしも作っていいですか?」


「構いませんよ」


 針師なのに染め物にも興味を示し、ティナに作ったブラジャーにも興味を示して夜な夜な研究しているみたいよ。


「やっぱり針師となるとたくさんの針を持つものなんですね」

 

 針箱が食パン二つは入りそうなバスケットくらいある。その中に針が百本は入ってそうだ。てか、こんなに必要なの?


「わたしの固有魔法が金属を自由に形を変えて操れるんです」


「そんな魔法があるんだ~」


 この世界、ゲームみたいな世界じゃなく能力バトル系なの? わたし、付与魔法で戦うなんて無理だからね!


「と言っても針くらいのものを操るのが精一杯なんですけどね」


「それでも針を十分自在に操れるなら細かな縫い方も出来そうですよね」


 わたしは縫い方をそれほど知っているわけじゃないけど、針を仕込んで敵を縫い合わせるとか出来そうね。まあ、ロコルさんは戦闘するわけじゃないから服飾系の仕事に付いたんでしょうけどね。


「また布を買いに行かなくちゃいけませんね」


 染め煮で白い布を使いすぎた。赤みも欲しいので新しく買って来るとしよう。

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