第62話 どんだけよ

 やっぱりプロって凄い。一を理解したら十を知るみたいな感じだわ。


「天ぷらか。苦い山菜がこうも美味くなるとはな」


「山菜の見立てはティナがしてくれますから。いい具合のを天ぷらにしないと美味しくないんですよね」 


 わたしは多少苦くても構わず食べちゃう。知らない味が新鮮だからね。


「いつか海の魚で天ぷらをしてみたいですね」


 エビやキスとかどんな味か全然知らない。天ぷらに合う魚を探したいものだわ。


「魚か。おれはどんな肉が合うかが気になるな」


「肉ならパン粉をまぶしたフライがいいかもですね」


「フライ?」


 肉に小麦粉を付けて解いた卵に浸してパンを崩したものを纏わせて油で揚げる。ってことを簡単に説明すると、猪の肉でトンカツを作ってしまう料理長さんは、本当にプロだと思う。


「やっぱりその道を極めた人は違いますね。前に作ったときは中が赤くて食べれなかったんですよ」


 温度計なんてないのに油の温度管理が完璧すぎる。何で見極めているのかしらね?


「おれから言わせてもらえばそんな発想が出るほうが人とは違うがな」


「わたしのは思い付きです。形に出来なければ意味がありません」


 知識に偏りがあるから正解を見つけるまで時間が掛かってしまう。それじゃ意味がないのよ。完成させてこそ知識であり技術なんだからね。


「猪も肉が柔らかくなるよう育てたらもっと美味しくなりますね」


 これでも充分美味しいけど、歯応えがありすぎる。顎や歯が丈夫な人にはいいだろうけど、弱い人には厳しいわ。肉にクセもあるしね。


「豚でやりたいですね。柔らかい肉ならマー油を掛けてパンに挟めばきっと美味しいでしょうね」


 カツサンド、いつか食べたいと思っていたのよね。あ、油で揚げられるならカレー……はないからマー油で炒めたひき肉を詰めるのもいいかもしれないわね。


「お嬢ちゃんは案外食いしん坊なんだな」


 食いしん坊はそこで無心に食べているティナとルルよ。わたしは、そんなに食べれないしね。


「わたしは、知らない味を感じたいだけですよ」


 前世ではまともに食べれた時期は少かった。十歳を過ぎてからは流動食と点滴あばかり。味もなにもあったものじゃなかったわ。


「食べれる野菜も欲しいですね。お肉ばかり食べてたら体が悪くなりますからね」


 それは知られているようで、バランスのよい食事が大切にされていると料理長さんが言っていたわ。


「そうだな。野菜も仕入れるとしよう」


 そのお金は料理長さんが出してくれるので、ティナとミーカさんで買い出しに出てくれた。


 買い出しに出たはずなのに、なぜか職人集団がやってきた。


「凄い数を連れて来たね」


「バイバナル商会が依頼したんだって。これで職人たちの食事をお願いされた」


 渡された革袋を受け取って中を見ると、金貨が五枚と銀貨が二十枚くらい入っていた。


「こっちは料理長さんに。食材はバイバナル商会が毎日運ぶ。明日には料理人も送るから自由に使って欲しいって」


 料理長も革袋を受け取り、中身を見たら相当な金貨が入っていたそうよ。


「こんなに出してバイバナル商会は儲けられるんですか?」


 出資のほうが多いんじゃないの? 大丈夫?


「おれは商売は門外漢だが、これは儲かるとわかるよ」


 わかるんだ。わたしにはさっぱりなんですけど。


「料理長さんは受けるんですか?」


 と言うか、受けていいものなの? お城で働いている人は副業オッケー?


「受けるしかないな。コンミンド伯爵領でバイバナル商会は大きい立場にいる。伯爵様でも無視出来ないくらいなのに、おれなんかでは断れないよ」


 そ、そうなんだ。そんな大きい商会だったんだ……。


「料理長はいつまでいれるんですか? かなり長くなりそうな感じですけど」


「料理人を連れて来るならそう長い間にはならんだろうし、おれも伯爵様方が帰って来ないと出番もない。呼ばれるまではここにいるさ」


 何だか自由な職業形態なのね、この時代って。


「お嬢ちゃんはどうなんだ?」


「わたしは構わないですよ。料理は料理長さんが仕切るでしょうし、わたしが出来ることは下拵えや配膳くらいだろうし」


 それでこの金額はもらいすぎだと思うんだけど、返したところで断られるだけでしょう。なら、バイバナル商会の好きなようにしてもらいましょう。わたしとしても後ろ盾があることはいいことだしね。


「まあ、そうだな。そのうち仕切る者を寄越してもらおう。おれたちは雇われた身みたいなもんだからな」


「そうですね。わたしもやりたいことややらなくちゃならないことがありますからね」


 マッチ作りをやっているところを見せておかないといけないしね。


「マルゼグ一家の者だ。あんたがキャロルって嬢ちゃんかい?」


 体格のいい職人さんがやって来た。親方さんかな?


「はい。キャロルです」


「レンラさんからどういう建物を造るか聞けと言われたんだが、どんなものを建てたらいいんだ?」


 わたしに丸投げかい! だからこの金額だったのね!


「わたし、大工の知識はないから技術的なことは任せますね」


「ああ。構わないよ。嬢ちゃんの考えをなるべく形にしてくれって言われているからな」

 

 その道何十年って職人にこんなこと言わせるとか、バイバナル商会ってどんだけなのよ?


「わかりました。紙と書くものありますか? 絵で描いたほうが説明しやすいと思うので」


 わたしの絵心では落書きレベルでしょうが、言葉で伝えるより理解されるはず。あとは職人さんたちの技術とセンスにお任せするしかないわ。

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