#19 あんまり気にしないようにしてたけど、やっぱり女の子と一つ屋根の下ってのは意識しちゃうよね

 自宅に到着すると、そのままぶっていた花子さんをベッドに寝かせてやる。エアコンのスイッチをオンにしたので、寒くないようにとタオルケットをかけてやったが、「はて? 怪異は風邪とか引くのだろうか」と疑問が生じてしまった。


 やはり、こうして見ていると、花子さんは人間にしか見えない。呼吸をしているはずはないのに、寝息に合わせて胸が上下しているし、さらりと枕に流れる髪は、どう見ても実体を持っている。


 今、彼女に触れたらどうなるのだろう。そう思って手を伸ばしかけ、慌てて手を引っ込めた。


「いやいや。ダメだろ。常識的に考えて」


 幽霊とは言え相手は女の子。それも見た目は女子高生だ。こんなところを誰かに見られれば、即通報案件。俺に言い訳の余地はなく、そのままお縄につくことになるだろう。


 とは言え、である。最近の花子さんは気を抜き過ぎと言うか、少々俺の前で無防備過ぎやしないだろうか。特別親しい訳でもない男がいる前で酔っ払って寝てしまうなど、女子にあるまじき失態。ただのジンジャエールで本当に酔っ払っていたのかどうかも怪しいが、大人しく負ぶわれていた辺りから察するに、完全に意識がなかったということはない。


 つまり、花子さんは俺に負ぶわれることを「よし」としたのである。この事実をどう捉えるべきか。


 ここで思い起こされるのが、八尺様の言葉。


「花子さんのことが好きなのか、か。よくわからないよ」


 そもそも花子さんは、俺が人生で初めて遭遇した本物の怪異で、俺にダンジョン配信者に転向させた張本人。花子さんとの出会いがなければ、俺は今でも一人寂しく心霊スポット巡りをしていただろう。


 花子さんとこうして一緒にいるのは嫌ではない。むしろ一人暮らしの寂しさを埋めてくれる、いい同居人と言えなくもない感じだ。


 見た目はとにかく好みだし、多少俺への当りはきついものの、それが悪意からの言動でないことはわかる。少なくとも、一緒にいることへの抵抗はない。後は、そこに好意が発生するかと言う話だが。


「花子さんは俺のこと、どう想ってるんだろう」


 俺の前で無防備なのは、単に男として見ていないからかも知れないし、そもそも幽霊なのだから、恋愛感情は発生しないと言うパターンも、あり得ると言えばあり得る。その辺りを詳しく踏み込んで聞くようなことはなかったので、花子さんという存在に対する未知の部分は、思っていたよりも多いのだと思い知らされた。


「まぁ、こうしてうちに来てくれるんだから、嫌われてはいないと思うけど……」


 いくら考えたところで、幽霊にとっての物事の尺度など、俺に伺えるはずもないので、思考を繰り返していることすら不毛な訳だが。


「や、考えるだけ無駄だわ。さっさと風呂入って寝ちまおう」


 結局出来ることと言えば、日々を健康に過ごして、花子さんの目的を達成してあげることだ。彼女の目的が怪異としての知名度を取り戻すことにあるのなら、協力を拒むつもりはない。むしろ、心霊系配信者としては、再び花子さん達怪異が脚光を浴びる可能性があるのならば、喜んで協力したいところである。


 女の子と一つ屋根の下というのには思うところがあるものの、手を出そうとしたところで相手は幽霊。しかも花子さんが拒絶した場合、最悪命に関わるかも知れないので、無理やりにでも理性を保つしかない。


 熱いシャワーを浴びて煩悩を鎮めつつ、今後の予定に思いを馳せる俺。時に花子さんの意見も取り入れつつ、二人でいくつかのダンジョンを巡り、経験を積んで、ゆくゆくは未攻略ダンジョンに乗り込むというのが、目下の目的と言えるだろう。二人で行くのに現界があると言うのなら、八尺様の手を借りることも視野に入れ、柔軟に対応するべきだ。まだ見ぬ怪異との邂逅もあったら喜ばしい。 


 怪異化というワードに関しては不安が多いものの、俺も戦力になれるのなら、それに越したことはないだろう。カメラをどうするかという問題は新たに浮上するが、この辺りは追々考えていけばいいはず。


 そんなことを考えつつ、諸々やることを済ませた俺は眠りにつく。すぐ近くから響いてくる可愛らしい寝息に、胸を高鳴らせながら。

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