第9話 バカ女と清涼祭とキマシタワー
「……おはよう、明奈」
「げぇっ!翔子ちゃん!どうしてここに!?」
それは日課となりつつある親友の来訪だった。
ある日の朝、ぐっすりと眠っていた明奈は何度も鳴らされるチャイムの音で起こされた。来訪者を迎えるべく玄関を開けたところ、そこには親友の翔子が凛とした佇まいで立っていた。
深刻な学力不足と倫理欠如を重く見た翔子は、定期的に明奈のことを監視するようになった。きちんと勉強をしているか。理解できていないところがないか。品性のある言動を保てているか。登下校から放課後まで、翔子は明奈の一挙手一投足を監視していた。
「……今日は明奈の日だから一緒に勉強しながら登校する。そうしないと学力が上がらない。というか、もはや手遅れ」
「ぐぬぬぬ、悲しいけど正論過ぎて何も言い返せないっ!」
「……早く行かないと遅刻しちゃう。まずは世界史から」
翔子は教科書を広げると、明奈に外へ出るよう促した。ちなみに、パリッと制服を着こなしている翔子だが、明奈は依然としてパジャマを着たままである。だらしねぇなぁ!
それもそのはず。姉が仕事で国外に出払っている今、明奈は至福の二度寝タイムを享受するつもりだったのだ。当然、勉強漬けのお散歩デートなどという絶妙なラインでご遠慮願いたいイベントは、なにがなんでも避けなければならない。ゆえに、彼女は翔子にとってのアキレス腱である男の話を持ち出した。
「あのさ翔子ちゃん。実はここだけの話なんだけど雄二が昨日、Bクラスの女子とデートしてたってウワサ知ってる?」
「……そんなことはありえない。何かの間違い」
「トラストミ―。私、翔子ちゃんに、ウソツカナイ」
「……今から雄二のところに行く。勉強はまた今度」
「うんうん。了解!気にしなくていいよ!」
音速で走り去っていく翔子を見届けると、明奈は額の汗を拭うと爽やかな笑みを浮かべた。
「いやぁ……翔子ちゃんってば本当にチョロいなー!」
雄二がBクラスの女子とデート?真っ赤な嘘である。翔子との勉強タイムをサボるために、無実の雄二を生贄に捧げたのだ。なお、浮気をしていないという悪魔の証明を迫られた男の悲鳴が、町のどこかで轟いたとかなんとか。
今日も明奈は、朝から元気いっぱいの腐れ外道女なのであった。
・・・・・・・・・
そんな酷いことがあった同日、Fクラス生徒たちはホームルームを終えた放課後も居残りをさせられていた。面倒くさがっている生徒たちを一瞥すると西村先生は檄を飛ばす。
「貴様ら!とっとと清涼祭でやるクラスの出し物を決めろ!どうしてこんなに時間がかかっているんだ!」
「トライアンドエラーと申しましょうか、あるいはトライエラー。そして時にはストップしてレシンク、考えなおし、またランナゲン、走り出すと。こういう歴史がすなわち手順になっておるんじゃないかなと」
「言語明瞭、意味不明寮なことを言うんじゃないッ!」
「アキ危ないっ!」
「美波ちゃん!」
どこぞの政治家のような言い訳をする明奈に向かって、西村先生はクラス名簿をブーメランのように投げた。アワレ!バカ女は爆発四散!サヨナラ!となるかと思いきや、名簿は美波の手刀で明後日の方向へと飛んで行った。さすがはゴリラ・パワーを秘めた乙女である。
「西村先生!いくらなんでも体罰はやり過ぎです!」
「えーマジ体罰!?」
「キモーイ」
「体罰が許されるのは原始時代までだよねー」
「「キャハハハハハ」」
「貴様らぁ……!」
瑞希の抗議に呼応して煽るFクラス生徒たち。さながらモンキーパークだ。
青筋を浮かべる西村先生。そこに追い打ちをかけるように秀吉が笑みを浮かべてはんなりどすえなお気持ち表明をする。
「いやはや、しかし西村先生も大変じゃのう。出し物の内容を決めるために暴力までふるわれるとは。随分と時間を大切になさっておるようじゃ」
「…………下らない。どうせ教頭に散々嫌味でも言われたのだろう。学園長が不在だからといって傍迷惑なヤツだ」
「土屋……貴様どこでそんな話を」
「…………この程度の情報どこからでも手に入る」
康太は前髪をふぁさっとするとドヤ顔をした。数分前にも悪戯な風が明奈のスカートをひらつかせただけで鼻血を噴き出したムッツリだが中々侮れないヤツである。
海外の学会で発表するため、学園長は清涼祭の期間は不在だ。代わりに陣頭指揮を取るのが教頭先生。山姥がいないということもありウキウキハイテンションだとかなんとか。
何やら好き勝手スポンサーを募って大規模イベントを企画しているようだが、清涼祭に興味のないFクラスの面々からすればどうでもいいことだった。
「学園祭とかクソイベだろ。それよりも古戦場周回するわ」
「リア充とカップルを喜ばすなんて虫唾ダッシュ」
「おままごとに参加する暇はないんダナ」
口々に不平不満をこぼすFクラス生徒たち。我関せずな康太と秀吉。あくびをする明奈。なぜかいない雄二。みんなのやる気もなければ、旗振り役もいない。誰がどう見ても”終わっている”状況だ。
だが、それも一人の少女の言葉で変わろうとしていた。
「……あっ……あのっ!私は!みなさんと文化祭を楽しみたいです!だからっ……一緒にやってみませんかっ!?」
「瑞希ちゃん……?」
瑞希は突然、立ち上がり大きな声をあげた。豊満な胸の前で祈るように手を組むとクラスメイトたちに訴えかける姿は、さながら聖女といえよう。
懇願するような表情、小さく震える肩、少し潤んでいる瞳。切羽詰まっている、とも言えるような姿に明奈は一抹の不安を感じた。いったい彼女は何を恐れているのか。
そんな不穏な空気などつゆ知らずなFクラス生徒たちは、思い思いの格好良さげなポーズをとると、醜いきめ顔をさらした。
「おいおい。勘違いしないでくれよ姫路さん。オレはいつだってやる気ビンビンだぜ?」
「祭り最高!文化祭最高!」
「僕らは一生パーティ・ロッカーさ」
「仕事なんでもやる!」
「アルバイトですか?」
「アホ死ね」
「みなさんっ……!」
美少女のお願いにいきり立つバカども。先ほどまでのダルそうな雰囲気から一変してやる気マックスだ。朝令暮改。手のひらドリルでぐるんぐるんだ。
ゆさゆさと揺れる豊満なバストに惑わされる男たち。あまりにもダサい教え子たちの変わり身に西村先生もため息を吐いた。将来、綺麗で高額なイルカの絵を買わされそうなバカさ加減に、鬼の鉄人も心配になってしまう。やれやれと額に手を当てると西村先生は言葉を発した。
「貴様らマヌケの言い分はいつも致命的にズレている。文化祭でカネを稼げる。そうは考えられないのか?」
「「「なん……だと……!?」」」
「学園長のはからいで売上の一部を教室設備に使ってよいとのことだ。社会勉強だと思って少しは真面目にやってみてもいいと思うがな」
既に西村先生の言葉は生徒たちに届いていなかった。文月学園では、勉学に支障がでなければ教室内の設備を生徒が自由に変えて良いことになっている。Aクラスの設備が異常なまでに充実していることからもわかるように、意外と融通がきく学校なのだ。
ただ万年金欠のFクラス生徒たちには、教室を都合よく作り替えるなんて夢のまた夢。
金さえあれば、金さえあればAクラスみたいな教室にできるのに!今から用意できれば、半年以上もの間、快適な学園生活が送れるのに!ダカラ、現金ガスグニ大量ニ、喉カラ手ガ出ルホドニ欲シカッタ……!
気づけばFクラス生徒たちの眼は爛々と輝いていた。いかにしてリア充やカップルから金をむしり取ろうか。搾り取った金で何を買い揃えようか。教室内にはみんなの邪念と欲望の入り乱れていた。
「やる気なのは結構だが羽目を外さないように。実行委員の吉井と島田の言うことはちゃんと聞くんだぞ?」
「ドゥエッ!?どうしてですか鉄人!私は何もしてないのにっ!」
「前回の試召戦で大暴れした罰だ。島田、女房役としてそこのバカの手綱はしっかりと握っておけ」
「女房……ウチが、アキの……お嫁さん……ふふふふふふ」
「鉄人!美波ちゃんが壊れました!なにもしてないのに!鉄人のせいですよ!」
「知らん。そんなことは俺の管轄外だ」
言葉の響きだけでエクスタシーを感じて別世界にトリップしてしまった美波。先ほどと打って変わって目を細めてほの暗い笑みを浮かべてプレッシャーをまき散らす瑞希。明奈を中心としたカップリングは今日も修羅場でいっぱいだ。
「鉄人はミナアキ派か……わかっているじゃあないか」
「あーきーみーなー!」
「夜景見るか、百合見るか。どっち見ても幸せじゃないですか」
「……今日中に出し物を決めるように。以上だ」
カップリング論争に大盛り上がりのバカたちを尻目に、西村先生は教室を後にする。
さて。目障りな大人が消えたことで、Fクラス生徒たちはそれぞれ凶器を持つとおもむろに立ち上がった。クラスの出し物を決める”話し合い”をするためだ。
「単刀直入に聞くけどさ、おまいら何やりたいん?オレっちはウェディング喫茶なんだけどさ」
「当然カジノだろッ!快感は……本当のめくるめく快感は……常軌を逸するからこそ辿り着けるッ!」
「…………否!写真館こそ正義!至高のアートは感性を豊かにする!」
「演劇だ!魔法少女、いや魔法ヒデヨシで秀吉の可愛さをアッピル!ブロードウェイも夢じゃない!」
「絶対にイヤじゃッ!」
「おちんちんランド開園!」
「できたてのポップコーンはいかが?」
自分の意見を押し通そうとヒートアップしていくFクラス生徒たち。いつの間にか、殴る蹴る投げ飛ばす、な全員参戦の大乱闘が始まっていた。できたてのポップコーンとブーケが舞う中、魔法ステッキやスロットマシーンを武器に殺し合う姿は、実にシュールだ。
話し合いなんてまどろっこしいことやってられるか!手っ取り早く暴力で解決してやる!Fクラス生徒の頭を叩いてみれば未開社会の音がする、というわけだ。
これには実行委員もお手上げ。あきらめ気味の明奈と正気に戻った美波は争いを静観するほかなかった。
「あーもうめちゃくちゃだよ」
「ちょっと!好き勝手に暴れないでよ!」
「やれやれ、これだからおバカさんたちは困りますよ」
刹那、生徒たちの動きが止まる。先ほどまでのバトルフィールドの中心には須川亮が佇んでいた。背中を大きく反って、やれやれだぜ、と言わんばかりにスタイリッシュに立っているので、タダ者じゃないように見える。
「中華喫茶こそが最適解。飲茶メインの喫茶店ならば利益を出しやすく運営も容易。それに中華4千年のノウハウを活かせば確実に繁盛店にできる。そうでしょう?教授」
「おぉ!そりゃあそうじゃあ!ピッ、ピカチュウ~」
亮の言葉に白衣を着た白髪の老人はねっとりとした声で同意した。明らかに普段いる不審者とは別の老人だが、Fクラス生徒たちはそのことに気づいていないようだ。151匹しかモンスターを発見できなさそう。
それはともかく、意外と良さげな案に美波と明奈は満足げに頷く。
「普段は役立たずの須川にしては随分とまともね。須川は気持ち悪いけど」
「世界ランク圏外の須川君のくせに名案出すじゃん!須川君は生理的に無理で気持ち悪いけど採用!」
「泣いていいか?泣くぞ?てか泣くわ」
漢・須川は静かに涙を流すと教室を去った。安住の地を追い出された亮の歩む道はさながら
妙案を得られた明奈たちだったが、これで一件落着とはならないのがFクラス。自分の案を押し通したい輩は各々の武器を掲げて声を荒げている。
「バカ女が仕切るとか舐めてんのかあぁん?大人しく俺の嫁になっとけやゴラァ!」
「実に下らない。バカの出る幕などないというのに。島田女史に可愛がられていればいいんですよ、まったく」
「おめーの席ねぇから!」
「みんなしてヒドスンギ伯爵なんだけど!?」
好き勝手に不平不満をこぼすFクラス生徒たち。いちいち明奈に反抗的なのは何だかんだで彼女のことが好きだからだろう。だが、そんな不届き者を明奈マンセーの美波が見逃すはずがない。
すかさず、床に座り込んでいた福村幸平の顎を勢いよく蹴り上げる。突然の暴力により天井に突き刺さった幸平は手足をだらんとさせた。汚いシャンデリアの完成だ。
「アキの決定に歯向かうヤツは、そこにぶら下がってるカスみたいに片っ端からシメるけど……どうする?」
「意義なし!」
「大賛成!」
「吉井大天使バンザーイ!」
「はい!私は!幸福です!」
恐怖のあまり失禁した男たちは、先ほどまで澱んでいた眼を爛々と輝かせると万歳三唱し始めた。これぞ暴力による独裁である。この教室では命の価値があまりにも軽い。
西村先生、雄二、美波によるFクラスの支配体制が確立された瞬間であった。これぞゴリラゴリラゴリラの三頭政治である。
涙を流しながらもろ手を挙げるクラスメイトたちの無様な姿に、思わず瑞希も笑ってしまう。
「ふふふ。Fクラスの皆さんは自由奔放でいつも楽しそうですよね」
「圧政の下での自由ってあるのかな?」
「でも誰もが生き生きとしているじゃないですか。思うがままに好き勝手やって」
「う~ん……?そうかな?そうかも?」
「……ほんと、羨ましいです……」
まただ。寂しそうに目を伏せる瑞希に、明奈も胸がキュっとなる。
「瑞希ちゃん……いったいどうし」
「よしいぃぃぃぃぃいい!今日という今日こそは許さねぇからなぁあっ!」
「ペーネロペーッ!?」
「明奈ちゃんっ!?」
「お前のせいだからな吉井ィ!お前のせいで俺は……俺はッ!」
シリアスで尊い百合領域が展開されるはずが、バイオゴリラのエントリーでキャンセルされてしまう。
明奈に渾身のラリアットをかまし雄叫びをあげる雄二からは覇者の風格さえ感じられた。
髪の毛を逆立たせて瘴気をまとう雄二はすでに狂気に侵されている。これには流石の明奈も洒落にならないと感じたのか、必死になって命乞いを始める。
なお、頬を染めて興奮気味に無様な明奈を見つめている瑞希は、やはり非常にやべー奴なのかもしれない。
「お、お、お、おちついてよ雄二。話せば!話せばわかる!」
「問答無用!」
「おぅおぅおぅっ!」
「…………見えっ!見えっ!」
必殺エビ固め!
あまりの激痛にバカ女はオットセイのごとく上半身をのけぞらせることしかできない。
ちなみに、明奈の足元には例のごとくシャッターチャンス狙いの康太が、虫のように這いずり回っている。
そんな康太の頭を踏みつぶした美波は、雄二にアッパーをかました。ジャパニーズ・クラシック・スタイル・昇竜拳である。
「アキをイジメんな!バカモト!」
「ルッピョロ専用ヒギョパム!!」
正義の鉄槌を下す雄二だったが、愛の前には無力だ。愛する少女を守ろうと駆け付けた美波の右ストレートパンチに、雄二は叩きのめされ気を失う。暴君のダウンにクラスメイトたちも浮足立つ。
「百合豚は通す。俺嫁も通す。百合に挟まろうとする男は通さない。男の面汚し。男の使命を捨てた者」
「貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ」
「もぎたて魂、とってもふれっしゅ♪」
「雄二よ、悪く思うでないぞ。わしの恨みはまだ晴らされておらぬのじゃ」
縄張り争いに敗北した負け犬に追い打ちをかけんと、拘束具と武器を持ったクズどもが動き出す。前から気に入らなかったんだよ、お前のことが!と言わんばかりだ。
このとき、相容れないはずの萌え豚と百合豚の心が1つになった。共通の敵が平和をもたらすということか。簀巻きにされた雄二はFクラスの深淵へと引きずられていった。
「それにしてもアキってば坂本に何をしたのよ?」
「いやぁ、それがカクカクシカジカ四角いムーブで……」
「坂本君を生贄に捧げて翔子ちゃんを除外したんですか?」
「ただのクズじゃないの」
「確かにFクラスはみんなクズだよ?でも世の中にはいろんなクズがいるの。私は光のクズ」
まったく反省していない明奈は通常運転のクズ女だった。
それはともかく。先ほどから瑞希は何やら浮かない表情だ。
詳しく話を聞いたところ、どうやら瑞希は転校の危機に瀕しているようだ。劣悪な学習環境と愚かで邪悪なクラスメイトに瑞希の父は、尋常でないほどに不安を感じているとかなんとか。
「瑞希ちゃんが……転校……?」
「まぁ……そりゃあそうなるわよね。今の瑞希はFクラス所属だし……」
「はい。ちゃんとした環境で学べる高校は他にもあるだろうって……」
「そんな……」
「絶対に文月学園でないといけないような理由があるといいんだけど、うーん……」
何か理由があれば。それこそ文月学園でなければいけないような切実なものが。
ぎゅっと拳を握りしめる明奈。自分にできることは何かないか。明奈は8バイトしかないオンボロ脳で必死になって脳を回転させる。熱暴走しそうなほどに酷使した結果、彼女は常人では考えられない結論に至っていた。
真剣にシリアスな表情で、明奈はとんでも発言をしでかしてしまう。
「瑞希ちゃん!私のモノになって!」
「………………はへっ!?」
説明と論理を極限まで省いた結果、大事故を起こすバカ女。完熟トマトのように顔を真っ赤にして停止する瑞希。この世の終わりかの如く絶句する美波。
こうして史上最低の学園祭が今まさに始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます