#29 ターボばあちゃんの料理は絶品だった

 ダンジョンを出た俺達は、女性とカメラマンと別れる。別れ際に、今後花子さん達怪異のことを布教してもらえるようお願いをして、取ってきたハチミツを少しずつ分けてあげた。


 自分達で食べる用のハチミツを少し残して、それ以外は換金。持ち帰れる量に限界はあったものの、持てるだけ持ってきたので収入としては上々だ。いきなり丸ごととは行かないまでも、少しずつ撮影環境を充実させて行くのもいいかも知れない。


 とりあえず、今日のところは帰って一息つくことにしよう。そう思って芳恵さんとも別れようとしたところ、花子さんからこんな提案があった。


「ターボのおばあちゃんも一緒に打ち上げしない?」


 それがどのような意図で発せられた一言なのかは本人のみ知るところだが、確かに芳恵さんの能力にはお世話になったし、感謝の意を示す場が欲しいと言うのは同感である。いきなり花子さんと2人きりになることに対してヘタレた訳では決してない。


「そういう騒がしいのは若者だけでやるといい。儂は静かな方がしょうに合ってるからの」

「それじゃあ、うちで宅飲みって言うのはどうでしょう? それならそんなに騒がしくならないだろうし」


 俺の追加提案に対し、芳恵さんは眉をひそめて、俺に詰め寄って来た。


「お前さん、まさか花子と2人きりになるのを避けようとしてるんじゃ――」

「そうじゃないです! 確かに気まずさがないと言ったら嘘になりますけど、少なくともそんなつもりで誘った訳ではないですから!」


 少し渋っていた様子の芳恵さんだが、そういうことならと受け入れてくれる。そういう訳で、3人分の食材を買い込み、家路に着いた。


 早速俺が調理に入ろうとすると、芳恵さんがやって来てこう言う。


「お前さんは花子の相手をしてな。こっちは儂がやってやるから」

「え、でも――」

「いいから、言う通りにおし。あんまりババアを困らせるもんじゃないよ」


 そう言われてしまうと、引き下がらざるを得ない。居間の方に引っ込んだ俺は、花子さんと対面する。


「……あんたが料理しないなんて珍しいわね」

「……芳恵さんが任せろって言うからさ」

「あっそ……」


 どうにも会話が続かない。やはりキラービーを一掃した後に頭を撫でたのがよくなかったか。あれ以来花子さんの口数は目に見えて減り、俺とは目もろくに合わせてくれない始末。


 しかし、ちらりと覗いた横顔は耳まで真っ赤になっているのが見て取れる。どうやら、俺との接触を嫌がっている訳ではなさそうだ。


 とは言え、下手に話を振ったところで、会話が続かないのは明白。俺にはこれと言った恋愛経験がないので、こういう時にどうすればいいのかわからない。ただ無言でいるのはよくないとは思いつつも、これと言って娯楽のない家だ。自分の引き出しの少なさが情けなくなる。


「……あんたはさ、人間の女の子とかに興味ない訳?」


 そうポツリと漏らしたのは花子さんだ。明らかにダンジョンでの一件を意識していると思われる。


「『ある』か『ない』かで言ったらあるけど、特別にこの人っていう人がいる訳じゃないよ」

「……大学とかバイト先で何かないの?」

「俺って陰キャだからね。基本的にボッチなんだよ」


 俺にとって、人間関係は煩わしいことが多い。俺自身はあからさまないじめなどには遭ったことはないが、そう言った話を聞くたびに人と深く関わるのが嫌になったし、いつしか表面上だけの付き合いというのが当たり前になっていた。


 だからこそ、心霊という未知の領域に踏み出すことになったのだろう。動画配信なら直接人とやり取りする機会は少ないだろうし、同じ趣味の人が集まりやすいのではないかという軽い気持ちでYuiTubeユイチューブにチャンネルを立ち上げたのだ。


「ボッチね~。あんたって案外気遣い出来るし、普通にモテそうだけど……」

「他の人にはこうは行かないんだ。花子さんが特別だったって言うか……」


 花子さんの顔が一層赤くなったように思う。別にそんなつもりで言った訳ではないのだが、そういう風に捉えられてもおかしくはないか。


「そういうことさらっと言うとか、あんたってほんと――」


 そのタイミングで、芳恵さんの声が割って入る。


「時間切れだよ! 盛り付けまで終わったから、さっさと持って行っておくれ!」


 そうしてテーブルの上に並んだ料理の数々。本当にさっき買って来た食材なのかと不思議になるほど、バリエーション豊富で、見事な見た目に仕上がっていた。


 てっきり和食で固めてくるのかと思ったら、思っていたよりもワールドワイドと言うか、見たことのないような料理まで並んでいる。


「これ、芳恵さんが作ったんですか!?」

「他に誰がいるんだい。冷めないうちにさっさと食べちまいな」


 そういう訳で、強制的に花子さんとの会話は打ち切られ、食事の時間になった。多少不満はあったものの、芳恵さんの料理を無碍にする訳にも行かないので、俺は早速、その料理に手を付ける。


「美味っ!?」


 本当にうちにあった調味料で味付けをしたのだろうか。とても深い味わいで驚かされる。


「これ、どうやって作ったんですか!?」

「あんまり騒ぐんじゃないよ。このくらいでよければいくらでも教えてやるから、今は大人しく食事してな」


 花子さんも料理を口にし、ハッとした後で食事に夢中になっていた。この様子なら、今は食事に集中して、他の事は後回しでいいだろう。


 とりあえず、芳恵さんの料理はどれも絶品だったので、食事に夢中になりつつ、平和な時間を過ごした。まさか、俺達の知らないところで、あんなことが起きているとは思わないまま。

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