第72話 魔法銀

 さて。昼食は食パンをもらったので簡単なピザパンにするとしましょうか。


 ルスカと言うトマトに似たものを潰し、塩と砂糖を混ぜてケチャップソースに近付けた。


「腸詰めがいまいちなのよね」


 香辛料を入れた腸詰めは一般的に食べられるものだけど、わたし、ちょっと香辛料が苦手なのよね。


 サナリスクの面々はそうでもないようで、ピザパンを美味しそうに食べていた。


 生まれ持った好みか、育った環境か、味覚って不思議なものよね。あれだけいろんなものを食べたいと思いながら好き嫌いが出てくるんだから。


 お昼を食べたら鞄から入れたものを出し始めた。


 薪を入れたので出すのが大変だわ。一気に出せないのが難点よね。


 ……もっと自分の力を研究しないとダメよね……。


 この世界の魔法は呪文とかじゃなくイメージが大事っぽい。特に固有魔法はその人の性質や性格、知識なんかに左右されると、魔法使いのアルセクスさんが言っていたわ。


 薪が終わったら鍋やフライパンと言った調理道具、調味料、お皿とか、こうして出すと本当によく入る鞄よね。じいちゃんが残したら木工道具なんかもあって、すべてを出すのに一時間くらい掛かっちゃったわ。


「ふー。たくさん入るってのも面倒なものよね」


「キャロ、終わり?」


 出したものを片付けてくれてたティナがミルクティー(味はカフェオレ)を持って来てくれた。


「うん。終わり。リュードさんたちは?」


「民宿にお酒を飲みに行った」


「へー。民宿でお酒なんて飲めたんだ」


 お酒は樽で運び込んでいるのは見たことあるけど、酒場みたいなことするなんて聞いたことなかったわ。


「その鞄、本当に売ったりしていいの?」


「構わないわ。別にじいちゃんの形見でもないしね」


 放置されていた鞄をアイテムバッグ化してしまった。偶然の産物だ。また作れるとわかったのならまったく惜しくないわ。それどころかわたしの好みの鞄を作ってアイテムバッグ化したいわ。


「ティナの分も作ろね。どんなのがいい?」


「両手が塞がらないで動きに不自由しないもの」


 なかなか難しい注文をするわね。あ、なんか腰に付ける大きなポーチがあったはず。なんてヤツだっけ? 名前、全然出て来ないわ……。


「リュードさんたちからお金をもらったら材料を買いに行きましょうか。背負い鞄を作りたいしね」


「お金が余ったら槍を買っていい? 突きが欲しい」


 ルイックさんの槍捌きを見て欲しくなったのかな?


「いいんじゃない。高かったら柄の部分はわたしが作るわ」


 柄がなければそれだけ安くなるでしょうしね。


 夕方になってサナリスクの面々が帰って来た。そこまで飲んでないみたいで、顔が少し赤くなっているくらいだった。


「あまり飲めませんでした?」


「いや、話し合うために飲んだだけさ。夜に飲む分は買ってきたよ」


 陶器の壺を見せた。


 この時代ではまだ瓶は貴重で、高価だからワインを瓶には入れず小樽や陶器の壺に入れたりするのよね。都会に行けば少し安くなっているみたいだけど。


「じゃあ、夕食は肉料理にしますか。熟成させてる猪の肉がありますから」


 冒険に出る前に地下の倉庫に猪の肉を吊るしておいた。七日くらいは熟成しているから食べ頃でしょうよ。


「それはいいな」


「お嬢ちゃんの料理は美味いから楽しみだ」


「急ぎでなければうちの実家にも行ってください。わたしより料理上手ですから、お母ちゃんは」


「ああ、そうするよ」


 ちなみに娯楽宿屋ローザ亭ってなったわ。お母ちゃんは嫌がってたけどね。


「夕食の前にこれを渡しておきますね。実際使って確かめてください」


 鞄自体にもわたしの魔法が掛かっているようで、古いだけで強度もかなりある。アイテムバッグ化させてから破れや傷も付かないわ。


「代金はこれで」


 と、ナイフを一本渡された。


 これは魔法銀と呼ばれる金属で、かなり高価なものらしい。売れば金貨五十枚にはなるってことだ。


 この時代に銀行や冒険者組合で謎のハイテクガードも発行されてない。馴染みのある商会で預かってもらうこともあるらしいけど、サナリスクはそんな商会に伝手はないのでお金になる武器を買っているそうだ。


「お釣とか出せないですよ」


「釣りはいらない。パンを焼いてくれないか? 肉や野菜はおれらでも手に入れられるが、パンはお嬢ちゃんからしか買えないからな」


「魔法の鞄はゆっくりと時間が流れるのであまり溜め込めないでくださいね」


 三十日は余裕だったけど、それ以上は試してない。お湯も二十日くらいで冷めちゃったわ。


「ああ。五日もしないで食ってしまうから問題ないさ」


「わかりました。いつまでいられるんです?」


「魔法の鞄があるからな。五日くらいはいるよ」


 青実草を鞄に入れてあるので二十日くらいは新鮮さを失わないでしょう。


「そうですか。なら、明日は買い出しに出ますね。小麦粉は買わないと充分な量を作れないので」


 五人分となると家にある分では足りないでしょう。鞄の材料も買っておこう。パンを焼く時間は何も出来ないしね。


「それならおれらも行くか。必要なものを買うとしよう」


 そういう方向で話が纏まり、わたしは夕食の準備に取り掛かった。

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