第3章

第23話 取引札

 コンミンド伯爵領は小さい領地かと思ったけど、バイバナル商会を見ると、そこそこ大きい領地なんじゃないかと思えてきた。


「商人って結構いるんだ」


「そうだね。それだけ伯爵様が有能なんだろうね」


 これだけの商人が集まるんだから商売が上手くいっているってことでしょう。わたしたちだって飢えることなく毎日食べられているんだからね。


 いろんなものが取引され、珍しいものがたくさんあった。その中には砂糖(黒い塊だけど)や香辛料的なもの。酢やみりんなどもあった。


「これなら麹とかありそうね」


 味噌を作るには麹が必要だったはず。自分で作ろうと思ったけど、売っているなら買ったほうが早いわ。なんでも作っていたら時間がいくらあっても足りないし。


 一通り回り、元の場所に戻ってきたらローダルさんも戻っていた。


「何か欲しいものはあったか?」


「はい。砂糖が欲しいですね。あと、麹、豆を発酵させたものがあれば手に入れたいですね」


「随分と変わったものを欲しがるんだな」


「そうですか? 美味しいものを食べるには必要なものですよ」


「まあ、確かにそうだな。調味料類がほしいなら商会を回ってみるといい。この札を見せると相談に乗ってくれるだろう」


 赤い字で書かれた札を渡された。これは?


「バイバナル商会が出している取引札だ。信用の証でもある。持っていろ」


「いいんですか? まだ子供に持たせたりして?」


 どう見ても小娘でしかないわたしに重要アイテムを渡すとか何を考えているのよ?


「キャロルとは長い付き合いになりそうだからな。今の内に唾を付けておこうと思ったまでさ」


 そこまで飛び抜けた才能があるわけじゃないけど、商人と仲良くなっておいて損はないでしょう。漫画でも伝手とコネに勝るものはないって言ってたしね。


「それならありがたくもらっておきます。また何か売れるものがあったら声をかけますね」


「ああ。ただ、おれはいろいろ各地を回っているからな、取引札をバイバナル商会の者に見せるといい。無下にはされることはないようおれから言っておくよ」


 そう言って、お金が入った革袋を渡された。


「こういうときってちゃんと中身を確認したほうがいいんですか? それとも失礼に当たるんですか?」


「確認したほうがいい。盲目な信頼は悪でしかないからな」


 そういうものなんだ。商人の世界は厳しいものなのね。


 革袋からお金を出して数えた。


「計算はどこで覚えたんだ?」


「独学です」


 わたしの知識は漫画や小説ではあるけど、計算とかはドリルで覚えたわ。活用できたのが異世界でってのが笑っちゃうけどさ。


「ただ、文字はてんでダメですね。文字に出会えることが少ないので」


 ティナもそこまで文字や単語を知っているわけじゃない。大して学べていないのよね。


「それなら仕事をしながら覚えてみないか?」


「どういうことですか?」


 丁稚奉公しろってこと?


「伯爵家のお嬢様が二人と同じ年齢でな、一緒に学べる者を捜しているんだよ」


「それは、社交性を学ばさせるためのものですか?」


 何か、そんなことを漫画で読んだことがあるわ。


「キャロルは本当に賢いな。正式に城に上がるか?」


「遠慮しておきます。わたしは、旅がしてみたいので」


 こうして元気な体に生まれ変わったのだ、自分の足で世界を見て回ってみたいわ。わたしには魔法もあるみたいなんだからね。宮仕えなんてしたくないわ。


「そうか。まあ、お嬢様の相手もずっとってわけじゃない。冬の間だけだ。給金もいいから旅の資金集めにはいいと思うぞ」


 それもそうね。旅をするのにお金はかかるし、旅をする準備にもお金はかかる。快適に旅をするためにも用意はしっかりしておくべきでしょうよ。


「親に相談してからでもいいですか?」


 冬は内職ばかりだけど、まだわたしは幼い。親の承諾なしに自分では決められないでしょうよ。


「ああ、構わない。もし、受けるのなら城に行くといい。その取引札が証明書になるから」


 それ、かなり重要なものだと言ってますよ。


「あ、ティナも一緒でいいんですよね? わたしたち、一緒に行動しているので」


 一緒じゃないのなら断らせてもらうわ。


「ああ、構わないさ。お嬢様の相手は多いほうがいいからな」


 貴族のお嬢様に平民もいいところのわたしたちが相手するって、どういうことかわからないけど、お城で働けるならわたしたちにも得になる。学校や私塾なんてないのだ、学ぼうと思ったらお嬢様の相手をするしかないわ。


「服はどうします? さすがにこの格好でお城に行くのは失礼だと思うんですけど」


 両親のお陰で毎日食べられているけど、そこまで裕福ではない。服なんて継ぎ接ぎだ。下着だって二枚しかないわ。


 ……今日帰るときに布を買っていかないとね……。


「まあ、城で用意されると思うが、一枚くらい上品な服を持っておくのもいいと思うぞ。古着屋を紹介してやるよ」


 お、古着屋なんてあるんだ。興味あるわ。


「ありがとうございます。このお金で買ってみます」


 古着屋の場所を教えてもらい、ローダルさんと別れた。

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