第63話 民宿

 商人って、一度やると決めたら迅速に動くものなのね。次の日から資材が次々と運ばれて来たわ。


「どんだけお金を注ぎ込もうっていうんですかね? 小さい商会なら潰れる金額でしょうに」


 元の世界なら億単位な仕事になるんじゃない? 十歳の女の子の言葉を信じていいの?


「まあ、バイバナル商会なら問題ないだろう。マッチや酵母だけでとんでもない儲けになるだろうからな」


「……そんなもんなんですかね……」


 マッチと酵母だよ? 億単位の儲けになるものなの?


「バイバナル商会の料理人はどうです?」


「優秀だよ。よく集めたと思う」


 やって来た料理人は三人。補助として五人。人件費だけでも大変でしょうよ。


 料理長さんがリーダーになって料理を教えている。わたしは、干し葡萄酵母の作り方を教えているわ。バイバナル商会でも作ってみたんだけど、なかなか上手くいかないから教えてやってくれってお願いされたからね。


 なんだか冒険者の修業じゃなく、寮のお手伝いみたいな感じになってしまったけど、もらった金額を考えたら文句も言えない。職人さんの世話はまた別のおばちゃんが来てやっているからそこまで忙しくないしね。


「キャロ。山刀の切れ味がおちたから研いで」


 作業小屋で木の皮で籠を作っているとティナがやって来た。


「わかった」


 山刀を受け取り、刃を見たらそんなに刃こぼれしている感じはなかった。


「どう鈍くなったかわかる?」


「スパッて切れていたのにスッてなった」


 ティナは無口で感覚派なので説明はそこまで詳しくは求めてない。スパッてのはわたしの魔法が消えたからでしょう。


 わたしの固有魔法は永遠に継続するものではなく、衝撃を加えると減っていったり時間が経つとなくなってしまう感じなのよね。


 砥石を出して山刀を研ぎながら切れ味が増すように念じる。


 固有魔法が付与なら別に研ぐ必要もないんだけど、思いを込めながらのほうがしっくりくるんだよね。


 井戸のところで研いでいると、休憩なのか職人さんがやって来た。


「嬢ちゃん、なかなか研ぐの上手いな」


「ほんとですか?」


 研いでいる山刀を見せると褒めてくれた。


「ああ。前からやっていたのか?」


「はい。死んだじいちゃんの道具を全部研ぎました」


 作業小屋に置いてある刃物工具を見せた。


「下手な見習いより上手いな。金を出すからわしの道具を研いでくれるか?」


「構いませんよ。研ぐの好きですから」


 一心に研ぐのって結構気持ちいいのよね。


 おじさんが持ってきたみのを研いだ。


「どう研げばこんな切れ味が出るんだ?」


「たぶん、わたしの魔法じゃないですかね? 魔法を籠められるっぽいので」


 ぼかして答えた。


「嬢ちゃん、魔法が使えるのか?」


「はい。道具に魔法を籠められる魔法っぽいです」


「あー。そんな魔法があると聞いたことあるよ」


 いや、あるんかい! この世界の魔法何でもありだな!


「他にもお願いできるか?」


「いいですよ。でも、使っていると魔法は切れますからね」


「それでも構わんさ。頼むよ」


 わかりましたとやっていたら他の職人さんにも話が回ったようで、次から次へとお願いされてしまった。


 職人さんたちはそれほどお金を持って来ているわけではないので、余った資材で木刀や杖、弓矢、ゴルフクラブなどを作ってもらった。


 夏が過ぎると、わたしが考えた家が完成した。


 家と言うか館か。部屋数も十以上あり、煉瓦製の厨房、木のお風呂、テラスとか、よく三ヶ月ちょっとで建てたものよね。この世界の技術、わたしが思うより高いみたいね。


 誰が報告していたかわからないけで、完成した次の日にはローダルさん、レンラさん、バイバナル商会コンミンド伯爵領支店の長、マルゲルさんがやって来た。


 三ヶ月もいた料理長さんがペンション──民宿で出す料理を振る舞い、一泊してもらった。もちろん、給仕はわたしとミーカさんで行ったわ。まだ出来る人がいないからね。


「なかなかいい出来だな。料理も美味かった」


 決定権はマルゲルさんが持っているので、この話を進めたローダルさんもレンラさんもほっとしているわ。


「娯楽になるかわかりませんが、こんなものを用意しました」


 猪の毛皮で作ったマットを敷き、ゴルフクラブと革で作ったボールを見せた。


「それは?」


「ゴルフって遊戯ですね。外でやるようものを考えたんですが、時間がなかったから家の中で出来るようにしました」


 百聞は一見に如かずと、わたしがやってみせた。もちろん、穴には入れられなかったけど。


「ほう。おもしろそうだな。貸してくれ」


 ノリノリなマルゲルさんにゴルフクラブを渡し、やってみたら一発で入っちゃった。ま、まぐれね。 


「敷き物の下に木を入れて変化を生めば夜の一時を楽しめると思います」


 なんてわたしの声など届いてないとばかりにゴルフを楽しむ男性陣。やっといてなんだけど、そんなに夢中になる遊びだった?


 まあ、楽しめるものみたいだし、どう遊ぶかは任せたほうがいいかもね。わたし、ゴルフとかよく知らないしさ。


「あとは任せてわたしたちは休みましょうか」


 民宿の運営はバイバナル商会がやる。形は見せたのだからあとは任せることにしましょうかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る