第71話 長い付き合いになる予感

 野営したところは家の近くだったので、ゆっくり出発しても昼前に家に到着出来た。


「すぐにお湯を沸かすので順番で入ってください」


 家は誰も使っていないようなので、沢から引いている水を湯船に流し、竈に薪を放り込んで火を点けた。


「風呂なんてあるんだ」


「はい。わたし、お風呂好きなので」


 やっぱり元日本人としてはお風呂に入らないと気持ち悪いのよね。まあ、命が尽きる前は体を拭いてもらう毎日だったけどね。


「わたしたちは、あちらのお風呂に入ってきますね。沸いたら入ってください。拭くものは横の棚にありますから」


 昼間からお風呂入る人はなかなかいない。今なら空いているでしょうなら民宿のお風呂を借りるとしましょうか。


 民宿に向かうと、珍しくレンラさんがおらず、奥さんのマーシャさんが迎えてくれた。


「今、村に下りているの。民宿の経営状態の説明会をしているわ」


 へー。そんな説明会をしなくちゃならないんだ。大変ね~。


「民宿の経営は順調なんですか?」


「とても順調よ。今日も夕方に六人のお客様が来てくださるわ」


 ちょうど今日帰って今日来るのか。未だに予約が埋まっているのね。


「そんなにお客さんが来るものたんですね」


 世の中、そんなに余裕がある人がいるものなのね。


「そうね。領外にも名が知れたみたいでかなり先まで埋まっているわ。増築しようという話も上がっているわ」


「それなら冒険者を定期的に雇って山狩りするといいですよ。帰りに大きな狼の群れに襲われました」


「狼に!? 大丈夫だったの?!」


 銀星のリュードさんたちに出会ったことや追っ払ってくれたこと、今うちに来ていることを説明した。


「わたしたちもしばらく家にいるのでティナに見回りをお願いしますんで」


 ティナもあのくらいの狼なら相手出来る。まあ、群れに勝てるかと言われたら無理でしょうが、追い払われるくらいの装備は常にしている。一人でも生き残れるわ。


「わたしからも主人に言っておくわ」


「はい、お願いします。お風呂借りますね。上がったら掃除して水を張っておきますんで」


 忙しいときはわたしもお風呂掃除をしているのでお手の物よ。


 お客さんが来る前に冒険の汗を流し、掃除してまた水を張って沸かした。


「もっといいお湯の沸かし方ってないものかしら?」


「お湯を沸かす仕事がなくなるよ」


 それもそうね。楽にするばかりがいいことじゃないか。手間を楽しむのも今の時代だわ。


 マーシャさんに上がったことを伝え、料理人さんに今回の収穫を渡した。


「狼の肉か。おれも食ったことないな。試しに出してみるか」


「お客さん、嫌がったりしません?」


「いや、結構喜ばれるぞ。冒険者料理って感じでな」


 町で暮らしている人はそういうものなんだ。まあ、冒険者でもなければ生まれ育った場所から出ることもないか。移動もそう危ないところを通るわけでもないしね。


「お客さんが泊まるのでパンをもらって行きますね」


「ああ、朝に焼いたヤツがあるから持って行くといい」


「食パンはどうです? 喜ばれてます?」


「喜ばれているよ。教えてくれとお願いしてくる客もいるくらいだ」


 干し葡萄酵母は秘密ってことになっていて、それをどうするかはバイバナル商会に任せてある。わたしは、使わせてもらっているって形にしているわ。


「鉄箱の生産はどうです?」


「順調に作られているよ。もう少ししたら新しい鉄箱が届くはずだ」


 食パンを作るための型箱って意外と作るのが大変らしいわ。ちなみにわたしは深底のフライパンで焼いています。


「それは楽しみです。そうなると新しい窯が欲しいですね」


「もう新しくパン屋を作ったほうが早いんじゃないか? 増築の話も上がっているからな」


「パン屋、いいですね。お客さんも増えるならパン屋があってもいいかもしれませんね。山のパン屋として人気になるかもしれませんよ」


 まあ、半日も掛けて買いに来る人がいるかわかんないけどね。


「アハハ。レンラさんに伝えておくよ」


 食パきン二斤もらって家に戻った。


「皆入りました?」


「今、ナルティアが入っているよ。しばらく上がってはこないだろうな。あいつ、水浴び長いから」


「ナルティアさんも女性なんですね」


 男勝りなところがあったのに水浴びが長いとかギャップがあるわね。


「アハハ! そうだな。いつもいるからあいつが女であることを忘れるよ」


 まあ、男に混ざって冒険となれば女を出すことなんてないのかもしれないわね。


「男女混合の隊って大変ですか?」


「大変ってか、面倒ではあるな。色恋は隊を崩壊させるものだから」


 そういう面でか。わたしは前世でも色恋なんて経験したことないし、理解する前に死んでしまった。今も十歳だからどう面倒かは理解出来ないわ。


「同性同士が一番だが、女だけの隊はそれはそれで大変だ。バカな男にちょっかいを掛けられたり襲われたりする。お嬢ちゃんたちも本格的に冒険をするなら気を付けろよ」


「そうだな。お嬢ちゃんなら大丈夫だろうが、人のよさそうな顔で近付いて来る男は騙そうとしていると思え。お互い、警戒しながら付き合うほうが上手くいくものだ」


「いざとなればサナリクスの名を出しても構わないぞ。お嬢ちゃんたちとは長い付き合いになりそうな予感がするからな」


 わたしもサナリクスの面々とは長い付き合いになりそうな予感はしているわ。

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