第一章 天才とチェンジリング

第1話 天才の作戦

 アイツが階段を登ってくる。なんだかすごくだ。なんだったか、まるでちかねちゃんの持ってる、チクタクなるヤツみたいだ。アイツに間違いない。今日は階段を登ってすぐの曲がり角で待ち伏せる。


 朝の人が少ないひんやりした時間。全開にした校庭側の窓から廊下の窓に風が吹き抜けている。


今だ。


「おはよっ!林田」


勢いよく飛び出した。しかし、驚いて尻もちをついたのは健二郎だった。


(パンッ!)


その瞬間、後ろから大きな音がした。

僕は木の廊下に膝から崩れ落ちて、両手をついてしまった。驚きすぎて声が出なかった。四つんばいの状態で首だけ振り返ると、僕の目の端っこにアイツの姿が映った。大きな音の正体はアイツだった。


「おはよう。橋本くん」

そう言いながらアイツはいつも通り微笑んで、紙を折って作った大きな音が鳴るヤツを僕に向けている。


「お、おはよう、林田」

「おはようは二回も言わないよ。橋本くん」

「一回しか言ってないよ」

「そうだね」


 僕はあくまで被害者として、何事もなかったかのように素早く立ち上がり、アイツに背中を向けて挨拶をした。背中を向けていたが、たぶんアイツは微笑んでいる。本当はこっちが驚かせようとしたことはバレてないみたいだ。うまくごまかせた。

でも、なぜ間違えた。時間といい足音といい、アイツに間違いなかったのに。


「健二郎、どういうことだ?」

「なにが?こっちが聞きたいよ」

「ごめん、林田だと思って待ち伏せしてた」

「はあ?意味わかんない。林田さんが、階段を一、二、一、二って心の中で数えながら登るといいことあるよって言ったからやってみたのに」


 健二郎はオトリだったのか。やられた。なんでバレたんだ。後ろからきたってことは一階の下駄箱で靴を履き替えてから健二郎に声をかけて、職員室前の走れない廊下を通って遠い方の階段を登って一組の教室の方から長い廊下を走ってこないといけない。早すぎないか?僕に気づかれずにそんなことできるのか?いや、そもそも健二郎と一緒に階段を上がってこなかったのも変だ。


「橋本くん、いつまで座ってるの?早く宮本くん起こしてあげたら?」

「言われなくても」

そう言い終わって健二郎を立ち上がらせた頃には、アイツの姿はなかった。


「健二郎、アイツと下駄箱で会ったのに、なんで一緒に上がってこなかった?」

「なんでだろう?林田さんと一緒に階段を登ってきたと思ってたんだけど」

健二郎はそう言いながら教室に入って行った。

その姿を後ろから見ながら僕は考えていた。


 ん?どういうことだ?つまり、いつも自分と同じぐらいの時間に学校に来る健二郎に階段のおまじないの話をしておいて自分のオトリになるように仕向けたってことか。健二郎はおとなしくて、人を疑うことを知らないからその性格を利用したってことか。なんてヤツだ。じゃあ、そのあとは?まあ、先生にバレないようにダッシュで回り込めば間に合うか。今の時間だと先生に見られずにダッシュできるのはかなりラッキーだ。くそ。

 そう思いながら教室に入り、ふとゴミ箱を見ると、アイツが捨てたであろうがあった。そう言えば、これを見たのは小学校六年生以来だった。僕が兄ちゃんから教えてもらって学校でやったら六年一組で少しだけ流行ったヤツだ。何かアイツの攻略法がつかめるかもしれないと思い、拾ってみる。鳴らしてみる。


(パンッ!)


 風に運ばれた音が教室と廊下に響き渡る。すごく乾いたいい音がした。紙をよく見ると、大きめのツルツルした素材のカレンダーの裏紙だった。今日は七月一日だから昨日までこの教室の前の壁に貼ってあったはずの六月のカレンダーだ。何よりあの音はキレイに折らないと出ないし、折ってから時間が経ちすぎるとヘロヘロになっていい音が出なくなる。これから考えるとこれが作られたのは少なくとも今日の朝か。

いつの間に?アイツは一体何時に学校に来て、何をしていたんだ。くそ。いつも全部がアイツの思い通りになる。今日こそは、そうはさせないと思っていたのに、いきなりやられた。

 アイツは小学校のときからいつも真面目で、委員長で、先生と仲が良くて、テストも大体満点だった。改めて考えると、なんてヤツだ。中学二年になったから、そろそろアイツに勝てるはずだと思っていたのにもう三ヶ月も経つ。次の作戦はどうしよう。


アイツは天才だ。


考えなければ。アイツをギャフンと言わせる方法を。

吹き抜けた風は夏からきた風だった。


あ、そう言えば、宿題やらないと。

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