【二章完結】仕事ですか? 毎日俺を殺しに来る女に飯を食わせる配信で稼いでます

枩葉松@書籍発売中

第1章

第1話 配信中に殺し屋が家に来まして

 髪型に特別なこだわりはないのだが、俺は毎月、とある美容室に通っていた。


 そこに勤める男性の美容師さんと妙にウマが合い……いや、向こうが俺に合わせてくれているだけかもしれないが、とにかく会話が楽しいのだ。


伊波いなみさん、最近あった面白い話してくださいよー」

「……何ですか、その雑なフリ」

「友情の証ッスよ。こんな感じで話すの、伊波さんだけッスから」

「野郎からそんなこと言われても、全然嬉しくないです」


 テキパキと施術を行いながら、美容師さんはいつも通りの軽いノリで話し掛けてきた。


 ピアスもタトゥーもゴリゴリに入っている人だが、喋ると犬っぽくてどこか和む。

 陽キャってすげーなと素直に感心する。


「いやー、でも面白い話とかないですね。退屈に生きてるだけなんで」

「伊波さんって動画とか配信で食べてるんスよね? 絶対毎日楽しいと思いますけど」

「それは偏見ですよ。ネタを探すのは大変だし、リスナーは勝手なことばっかり言うし、編集で長時間座ってて腰痛めるし。稼げなかったら絶対辞めてます」

「リアルで世知辛いッスねー」

「まあ仕事なんで仕方ないですよ」


 ハハハ、と二人して大人ぶった笑みを響かせた。

 落ち着いたところで、「んで、マジで何もないんスか?」と美容師さんは言う。


「んー……面白いかどうかは、ちょっとわかんないんですけど……」

「はいはい」

「この前、配信中に殺し屋が家に来まして……」

「はいはい……ん? え、今何て言いました?」

「殺し屋です、殺し屋。映画とかでよく見るやつ」

「……確認なんスけど、無理して面白い話作ろうとしてるなら謝るッスよ?」

「いや、マジなんですって。マジで殺し屋。本人がそう言ってたんで。武器も持ってて、うちのドアチェーンぶった切られましたし」


 美容師さんは、鏡越しに俺へ疑いの目を向ける。


 当然の反応だ。

 現代日本で殺し屋なんてあり得ないし、仮にいたとしても俺のところへは来ないだろう。


「実はこの前、ちょっとしたことで変なアンチがついちゃったんですよね。そいつが殺し屋を雇って、俺を殺そうとしたんですよ」

「……でも伊波さん、ちゃんと生きてるッスよね?」

「配信中に作ったご飯あげたら、美味いって言って帰ってくれました」

「殺し屋を餌付けしたんスか!?」

「何だったら、あれから毎日来てます」

「そんな味をしめた野良猫みたいな……」

「一応殺すつもりで来てるっぽいんですけど、お腹いっぱいにしたら帰ってくれるんですよね」

「もう完全にご飯食べに来てるだけの人じゃないスか」


 俺の真剣な顔を見て、一応半分くらいは信じてくれたようだ。


「ってか、そんなの通報すりゃいいじゃないスか。武器持ってる時点で一発逮捕でしょ」

「俺も最初はそのつもりだったんですけど、殺し屋さんと一緒にご飯食べる配信がバズっちゃって。お金になるし……何より一緒にいて楽しいし、別にいいかなーって」

「いやでも、危ないんじゃ……」

「色々あってデカい借金も抱えてるんで、稼がなきゃどっちにしろ死ぬしかないんですよねー」

「あぁー……な、なるほどー……」


 美容師さんは乾いた笑いを浮かべて、「今日は眉カット代、サービスしとくッス」と言った。


 何か悪いな。

 ありがたく受け取るけど。


「……ん? あ、殺し屋さんから連絡きました」

「連絡先交換してるんスか!?」

「『今日は唐揚げの気分かも』……だそうです」

「飯食う気満々だ!?」

「『野菜もちゃんと食べるならいいですよ』……っと」

「殺し屋相手に栄養指導してる!?」

「好き嫌いはよくないですから」

「ほとんどお母さんッスね……」


 『わかった!』という、殺し屋さんからの元気な返事。

 それを見てクスッと鼻を鳴らし、彼女が初めて家に来た時のことを思い出した。




――――――――――――――――――

 あとがき


 新作です。

 

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