八尺バベル
IS
八尺バベル
おれの名は
今世界で最も熱いカードゲーム、ヴァリバブルサーガ。通称ヴァリサガ。大人も子供もみんなプレイしてる。これを読んでるおまえもきっとプレイしてる。人類総ヴァリサガバトラーだ。
そんな人気ゲームの公式大会ともなれば、色んな奴らと対戦することになる。サラリーマン風の人から筋肉ムキムキの人。どこかで観たようなスポーツ選手から、外国の人まで、いろいろ。でも、おれは誰が相手でも臆さないし、勝利する自信があった。実際そうしてきた。だから、その日もいつもと同じように気楽な気持ちでショップに向かって、いつも通りに対戦席に座ったんだ。
「ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽ」
向かいの対戦席に、女の人が座った。超でかいお姉ちゃんだった。座高だけで2メートル以上ありそうだ。おれは一瞬びっくりしたけど、相手が丁寧な物腰だったので、すぐに平静を取り戻した。そして自分の山札を切り終わって、相手にカットをお願いして、そして。
「ぽ」
お姉ちゃんは鞄から山札を取り出した。それはお姉ちゃんと同じくらいの高さだった。全高2メートルのデッキの束が、おれと、最低枚数で組んだおれの60枚デッキを見下ろしていた。それを見て、おれは――もしかしたら人生で初めて――恐怖を覚えた。巨大な存在を前にして、はじめて自分が小さい存在だと自覚させられたようだった。
「はーい、それじゃあ相手がいるところから対戦はじめちゃってください」
審判の声が店内に響く。無慈悲にも、戦いのゴングが鳴り響いてしまった。自分はまだ、相手の山札を切り終えてもいないのに。
「ぽ」「た、対戦よろしくお願いします……」
恒例的に、対戦の挨拶を交わした。喉を通って出た声は、情けないほど小さかった。コンフリクト。戦いが始まった。
◆ ◇ ◇
「たいへんだ! たいへんだ!」
学校の下校時間。教室で突如騒ぎ出したのは、クラスメイトの
「たいへんって、何がたいへんなんだよ」
「八尺様が目覚めたんだよ!」
「はぁ?」
大が何を言っているのか、よくわからなかった。
「なんだよその、ハッサクサマって。新しいカードか?」
「違うよ。八尺様っていうのは、妖怪の一種なんだよ。うちが神社やってるのは知ってるよね」
確かに、大は神社の子どもだ。かなり広い神社で、埋蔵ヴァリサガカードが埋まっているなんて噂もある。小学校に上がる前は、大と二人で庭を掘り返して、その度に坊さんに叱られたりなんてこともあった。
「神社と妖怪に何の関係があるんだよ」
「うちの神社は色んな妖怪を封印してるんだよ。でも、ついさっき八尺様が封印を破って、外に飛び出したって」
「さっきって、大は学校にいただろ? なんでそんなこと分かるんだよ」
「妖怪監視アプリに脱出通知がきたからだよ」
大がスマホを取り出して言った。なるほど、神社っておもったよりハイテクなんだな。
「それで、どういう妖怪なんだよ」
「八尺様はものすごく身長が高くて、あらゆるものを破壊するらしいんだ。色んな説があるけど、とくに子どもが狙われやすいみたい。悪魔くん、この後カードショップに行くでしょ?」
「ああ、大会があるからな」
「道中気をつけてね。流石にカードショップには入ってこないと思うけど……もし見かけたら連絡して!」
大はそう言って、なにか呪い的なものをおれに渡そうとしてきた。鞄が重くなると嫌なので断った。そもそも、おれは妖怪などという非科学的なものをあまり信じてはいなかった。そういうわけで、特に無警戒なままカードショップに辿り着き、大会待ち時間にショーケースを眺めている頃には、そんな話もスッカリ忘れていた。
◆ ◆ ◇
そして、1000枚を超えるほどの山札の束を小分けにして切りながら、おれはようやく八尺様の話を思い出していた。ものすごく身長が高いヤツ、間違いなくこいつが八尺様だ。問題は、身長だけじゃなく山札まで高いこと。そして何より、八尺様もヴァリサガバトラーだったことだ。
「ぽぽぽ……」
試合開始から既に15分が経過していた。試合前にたがいの山札を切ること自体は問題ないが、何分枚数が多いので時間がかかる。途中、八尺様と思しきお姉ちゃんがぽつりとナニカを呟くが、どんな意図があるのかは分からなかった。
おれのデッキカットがあんまりに遅いので、怒ってるのかもしれない。しかし、この山札の束を崩せば失格になってしまう。それだけは避けなければならなかった。幸い、山札を切り終わるまで何事も起こることはなく、ようやく山札カットの時間が終わった。
お互いの初手の手札は5枚。先行後攻はダイスロールで決める。八尺様はサイコロを持ってなさそうだったので、おれが持っているサイコロで先行後攻を決めた。かなり試合時間は過ぎたが、ようやく決闘が始まったのだった……。
◆ ◆ ◆
☆ヴァリバブル・サーガ 簡易ルール説明☆
・お互いに60枚以上の山札と1枚のアヴァター・カードを用意して遊ぶ(上限枚数はなし)
・初期手札は5枚、互いのターンのはじめに1枚引く
・毎ターン『プレイポイント』が上限1点増えて満タンになる。
・カードの種類には大きく分けて「生物」と「呪文」がある。生物は自分のターンの間だけ、呪文はお互いのターンに使用できる。
・生物カード、呪文カードの使用にはカード固有のプレイポイントを支払う
・アヴァター・カードはいつでも出せる生物である。強力な分、こいつがやられると即敗北となる。
・相手の『結界障壁』ポイントを0にするか、アヴァター・カードを除去するか、あるいは相手が山札を引けなくなったら自分の勝ち!
◆ ◆ ◆
少し時間が経ち、先行7ターン目、つまりおれの手番が終わった。こちらの使用デッキは小鬼アグロ。コストの低い悪魔を早い段階から並べていき、勝負を決める速攻系のデッキだ。実際に、相手の結界障壁ポイントは半分まで削れている。次のターンで0にできる。つまり、この戦いはかなり優勢だった。
一方で、相手のデッキはまだ分からない。これまでのターン、相手は生物を出さず、ひたすらに手札入れ替えやサーチ(デッキから任意のカードを手札に加えること)を繰り返していた。確実に速攻系のデッキではないだろう。
そもそも、原則としてデッキは最低枚数で組むのがセオリーだ。なぜなら、余分なカードが多い分、通常のドローで引きたいカードを引ける確率が下がってしまう。それをカバーするためにカードを引いたり、サーチする手段を入れているのだろうが、元々デッキ枚数が少なければ不必要なコストである。
……そう。勝利が見えてきたこの時点で、まだ相手の1000枚を超えるデッキの謎が分からないのである。塔はまるで物言わぬ虚像のように、無言でこちらを威圧している。相手のデッキの山を意識するたび、勝利の確信が揺らいでいく。八尺様は何を隠しているのか? このターンでそれは明らかになるのか?
「ぽ」
相変わらず感情が読めない声で、八尺様がカードを引いた。後攻8ターン目、相手の手番だ。八尺様はハンドシャッフル(自分の手札の並び順を入れ替える行為)を行い、
「ぽ」
と、こちらを指さしてきた。よく見ると、その指先はおれのデッキを向いていた。枚数を数えろという事か。8ターン経っているので、おれが自分の手番に引いた枚数は4枚だ。それに初期手札が5枚。最初のデッキ枚数が60枚なので、残りは51枚ということになる。おれは咄嗟に暗算した内容を八尺様に伝えた。程なく、八尺様は1枚の呪文カードを唱えてきた。唱えられた呪文カードの名は、《塔の崩壊》だった。
「ぽ、ぽ、ぽ」
塔の崩壊のテキストにはこう書かれている。「相手のデッキ残り枚数と同じになるよう、自分はデッキの上からカードを墓地に送る」と。その記載通り、八尺様は自分の山札を鷲掴みし、そのまま自分の墓地に置いた。やられた。バベルの塔は、最初から崩壊させるために建っていたんだ!
さっきまであった山札の塔はなくなり、代わりに墓地に巨大な墓が築かれた。枚数1000枚以上、やはり2メートル以上の長さがある。お盆にお墓参りしても、これだけの高さを誇る墓石は中々見かけないかもしれない。なにしろそこらの大人より大きいのだ。『オマエヲハカアナニウメテヤルゾ』、そんな声が聞こえてきそうだった。それだけの威圧感があった。
「ぽ?」
何か呪文を唱えるか? そう八尺様は聞いてきたように思った。このタイミングで使える呪文なんてあるわけない。せいぜい、八尺様にダメージを与える呪文だけだ。それは到底、トドメを刺せるような呪文ではなかった。焼石に水だ。おれは無言で無策だとアピールした。そうしたら、八尺様が別の呪文を唱えてきた。そして、おれにそのテキスト欄を見せてきた。おれは凶器を突き付けられた気分になった。
その呪文の名は『連鎖崩落』。テキストの内容は、「このターン自分が墓地に送ったカードの数だけ、相手はデッキの上からカードを墓地に送る」。おれはこれから八尺様が捨てた数だけ、1000枚以上のカードを捨てなければいけない。もちろん、51枚しかないので、必然的におれのデッキは0枚になる。次のターン、おれはカードを引けなくなり、敗北となる……そういうことだった。
「ぽ」
八尺様に促されるように、おれはデッキから1枚ずつ墓地に送り始めた。相手の墓地に築かれた塔が、「オマエモコッチニコイ」と手招きしているような錯覚を覚えた。これが妖怪の戦術か。妖怪のヴァリサガか。小学生ごときでは、いや、人間の戦術では到底敵うわけがないのだ。おれはそう思い知らされた。あまりの絶望に、悔しさすら感じなかった。
このまま負けたらどうなるのだろうか? 魂とか、くれてやらなきゃいけないのだろうか? そうボンヤリ思いながら、意識とは無関係に、俺の手はデッキからカードを捨て続ける。ふと見ると、51枚あったデッキの山は残り10枚を切っていた。もうまもなく空になるだろう。
残り9枚。8枚。そんな風に数を数える妖怪の話を、ずっと前に大が言っていた。残り4枚。3枚。いや、逆にカウントアップしていくんだっけ。どうでもいいか。残り2枚。1枚……
「ぽぽ!?」
突然、八尺様が驚いたような声を発した。おれはふと我に返り、たった今捨てたカードを手に取った。《不死身軍団長》の名を持つ、悪魔族の生物カードだ。つい先日引き当てて、試してみるかとデッキに入れたカード。それが、最後の1枚でたまたま捨てられるとは……だが、八尺様が驚いた理由がすぐに分かった。こいつには、普段あまり使わない能力が備わっているのだ。「不死身軍団長が墓地に送られたとき、これをデッキの一番下に置く」能力が!
不死身軍団長がデッキの下に戻る。だが、まだ捨てなければならないので捨てられる。いわゆるループが発生するが、八尺様が捨てた枚数がたとえ1000枚以上でも、1000回以上繰り返せば最終的に軍団長はデッキに戻る。八尺様のデッキ破壊コンボは、たった1枚のカードによって崩壊したのだ。
八尺様がターンエンド宣言をする。言葉は分からないけど、悔しがっているようにも、まさかの展開に興奮しているようにも思えた。先行9ターン目。おれは最後のカードを引き、そして引いたばかりの軍団長を場にだした。悪魔たちによる総攻撃。八尺様の結界障壁ポイントは0になり、おれの勝利となった。
「勝った……のか……?」
正直、実感がなかった。戦術的には明らかに負けていたのだ。喜んでいいのかわからない。そうしていると。
「ウォォーッ!すげーっ!」
「神戸クン、よく勝てたな?」
戸惑うおれを差し置いて、周りが勝手に盛り上がっていた。当然ながら、後から対戦をはじめた自分たちよりも、周りの参加者たちは早く対戦を終わらせていたのだ。勝負に集中していて気づかなかったが、いつの間にか対戦卓を囲うようにギャラリーができていた。試合中のアドバイス行為は反則になるので、みんなずっと静かにしていて、終わった途端に話し始めた、ということらしかった。
「ってかお姉さんのデッキたっかっ!」
「壁に貼ってあるポスターより長いべ」
「イックスに上げていい?」
もはや勝ち負け関係なく好き勝手に言っている。サラリーマン風の人から筋肉ムキムキの人。どこかで観たようなスポーツ選手から、外国の人まで、見知った連中だ。そいつらの様子を見て、おれはなんだか、日常に帰ってきたような気分になっていた。さっきまで対戦していただけなのに、不思議な感覚だった。
「ポッポポーポ」
すると、八尺様がそう言いながら、右手を差し出してきた。今の言葉は、おれにも意味が分かった。おれも八尺様に応えて、右手を出していった。
「グッドゲーム!」
おれと八尺様との、互いの健闘を称えた握手。今まで色んな人とこうやって握手してきたけれど、妖怪とも手を取り合えるなら、きっとどんな相手でも仲良くなれそうな、そんな気がしてきた。この日の戦いは、間違いなく忘れられない思い出になるだろう。
◇ ◇ ◇
「おつかれっしたー」
八尺様との戦いで疲れすぎたのか、次の対戦でおれは負けてしまった。勝ち残りのルールだったので、今日の大会はこれで終わりだ。参加賞を貰おうとレジに並ぶと。
「ぽ」
「ハイ、参加賞のスリーブ1254枚でーす」
八尺様が先に参加賞を貰って帰っていくところだった。今回の参加賞は、デッキ枚数と同じ数のカードスリーブである。まさかたくさんスリーブを貰うために、あんなデッキを用意したのではないか? それならそれで、よく勝算のあるデッキを組んできたな……と内心怯えていたら、つい声をかけるタイミングを失ってしまった。
ウィーン。自動ドアが開く。八尺様と入れ違いで、入ってきたのは大だった。
「よかった。悪魔くん、無事だったんだね」
「俺はなんともないぜ。だけど、そうだ。ついさっき、八尺様と……」
「そう、八尺様が捕獲できたんだよ!」
大は安堵の表情を浮かべていた。ついさっきショップを出て行ったばかりなのに、すぐ捕まえられたのか。
「悪魔くんが出たあと、すぐに八尺様が学校に襲ってきたんだ。それはもう、壮絶な戦いがあったんだけど、なんとか再封印することができたんだよ。さっきまでずっとそうしてたもんだから、すっかり遅くなっちゃって」
「……ん?」
八尺様が、学校に現れた? それはおかしい。だって、今おれが戦っていた相手は……
「え? デッキが八尺ある女の人? 八尺様はそんな妖怪じゃないよ」
大は嘘を言っているようではなかった。ならば、おれがさっきまで戦っていたアイツは、八尺様ではなかったというのか。妖怪じゃないとしたら、単に座高が2メートル超ある超長身女性だったのだろうか? 全長にしたら……まて、さっき立っていたときはどれくらい長かっただろう。少し前まで見ていた筈なのに、なぜか思い出せない。どんな姿をしていて。どれだけ身長が高かったのか。ただ一つ、使うデッキがとてつもなく高いことだけが鮮明に記憶に残り続けた。
それからも何度もカードショップに通ったが、あの女性が現れることはなかった。今でもヴァリサガをするたびに、墓地からあの声が聞こえてくる。コイ、コッチニコイ、オマエモコッチニコイ。八尺バベルの亡霊が、しきりにおれを呼んでいる。
<終わり>
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