第3話 天才のプリント

とある日の授業。


「はーい、今からランダムに他の人のプリントを配るのでー、答え合わせしていきましょー」

 数学の授業でたまにあるイベントだ。数学の徳田好子が楽しそうに前回の宿題のプリントを配っている。ランダムってなんだ?バラバラってことか?他の先生にはない若い先生ならではの発想だ。しかし、提出する日の朝にギリギリまでやったヤツだから全然できてないヤツだ。


「はーい、誰が自分の持ってるとか今はいいから、一問目からいきまーす」

 

 驚いたことに今日僕のところに来たのはアイツのプリントだった。よし、これは重大な情報が得られそうだ。五感を研ぎ澄ませて答え合わせをしないといけない。ぱっと見、書写のお手本みたいにキレイな字で書いてある以外、特に変なところはない。裏まで念入りに点検する。ん?何か書いてある。これは、暗号か?


「はーい、問題は以上ですねー。では、点数も書いてあげてー。できた人から本人に返してあげてくださーい」

 

 調査の成果はあまり得られなかった。テレビで見る犯人は大体ミスをして証拠を残したりするが、アイツのプリントにミスはなかった。裏に書かれているのも時間をかけて解き明かしたら、ただの筆算だった。答えをキレイに書くために筆算は裏に書くなんてなんの意味があるんだろう。こうなったら返す時のリアクションで何かつかむしかない。僕はアイツに向かって歩き出そうと立ち上がり、振り返った。


 その瞬間、アイツと目が合った。

光以外がなくなった世界のような、水の中に潜っているような感じがした。


 ん?もしかして僕がアイツのプリントを持っていることがバレたのか?どうしてバレたんだ。アイツは入り乱れるクラスメートをくぐり抜け、二人以外が高速で動いている世界でこっちに向かってきている。

いや、落ち着こう。バレたとは決まっていない。みんな自分のプリントを探している状況だ。キョロキョロして、自分を見ている人がいれば、自分のプリントを持っている可能性が高いだけだ。そして、たまたま僕と目が合った。だからこっちに向かってきてるんだ。


「はい、橋本くん。これ、その日の朝やったんでしょ」


 いつの間にかアイツは僕の目の前にいた。すごい偶然だ。アイツも僕のプリントを持っていたらしい。しかも僕がその日の朝にこのプリントをやったことまで見抜いている。もしかしたら、偶然じゃなくてなんとかして僕のプリントが自分の手元に来るように操作したのか?いや、そんな時間はなかったはずだけど、いやいや、アイツならできてもおかしくない。なんてヤツだ。

 驚きのあまり、プリントを返した時も情報どころかアイツの勝ち誇ったような恐ろしい笑顔しか得られなかった。あーくそ。僕は悔しさのあまり、アイツから渡された自分のプリントをくしゃくしゃにまるめた。プリントのは最初から競っていなかったが、得点差すらも悔しさを倍増させた。


「はーい、返したら早く席に着いてー。では、プリントを回収しまーす。後ろから集めてー」


嘘だろ。徳田好子。答え合わせまで終わったのに、回収することになんの意味があるんだ。

 僕はできるだけプリントに圧力をかけ、シワを伸ばした上で、六〇と書かれた数字の横にと演出を加えた。他の人のプリントの間に少しでもシワが伸びてくれるように願いを込めてはさみこませた。その後、悔しさのやり場がなくて、一瞬だけアイツの方を見た。太陽の光がアイツの体の左半分に当たって水から上がったように汗ばんだ肌がキラキラしていた。

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