第56話 マッチ

 朝になったら山羊にエサを与えた。


「いっぱい乳を出してね」


 おいしい乳を出してもらえるよう、山羊たちを撫でた。


「山羊の小屋を作ったらウールを運んでこないとね」


 卵は鞄に入れてあるのでしばらくは大丈夫だけど、マヨネーズをそろそろ作りたい。ここの野菜、苦いんだよね。マヨネーズでもつけないと食べられたものじゃないのよ。まあ、生で食べられる野菜が少ないからつけられるにも少ないんだけどね。


 それでもキャベツのような野菜はある。千切りにマヨネーズをつけて食べたいわ。


「おはようさん。早いんだな」


 ローダルさんが起きてきた。


「いつもこんな感じですよ。お城でも早かったですからね」


「城はそういうのがあるからお嬢様のお友達係の選定は大変なんだよな。お嬢ちゃんたちがいてくれて本当に助かったよ」


 確かに十歳くらいの女の子には厳しいでしょうね。教養もあり礼儀も知っている者を連れて来いってほうがどうかしているわ。


「わたしもたくさん学べたので助かりました。自分の魔法もわかりましたから」


「お嬢ちゃん、魔法が使えるのか?」


「はい。と言っても凄い魔法は使えませんけどね」


 固有魔法のことはローダルさんにも秘密だけど、だからと言って魔法が使えないことを隠すのは不便だ。なら、別の魔法が使えることにしちゃえばいいわ。


「どんな魔法が使えるんだ?」


「これです」


 と、十センチくらいの細い棒をスカートのポケットから取り出した。


「それは?」


「着火」


 そう唱えると、棒の先から火が生まれた。


「な、何だ!? 火がでたぞ?!」


「わたしの固有魔法です。物に魔法を込められるんですよ。名付けて移し込みです」


 ごめんなさい。上手い名前を考えてませんでした。


「う、移し込み? そんな魔法聞いたことないぞ」


「だから固有魔法なんだろうと言ってました」


 誰が、とは言わないでおく。今ならローダルさんも気にしないだろうからね。

 

「……こ、固有魔法か。確かにこんな魔法みたことがないな……」


「まあ、魔力が少ないからか、限界なのかはわかりませんが、少しの時間しか発動しない上に一日三十本が精一杯でした」


「これは、どんな役に立つんだ?」


「竈に火をつけたりお風呂に火を入れるのに使えますよ。火打石を使う必要もなく残り火を心配する必要もありませんからね。慣れれば一本で火がつけられますからね」


 お母ちゃんもお父ちゃんも楽だと好評だ。おばちゃんたちにも配っているからわたしの魔法はこれだと思われているわ。


「もう一回いいか?」


「いいですよ。たくさんあるので」


 ポケットから五本出してローダルさんに渡した。


「着火でいいのか?」


「はい。最初は出来なかったんですけど、いろいろやっているうちに出来ました」


「固有魔法は特別だと聞くからな。使う者の考えが活かされるんだろうよ」


 へー。そう言われてんだ。固有魔法って案外知られてたりするのかな? 


「着火」


 火がつくほうには炭をつけてある。ついてないほうを持って発動の言葉を口にすると、火が生まれた。


「おー。手から火を出すのは見たことあるが、棒の先から火が出るのなんて初めてだ」


 でしょうね。マッチなんてまだ発明されてないんだから。


「あ、消えた」


「ちょっとの魔力しか籠められないみたいで五つ数える間しかついてられないんですよね。それでも枯れ葉や木の皮にはつくので問題はないですね」


 この時代の人は火をつけるのが上手い。五秒もついているなら充分だわ。


「お湯を沸かすので竈に火を入れてみますか?」


 やってみたほうが早いでしょうと、台所の竈に火を入れてもらった。


「なるほど。これは楽だな」


 台所に入る人とは思えないから、野宿とかはやってそうだ。火打石を使っていたのかもしれないわね。


「雨に濡れてもつくからお父ちゃんは喜んでましたよ」


 魔法だから雨の中でも五秒はついていたわよ。


「予備はたくさんあるんで使ってみてください。いろんな人に使ってもらうば本当に便利かどうかわかりますから」


「いや、これは売れると思うぞ」


「そうかもしれませんが、利益を出すのは難しいんじゃないですか? 高ければ買わないし、安ければ利益にならないでしょうし」


「いや、これは金持ちに売る。最近、他国からタバコが流れてきてな、金持ちの間で流行っているんだよ。火をつけるのが大変だと聞いたことがある」


「お父ちゃんも吸ってたな」


「庶民の間で吸われているタバコと金持ちや貴族が吸うタバコは違うものだ。まあ、おれは吸わんからどんなものかまでは知らんけどな」


 わたしもタバコのことは知らない。けど、体に悪いものなのは確かでしょうね。


「これは着火と言うだけで火がつき、すぐ消えてくれる。携帯するのも邪魔にならない。大銅貨一枚にしても売れるはずだ」


 大銅貨一枚はぼったくりすぎない? タバコがいくらするか知らないけど、下手したらタバコより高くなるんじゃない?


「とりあえず、あるだけ売ってくれ」


「いいですよ。知り合い価格で一本銅貨一枚ってことで」


 銅貨十枚で大銅貨一枚のはず。悪くない取引でしょうよ。


「ふふ。商売が上手くなったな。大量に作ってあるんだろう?」


「はい。いろいろ欲しいものがあるので。いろいろ金策になりそうなものを作っておきました」


 ティナに剣を買ってあげたいからね。コツコツ作っておりました。まさかこんなに早くチャンスが来るとは思わなかったけど。


「いいだろう。あるだけ買わせてもらうよ」


「ありがとうございま~す」


 イェーイ!

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