第59話 宿泊

 山での生活が慣れた頃、ローダルさんが帰って行った。


「何だかんだで結構いたね」


 仕事、大丈夫なん? って思ったけど、元々行商人。決められたルートを通る行商人じゃなく、放浪系の行商人なんだって。ほんと、自由気ままに商人よね。


「あのまま住み着くのかと思った」


「だね」


 まあ、馬車があるのは助かったわ。ルルだと大っぴらに出来ないしね。


「ボクは狩りに行ってくる」


「うん。わたしは作業小屋を作るわ」


 ここに来たのは冒険者になる修業なんだけど、冒険者になる費用はほとんど稼いだようなもの。山での暮らしを経験しながら心身ともに鍛えるとしましょう。


「ルル、手伝って。パンを美味しくする菌を作る小屋を作るわよ」


「菌? カビのこと? カビでパンが美味しくなるの?」


「菌にはいい菌と悪い菌があるの。わたしが作ろうとしているのはいい菌よ。と言っても作ったことないから試行錯誤になっちゃうけどね」


 実家で挑戦しようと思ったけど、やる場所がなくなったから諦めたのよね。でも、ここなら場所はたくさんあり、ルルの結界がある。温度湿度を管理しやすい結界があれば麦麹を作ることだって可能だわ。


 それには小屋が必要ってことで、ルルの結界を使って小屋を作った。


「まずは干し葡萄で酵母を作りましょうか」


 この時代には葡萄酢ってのもあるので酵母を作るのも可能ってこと。結界瓶をいくつも作ってもらい、量別、温度別と、いくつものを仕込んだ。


 二日くらいして発酵したような臭いがしてきた。小麦粉を混ぜながら様子を見て行き、八日くらいで何か出来たような気がする。漫画での知識だから完成品がどんなのか知らないのよね。


「何事も試行錯誤よ」


 時間はある。美味しいものを食べるには手間隙を惜しんでらんないのよ!


 一月後、完成と言っていい酵母菌が出来たと思う。たぶん。きっと。そうならいいな~って思います……。


「今日のパンは美味しいわ!」


 グルメ猫ルル様が尻尾をブンブンと振って美味しいを表現しているわ。


「それはよかった。でも、まだ改良が必要ね。ルル、また結界瓶を三十個くらいお願いね」


「これ、まだ美味しくなるの?!」


「なると思うわ。小麦粉もまだ粗いのかな?」


 薄力粉と強力粉の違いがわからない。粉の挽き方が違ってくるのかな? 今度、臼を買おうかしら?


「キャロ、拘りすぎ。もうキャロ以外の料理食べれなくなる」


「まったくだわ」


 何よ、それ? 褒めてんのか文句を言ってるのかどっちよ?


「ん? 誰か来きた。馬車二台よ」


「ティナ」


「了解」


 昼食を中断してわたしが対応、ティナは陰から警戒。ルルは屋根の上から援護。これがわたしたちが考えた対応法だ。


 ドアの前で待っていると、ルルが言ったとおり馬車が二台現れた。


「レンラさん?」


 先頭の馬車にはレンラさんと御者さんが座っており、後ろの馬車は箱馬車だった。


 ……そう言えば、泊まりに来るとか言っていたっけ……。


「ティナ、大丈夫よ。出て来て」


 家畜小屋の陰から出て来た。相変わらず隠れるのが上手いわよね。


「お久しぶりです。元気そうでなによりです」


「はい。レンラさんも元気そうで。お店はいいんですか?」


「十日ほど休みをいただきました。五日ほど宿泊させてもらいます」


「喜んで。何人ですか? たくさんいると相部屋になっちゃいますけど」


「妻とわたしの二人でお願いします。この荷物を宿泊する代金として受け取ってください」


「いいんですか? かなりの量ですけど」


 荷台には木箱が四つに樽二つ。藁まで持って来てくれたわ。


「構いません。マッチが思いの外好評で、予想以上の高値で売れました。またお願い出来ますか?」


「はい。毎日作っているので三百本はあると思います」


 酵母を作る間にマッチも作っていた。数えてないけど、三百本はあると思うわ。


「それは助かります。どんどん売ってくれとのことでしたから」


「でも、そんなに売れるなら別の方法も考えないとダメですね。わたしだけしか作れないのでは商売として成り立たないでしょうし」


「今、キャロルさんのようなことが出来る者を捜しています。まあ、見つけるにはかなり時間が掛かるので、しばらくはキャロルさんに頼ることになるでしょうが」


「魔力があればもしかするともっと作れると思うんですけどね。今のわたしでは三十本くらいが精々なんで」


「魔力があればもっと作れるのですか?」


「ま、まあ、感覚のことなで絶対とは言えませんけどね」


 何か解決法でもあるのかしら?


「次回、来たときに試してください」


「はあ、わかりました」


 次回と言うならそんときに教えてもらえばいっか。作ろうと思えば百でも二百でも作れるんだからさ。

 

「あなた」


 と、レンラさんの奥さん、マーシャさんが箱馬車から降りて来た。


 マーシャさんとは実家で会っている。まあ、そんなにしゃべったわけじゃないけどさ。


「いらっしゃいませ。ちょうどお昼なので皆さんもどうですか? たくさんあるので遠慮はいりませんよ」


「それはありがたい。ご馳走になるとしましょう」


「はい。御者さんもどうぞ」


 荷物の降ろしはあとにし、皆を家に入れた。

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