第60話 面倒なんだよね

「なんだ、このパンは!?」


 昼食に出したパンを食べたレンラさんが叫んだ。


「コッペパンですね」


 形がそうだからそう命名しました。なぜコッペっていうかは知りません。


「いえ、そうではなく、なぜこんなに柔らかいのです?」


「どう焼けばこんなに柔らかくなるの?」


 サーシャさんも柔らかさに驚いているわ。


「ないんですか、こんな柔らかいパンって?」


 さすがにあるでしょ、異世界って言っても。


「貴族の間では食べられているとは聞いたことがありますが、伯爵様のところではどうでした?」


「食べてなかったですね。いつも固いパンでしたから特別な日だけかと思いますよ」


 思い返すと酵母を作っている姿も容器もなかった。コンミンド家では食べられないものなのかしら?


「キャロルさんは、どうして知ったんです?」


「お城の食堂です。干し葡萄からパンを柔らかくする酵母菌があるって聞いたのでいろいろ試しました。できるまでかなり時間と試行錯誤をしましたよ」


 前世の知識とは言えないので用意していた答えをさも同然に語ってみせた。


「これをこねたパン生地に混ぜてしばらく寝かしてから焼くとこの柔らかさにならりました。わたしとしてはもっと美味しくできると思うんですよね」


「……キャロルさんは、研究熱心なのですね……」


「自分でも変な性格をしていると思いますけど、つい夢中になっちゃうんですよね。麦で作れるみたいなので満足できるものが出来たら挑戦したいです」


 醤油と味噌を作りたい。小さい頃飲んだおばあちゃんの味噌汁が飲みたいのよね。


「おおよその作り方はこれです。バイバナル商会でも作ってみてください」


 レシピの紙をレンラさんに渡した。


「いいのですか? 作るのに大変だったのでしょう?」


「構いません。これ、作るの面倒なんですよ。作ってもらえるなら買った早いです」


 別にわたしが考えて作ったものでもなし。手間隙を考えたら作ってもらうほうがいいわ。教えたなら安く売ってくれるでしょうしね。


「……わかりました。キャロルさんたちには安く売らせてもらいます」


「ありがとうございます。パンは柔らかいのを食べたいですからね」


 昼食を続け、少し食休みしたら運んで来た荷物を降ろし始めた。


「ウール、随分と運んで来たんですね。また大量発生しましたか?」


「いえ、増やしました。キャロルさんがウールの骨から出汁を取る方法を教えてくれたので消費が増えたので」


「ウール、いい美味を出してくれますよね。煮るのが大変ですけど」


 完成させるのは好きだけど、毎日作るのは面倒だと思うわたしなんですよ。


「ウールの小屋も作らないとダメですね」


 山羊たちは放し飼いして、夜に小屋に戻すことをしている。まだ乳は出さないけど、すくすく育ってくれているわ。


「いろいろもらっちゃっていいんですか?」


 布団や服、下着なんかまで持って来てくれた。買ったら結構な値段になるわよ。


「キャロルさんたちはお得意様ですからね。今回もこうして酵母菌をいただきました。これでも足りないくらいです」


 他人の知識でこんなにもらえて申し訳ないけど、どれも必要なもの。ありがたくいただいておきましょう。


 荷物を運び入れたらマッチを渡し、箱馬車は帰って行った。また五日後に来るそうよ。


「ルクスは昔冒険者をやっていた男。薪割りや力仕事をやらせてくれて構いません」


 ルクスさんは、三十半ばくらいのおじさんで、御者や山仕事も出来ると言うので連れて来たそうよ。


「それは助かります。毎日お風呂に入るんで薪割りが大変なんですよね。レンラさんとマーシャさん、明るいうちに入っちゃいますか? 夜だと小さな灯りしかないので怖いでしょうからね」


 わたしたちだけだから家の中から裸で行っているし、ロウソクの光だけで充分。だけど、慣れない人には大変だ。明るいうちに入ってもらいましょう。


「ティナ。お風呂に案内して。わたしは部屋を整えるから」


 レンラさんたちには寝室を。ルクスさんには客室で寝てもらうとしましょうか。


 ローダルさんが帰ってから掃除はしたけど、わざわざ出しておくと埃が被るので布でくるんで物置に入れてあるのよね。


「キャロルお嬢さん。おれは木を伐りに行ってくるな。斧は出ているのを借りるよ」


「はい。お願いします。暗くなるまで帰って来てくださいね」


「ああ、わかった。初めてのところだからまずは様子見してくるよ」


 慣れた人のようなので一切お任せ。部屋の用意が整えば夕食の準備に取り掛かった。さすがに五人+一匹の量となると今から作らないと間に合わなくなるからね。


「キャロ。肉が食べたいわ」


 ルルが冷蔵庫(冷たくなるよう付与を施した木箱だけどね)に入れた豚肉に気が付いたようね。目敏いんだから。


「はいはい。生姜とニンニクで焼いたものを出すわよ」


 生姜もニンニクも全然平気な猫さん。悪食なんだかグルメなんだかわからないわね……。


「醤油があればさらに美味しくなると思うんだけど、マー油で味付けしましょうか」


「楽しみだ」


 尻尾ふりふりで台所から去って行った。


「もう一人、手伝ってくれる人が欲しいわね」


 次は料理が出来る人を連れて来てもらいましょうっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る