第6章

第54話 山の家

 ティナの実家は残っていた。


 まあ、一年も離れてないんだから朽ちることもないか。ただ、魔物が歩いた足跡は残っていた。


「轟竜の足跡かな?」


 竜と言うから大きいのを想像してたけど、足跡の間隔からそこまで大きいものじゃないみたいね。ただ、足跡の多さから十匹以上はいそうだ。


「だと思う。姿を見たことないからわからないけど」


 さすが異世界。おっかないのも住んでるわ~。


 ルルがいなければ恐れていたけど、結界があれば怖いものなし。とは言え、いつもルルがいるわけじゃないんだから対抗策は考えておかないとね。


「まずは掃除ね。ティナな外の草むしり。ルルは周辺を探ってきて」


「わかった」


「何かおもしろいものはあるかしら?」


 猫なだけに自分のテリトリーを巡回する習性があるのよね。


 ルルに呆れながら家に入る。轟竜は建物に興味がなかったようで、壊れているところはないみたいだ。


 ドアや窓は開いてないのに、埃が薄く積もっていた。どこから入ってきた……天井に隙間があったよ。まあ、この時代じゃ密封にしたら危険か。暖炉で火を燃やすんだから空気の流れは大切よね。


 意外と部屋は多く、両親の部屋、おばあちゃんの部屋、ティナの部屋だ。父親が建てたようだけど、よく一人で作ったもねよね。職人だったのかしら?


「布はすべてカビているわね」


 埃が積もるほど空気が流れていたからか、ベッドのシーツや毛布はカビており、洗ってもダメっぽい。これは燃やしたほうがいいわね。


「ティナ。カビた布は燃やすけど、いい?」


 一応、ティナに尋ねた。ダメと言うなら説得する所存です。


「いいよ」


 そこまで思い入れはないようだ。なので、布のものはすべて外に出して燃やした。


 布団の類いは持って来ているので大丈夫。おばあちゃんが使っていたベッドをティナの部屋に移した。


 部屋はあるけど、ここは村からも遠い。一応、ルルに結界は張ってもらうけど、万が一を考えて一緒に寝るほうがいいでしょう。


 一日があっと言う間に過ぎ、暮らせるまで五日も掛かってしまった。


「何はともあれお風呂は必要ね」


「異議なし」


 ティナもお風呂のよさを知り、身に染みているので進んでお風呂作りに励んでくれた。


 薪も豊富で川も近くにあるのでお風呂は三日で完成。二人で入っても余裕で、お湯たっぷりのお風呂に入れるようになった。


「秋には山葡萄を採ろうか。この辺はたくさんなるから絞って飲めるんだ」


「おー。それはいいね。たくさん採ろう」


 山葡萄はいいね。普通の葡萄はお酒にしちゃうからジュースってないんだよね。たくさん生るならたくさんジュースにしておこう。


「山羊とウールも連れて来ようか。山羊の乳があればお風呂上がりに飲めるしね」


 修業に来たわけだけど、暮らしは豊にしたい。美味しいものが食べられる毎日にしたいしね。


「いいわね。冷たい山羊の乳が飲みたいわ」


 もう一人、と言うか一匹? もお風呂に魅せられた妖精猫さん。普通の猫じゃないとわかっていてもお風呂に入る姿は慣れないものね……。


 家のことが落ち着いたら足りないもの、欲しいものをもとめて山を下りた──いや、ルルカーに乗って降りました。


 誰もいない朝方に家を出たので、実家に着いても誰も起きてない。起こすのもなんなので、鞄から薪を出して小屋に積んで待つことにした。


 朝一番にお父ちゃんが起きてきた。


 麦畑を譲って風呂焚き番になったお父ちゃん。農業の才能があるのに、風呂焚き番を案外気に入っていたりするんだよね。


「何だ、帰ってたのか?」


「うん。足りないものを買いに来たんだ。薪、置いておくね」


「それは助かる。ずっと焚いているから薪がすぐなくなるんだよ。灰が出て売れるからいいんだが」


「灰って売れるんだ。煉瓦を作るときに使うからな、結構言い値で買ってくれるよ。お陰でタバコが買える」


「お父ちゃん、タバコなんて吸うんだ」


 吸ってるとこ見たことないよ。


「子供がいるから辞めてたんだよ。でも、お前たちは家を出たし、こうして煙がある場所なら文句も言われん。ありがたい限りだ」


 知られざるお父ちゃんの本性。まあ、好きにやれているならよかったよ。


「タバコの吸いすぎはダメだからね」


 今度、肺を浄化できる付与魔法を考えないとね。


「お父ちゃん、山羊が欲しいんだけど、どこか譲ってくれるところ知らない?」


「それならマバックの家に行くといい。仔が産まれたと言ってたぞ」


 そのマバックさんちの場所を聞いて訪ねると、オス一匹、メス二匹を銀貨二枚で譲ってもらえた。


「乳を飲むなら豆を食わせるといいよ。いろんな草を食わせるのは不味くなるから止めておきな。オスなら構わないけどね」


 エサで乳の味が変わるんだ。それなら豆を植えなきゃダメね。


 家には畑もある。山羊用の豆を植えるとしましょうか。でも、育つまでのエサを買わないといけないわね。


「山羊は一年で仔を産むから気をつけなよ。朝になっていたら五匹産まれていたってこともあるからね」


 そ、そうなんだ。だからマバックさんちは山羊がたくさんいるんだね。食用だろうか?


 お礼を言ってマバックさんちをあとにし、ティナに実家に連れて行ってもらい、わたしはバイバナル商会に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る