第3話 縄

 納屋に置かれた藁の束を抱え、家に戻った。


 家には作業用の部屋があり、お母ちゃんがここで藁を編んだりしている姿が思い出された。


 今さらながらうちは農家と川で漁をして生きているみたいだ。


 どちらもお父ちゃんがやっており、継ぐほどでもないからあんちゃんは荷馬業をやっているみたいだ。


 お母ちゃんも畑は収穫のときに手伝いに行くくらいで、普段は内職をやっている。


 その一つが藁編みだ。


 縄や蓙、袋など、藁でこんなに作れるんだと感心してしまうわ。藁、万能すぎ!


「じゃあ、教えるよ」


 藁の束を木槌で叩いて柔らかくし、水で浸した。


「まずは母ちゃんがやってみせるからよく見てな」


 って言うけど、上手すぎて何をどうやっているかさっぱり。速すぎるって!


「まずは一本ずつ編んでみな。失敗しても釜戸で燃やすから気にしなくていいよ」


 それならと藁を一本ずつつかんで編んでいった。


「……上手く編めない……」


 これでも自分の髪を三つ編みに出来たのに、藁二本編むことも出来なかったわ。


「やっていれば嫌でも出来るようになるよ。母ちゃんもそうだったしね」


 やって覚えろか。厳しいものだ。けど、学校に行くわけでもなければ仕事が多いってこともない。近所に同年代の子供がいないので遊ぶこともない。時間はたっぷりあるのだから練習あるのみだ。


 不安だったものの、やれば不思議と出来るもの。一時間もやれば二本編みをマスターしてしまった。キャロル、あなたやれば出来るじゃないのよ!


「不器用かと思ったらそうでもなかったんだね」


 たぶん、キャロルは根気がなかったんだと思う。わたしの中で面倒臭いって気持ちがあるからね。


 前世のわたしにも根気があったかはわからないけど、器用に動いてくれるこの手がおもしろい。不器用どころか器用だわ、キャロルって。


 二本編みの次は二本に増やして編んでいき、これは十分もしないでマスター出来た。


「キャロ、あんた凄いわね。これなら縄を売りに行けるのも早いかもしれないね」


「売る? わたしが売りに行くの?」


「ああ。十歳なら市場に場所を構えられるからね。まあ、縄はそれほど高くは売れないけど、よく使うものではあるからすぐ売れると思うよ」


 それはいいわね。たくさん作ってたくさん売っちゃおうじゃないのよ!


「わたし、いっぱい作るよ!」


「アハハ。たくさん売れたら肉を買っていいよ」


 おー! お肉買っていいんだ。断然、やる気が漲ってきたわ! わたし、やるよ!


 それからわたしは藁を編みまくった。


 本当にキャロルは器用であり、編めば編むほど技術が向上していき、四日もすれば目を閉じてても編めるようになっていたわ。


「いや、あんた編みすぎだよ! 納屋の藁なくなっちゃうよ!」


 編みに編んでいたらお母ちゃんに止められてしまった。え?


「なに? せっかく乗ってたのに」


「なにじゃないよ! 編みすぎだよ! 藁は他にも使うんだからそのくらいで止めておきな!」


「え? わたし、そんなに使った?」


「使っているよ。まったく、あんたの集中力、どうなってんのよ? 変なものに取り憑かれたんじゃないだろうね?」


 ギクッとしたけど、わたしはキャロル。ただ、前世の記憶を思い出しただけだ。


「変なの? 変なのがいるの?」


 そう言えば、ここがどんな世界かわかってない。幽霊とかオバケとかいる世界なの? 魔法なら大歓迎だけどさ。


「いや、たとえだよ」


 なんだ、いないのか。それは残念。ちょっと見てみたかったわ。前世じゃ幽霊もオバケにも出会えなかったしね。


「ハァー。こんだけになるとあたしの作業も出来ないよ。明日、市場に売りに行くよ」


 お、さっそく行けるのね。


「これ売ったら肉買える?」


「肉は猟師が狩ってくるから運だね」


 畜産はやってないってこと? いや、出来ないってことなの、か?


 お母ちゃんに尋ねたら家畜を営む家はあるみたいだけど、食用ではなく毛を取るための羊とチーズを作るための乳牛だそうだ。


 ……よかった。ここ、平和な村っぽいわ……。


 漫画や小説のように魔物犇めく異世界とか、今のわたしには難易度高いわ。前世じゃほぼ寝たきりだったんだからね。


 ただ、旅はしてみたいかな? せっかく健康な体で産まれたんだからね。


「縄は適当な長さにして丸めておきな」


 丸太に縄を巻いて束ねる。二十メートルくらいでいいかしら?


「お母ちゃん、ハサミってないの? 毛を切ったほうがすっきりすると思うんだけど」


「ハサミは高価で一つしかないからね、キャロはこれを使いな」


 と、古びた鉈を渡された。


「マグスのお下がりだよ。砥石もあるから手入れして使えるようにしな」


 鞘から抜いたらサビサビだった。


 小枝切りに鉈を持ったことも砥石で研いだ記憶もある。このくらいのサビサビならわたしでも取れそうだわ。


 縄を束ねたら鉈を持って井戸に向かい、砥石を使ってサビサビを落としていった。


「やっぱりキャロルって器用だわ」


 完全にサビサビは取れなかったけど、なかなかいい感じに研げたと思う。これなら薪でも一刀両断出来そうな気するわ。


「刃物を持つと何か強くなった気がするから不思議よね」


 これはキャロルの感覚かしら? 怠け者だけど、変に活発なところがあったみたいね。


「お母ちゃん。試し切りしたいんだけど、何かないかな?」


「それなら納屋の後ろの雑木を切っておくれ」


「わかった!」


 ふふ。今宵の斬鉄剣は一味違うぜよ。

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