#28 照れ隠しでキラービーの巣を完全攻略した

 何やかんやで下の階層に下り、先ほどハチミツを拝借したキラービーの巣までやって来る。キラービー達は巣が壊されたことに気付いたようで、辺りを激しく飛び回っていた。


 流石にこれでは、追加のハチミツを入手するのは難しいか。そう思った矢先、花子さんが単身キラービーの巣に向かって突進を仕掛ける。その手には2本のバール。そして彼女の背後には、トイレ用洗剤がふわりと浮いていた。


 今の花子さんに出来る、恐らく完全武装。そんな恰好でキラービーの巣に突っ込んで行くのだから、やることは一つだろう。


「花子さん! 流石に一人じゃ危ないんじゃ――」

「あんたは黙ってなさい!」


 咄嗟に声をかけるものの、花子さんは俺の言葉などこれっぽっちも聞く気がないようで、飛び掛ってくるキラービーを千切っては投げ千切っては投げ。様々な角度から飛び込んで行くキラービーだが、花子さんのバール捌きの方が上のようだ。真後ろのキラービーに対してはトイレ用洗剤で応戦しているのだから、下手に近づくのはよくないと思われる。


「青春だね~」


 花子さんの勇姿の撮影に必死になっている俺の横に、芳恵さんがやって来た。どうやらあの戦闘に参加する気はさらさらないらしい。


「青春……なんですかね?」


 絵面だけ見れば、一方的な大虐殺。いくら危険なモンスターとは言え、これを青春の一言で済ませてしまうのは、どうにもはばかられる。


「どう見てもただの照れ隠しじゃろう? ああやって、昂った感情を発散してるんじゃよ」


 言われて、先ほどのやり取りを思い出した。俺と花子さんの関係。最初は利害の一致と言うだけだったが、最近はそれ以上に感じている部分もある。具体的に、花子さんが俺のことをどれくらい想ってくれているのかはわからないが、少なくとも、俺の周囲の女性に対して当たりが強くなる程度には、意識してくれていると見ていい。


 しかし、俺と花子さんは人間と怪異。文字通り住む世界が違う。仮にお互いが惹かれ合っていたとしても、そう簡単に結ばれると言うことはないはずだ。


 今に伝わる異類婚姻譚いるいこんいんたんとしては、例えば雪女が有名だが、あの話でも、男性と雪女は最後には離れ離れになっている。どんなに両者が想い合っていても、人間と怪異ではすれ違いが生じてしまうという、わかりやすい例と言えるだろう。


「あまり難しく考えなくてもいいんじゃないかい? お前さんが花子をどう想っていて、花子がお前さんをどう想っているか。それくらいシンプルな方が、世の中生きやすいってもんじゃ」


 花子さん達は生きている訳じゃない。などと言うのは無粋だろうか。確かに、それくらいシンプルな世の中なら、俺も夜な夜な心霊現象を求めて、各地を飛び回っていなかったはず。花子さんのためにと始めたダンジョン配信だって、今ではそこそこ気に入っているし、邪魔をされればそれを振り払うくらいの思い入れがあるのは事実。後はその動機が、俺にとってどこにあるのか、ということである。


「花子さんのことは好きですけど、恋愛の好きかはまだよくわかりませんよ?」

「それでいいんじゃよ。このババアからしたら、お前さんなんてまだまだ乳臭い子どもと同じじゃからな。ゆっくり、はぐくんで行けばいいんじゃ」


 流石はおばあちゃんと言うだけあって、その言葉には重みがあった。確かに、俺と花子さんはまだ出会って間もない訳だし、そう急いで両者の関係を定める必要はない。今後どうなって行くにせよ、俺が花子さんの力になりたいという気持ちだけは、変らないのだから。


 そんなこんな考えているうちに、キラービーを粗方殲滅してしまった花子さん。足元には大量のキラービーの死骸が散らばっており、足の踏み場もないくらいだ。よくぞまぁ、あれほど大量にいたキラービーを一人で相手取ったものだと感心する。


「はぁ~、いい運動になったわ! 気分もすっきり!」


 運動したことで諸々の悩みが吹き飛んだらしい花子さんは、その場で大きく伸びをした。残っていた少数のキラービーは、流石にかなわないと察したようで、女王蜂とともに、ダンジョンの奥へと飛び去ってしまう。自然界の蜜蜂でも時々起こりうる「逃亡」というやつだ。


 もぬけの殻となったと思われるキラービーの巣は、とても静かで、生命の気配を感じさせない。試しにカメラを片手に近づいてみたが、巣の中からキラービーが飛び出して来ることはなかった。


「どうよ、孝志! あたし、一人でやってやったわよ?」


 ご機嫌の様子の花子さんに水を指すのもなんなので、俺は素直に花子さんを褒めることにする。


「すごいね、花子さん。やっぱり花子さんがいると心強いよ」


 言いつつ、花子さんの頭をポンポンと撫でると、花子さんの顔が真っ赤に染まり、彼女はぴたりと動きを止めたのだった。

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