第30話 レンラさん

 何だかいつの間にか草むしりは免除され、お城で屋台を開くことになってしまった。


「どうしてこうなった!?」


「キャロ、手を動かして」


 何てネタをやっている暇もなし。次から次へとやって来るお客さんを捌いていった。


 朝から昼の前で食材がなくなってしまった。百人前は用意したんだけどな~。


「すみませーん。完売しましたー!」


「もう終わり? もっと用意できないのか?」


「時間があればもっと用意できるんですけどね。明日はもうちょっとがんばってみますね。すみません」


 屋台に載せられる量しか売らないと、アイテムボックス化した鞄のことがバレてしまう。これがどれほどのものかわかるまでは秘密にしておくべきでしょう。厄介事に巻き込まれたら嫌だしね。


「ティナ、片付けをお願い。わたしは、兵士長さんに帰ることを伝えてくるから」


 片付けと言っても出来合いのものを売っているだけ。掃除何かは帰ってから行います。


「わかった」


 この広場に兵士さんたちの詰所があり、そこに兵士長さんがいるのだ。


「すみませーん。完売したので帰ります」


 兵士長さんも買いに来てくれるので、すっかり馴染みになってしまったわ。ちなみに屋台を出して十日くらい過ぎてます。


「ああ、お疲れさん。日に日に完売が早くなるな」


「はい。でも、持って来れる量が決まっているからどうしようもないんです」


 わたしたちが買った押し車に載せれる量は百人分が精々。それ以上は何で持って来れるんだって理由が必要だわ。


「そうだな。お前たちはまだ子供だしな」


 九歳と十歳が商売していることも変と言えば変だけど、バイバナル商会の取引札を持っているからやれることだ。


「馬が買えたらもっとたくさん持って来れるんですけど、さすがにそこまで稼いでないですからね、このままですね」


 一日約銅貨百五十枚の売上で、材料費を抜くと百枚くらいの利益になる。何とも美味い商売かと思うけど、馬車は金貨二枚くらいはかかるらしい。とてもこの売上では買えたもんじゃないわ。


「そうだな。お前さんのところの芋餅は美味いのに残念だ」


「そう言ってもらえると励みになります。あ、これ、どうぜ」


 鞄から芋餅を出して兵士長さんに渡した。決して賄賂ではありません。よくしてくれるお礼です。


「いつもありがとな」


「いえいえ。また明日、よろしくお願いします。では」


 詰所を出て押し車に戻り、明日のために帰るとする。


 城門を出てバイバナル商会に向かった。


 さすがに収穫出来る芋や手持ちの小麦粉で毎日百人前分を作るのは不可能だ。どうしようかと考えてバイバナル商会を頼ったのよ。で、この前押し車を買ったときのおじさん──レンラさんに相談したのよ。


「レンラさん。昨日と同じ分の芋と小麦粉をください。マー油もお願いします」


「今日も売れたようですね」


「はい。皆さん、喜んで買ってくださいます」


 売れるのは嬉しいけど、何故売れているのかが不思議よね? 芋餅はおばちゃんたちに作ってもらい、それを売っているだけ。お母ちゃんの特製マー油かな? とは思うけど、確信を得てないわ。


「そんなに人気があるものならわたしも食べてみたいものです」


「あ、味見にどうぞ。オヤツに取っていたものなので遠慮なくどうぞ」


 鞄にはたくさん入ってあるので、それっぽい理由をつけてレンラさんに渡した。

 

「……これは人気になるのも頷けます。長くこの地にいますが、こんなものがあるとは知りませんでした」


「それはうちで作ったものなので知らないのも無理はありません。お母ちゃんが料理好きなので、近所の人に振る舞っていたら人気になった、って感じですね」


 いずれ芋餅のことは知られるでしょう。なら、今から情報を出していれば変な勘繰りを受けることもないでしょうよ。芋餅はこの地であるもので作られ、マー油も各家庭で味が違うんだからね。


「そうでしたか。各家庭の料理など気にもしなかったですが、そういうこともあるのですね」


 まあ、そんなものよね。大きい町に住んでいたら食べ物屋さんとかたくさんあるし。


「あ、今度、うちを日帰り宿屋をしようと思うんですけど、許可とかいるんですか?」


「日帰り宿屋、ですか?」


「はい。お風呂を作ったら近所のおばちゃんたちの憩いの場になっちゃって、なら日帰りの宿屋をしようってことになったんですよ」


 日帰り温泉みたいなものこの世界にないからね、日帰り宿屋ってことになったのよ。


「風呂、ですか。それはまた貴族でも高位の者しか入らないものをどうやって用意したのです?」 


「泥煉瓦を作って作りました。結構日にちが掛かりましたよ」


「……どう沸かしているので?」


「要は竈と同じですよ。お風呂の下で火を焚いてお湯を沸かす。まあ、水汲みが大変ですけどね」


「キャロルさんが考えたので?」


「はい。お風呂ってものに入りたかったので作っちゃいました」


 情報収集をしているのはわかるけど、下手に隠すほうが不味いと思うので、無邪気な感じで答えた。異質は異質でも愛嬌のあるほうが受け入れられるでしょうからね。


「一度、見せてもらっても構いませんか?」


「はい、構いませんよ。でも、女性がほとんどだから男性一人だと気まずいと思いますよ」


 たまに夫婦で来ることもあるけど、男性のほうは入らない。わたしが教えた矢当てに興じているわ。


「わかりました。妻を連れて行くとしましょう」


「はい。お待ちしています」

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