#17 両手に花の飲み会?

 花子さんは屋外を歩くことが出来ないので、ひとまず俺の部屋で待機。八尺様と二人で、八尺様御用達ごようたしの隠れ家居酒屋に入る。常連だと言う八尺様のお気に入り個室に案内されたところで、簡易トイレを設置し、花子さんを呼び出した。


「ここが居酒屋ってやつ? 初めて来たけど、いい感じね~」


 辺りをきょろきょろと見回して、感心の声を上げる花子さん。花子さんが何歳の頃に亡くなったのか、正確なところはわからないものの、彼女は高校生だし、居酒屋に入ったことがないというのは頷ける。


 時代背景から察するに、花子さんが生きていた当時の居酒屋と言うと、もっと小汚いと言うか、飲兵衛のんべえの吹き溜まりと言った印象があったのだろうが、今はこういった小じゃれた居酒屋も多く、女性一人でも入りやすい雰囲気だ。


「ぽぽ」

「あ、そうね。早いとこ飲み物を注文するんだったわ」


 手馴れた感じの八尺様が、花子さんに着席を促し、飲み物が書かれたメニューを差し出す。開かれていたのはソフトドリンクのページ。それを見た花子さんは、不満げに頬を膨らませた。


「ちょっと~、何でジュースなのよ~。あたしもお酒飲みたい~」

「ぽ」

「確かに死んだ時は高校生だったけど、そんなのもう昔の話じゃん」

「ぽぽぽ」

「何だよ~。八尺様ちゃんのケチ~」


 どうやら花子さんは、八尺様に飲酒を禁止された様子。


 こういう場合、享年を年齢と見るべきか、それとも死後の時間を加味するかによって、判断が分かれてくるところだ。八尺様は、享年を年齢と捉えたらしい。確かに、花子さんの見た目はまんま高校生だし、何なら着ている服も学生服である。そんな彼女が飲酒をしているところを、もし第三者に見られたら、ややこしいことになってしまうので、その辺りを踏まえての判断なのだろうと、俺は納得することにした。


「……あんたは? 何飲むわけ?」


 いかにも不機嫌そうな目つきで、俺にメニューを回してくる花子さん。俺はもう成人しているので、飲酒したところで問題はないのだが、花子さんの手前、好き勝手に酒を注文することは、何となくはばかられる。


「じゃあ、俺はウーロン茶にしようかな」

「……何? あたしに気を使ってるの? 生意気なの?」


 じっとりとした瞳が俺を捉えた。流石にあからさま過ぎただろうか。


「いやいや。明日は一限から講義あるし、帰ったら準備しなきゃだから飲まないんだよ」

「……ふ~ん。まぁ、それならそれでいいけど」


 どうやら花子さんの逆鱗に触れずに済んだようだ。現役の怪異だけあって、怒らせると怖いのが花子さんなのである。


「ぽぽ?」

「ああ~、うん。あたしはジンジャエールで」

「ぽ」


 最新型のタッチパネルも何のその。八尺様は手早く注文を済ませると、今度は食べ物のページを開いて、こちらに差し出して来た。


「あ、ここは花子さんと八尺様の食べたいものでいいよ? 俺、好き嫌いないし」


 と言っても、花子さんは実際にものを食べる訳ではない。うちに入り浸るようになってから本人から聞いた話だが、花子さんがものを食べるには、お供えという形で、目の前に差し出される必要がある。そうすることで、幽霊である花子さんは、供えられた食べ物を「食べた」ことになるのだ。


「え、マジで!? それじゃあ目一杯贅沢させてもらうわ!」

「ぽぽぽ」

「わかってるって、こいつの懐事情くらい承知してるわよ」


 一応加減はしてくれるつもりのようだが、ある程度の覚悟は必要と考えるのが妥当か。八尺様伝手の視聴者が、このままチャンネルに居ついてくれれえば、ある程度余裕も出てくるのだが。


 そうこうしている間に注文していた飲み物が届き、花子さんのテンションが上がる。


「いえ~い! 待ってました!」


 飲み物を持ってきてくれた店員さんには、花子さんが見えているのだろうか。居酒屋でのバイト経験もある俺からすれば、お客さんの数と飲み物の数が合わないことなんてしょっちゅうなので、一々気になどしない。仮に花子さんが見えていなかったとしても、俺か八尺様のどちらかが余分に注文したのだろうと解釈するだろう。


 とりあえず、店員さんが下がったところで、俺はグラスを持ち、乾杯の音頭を取る。


「それでは、無事の生還と、八尺様との初コラボ達成を祝して、かんぱ~い!」

「かんぱ~い!」

「ぽぽぽ~!」


 グラスを付き合わせてから、中のウーロン茶を喉に流し込んだ。氷で冷たく冷やされた風味豊かなウーロン茶が、暑い外気で体内に溜まった熱を、優しく冷ましてくれる。乾杯のビールは捨てがたかったが、たまにはウーロン茶もいいものかも知れない。


「あ~、このシュワシュワ感久しぶり~。昔のとちょっと味は違う気がするけど、これはこれで悪くないわ」


 実際は、グラスは花子さんの前に置かれたまま。それでも、形式としてお供え物にしているので、花子さんはジンジャエールを堪能出来ている。


「ぽぽ」


 ちなみに八尺様が注文したのは、初手からの大吟醸。あの見た目で、存外行ける口のようだ。飲み方も豪快で、アルコールへの強い耐性が窺える。


 その後は、飲めや歌えやの大騒ぎ。何故かノンアルコールで酔っ払っている花子さんと、どれだけ飲んでも様子の変らない八尺様に囲まれ、俺はようやくせいの実感を得るに至った。


 先程までのダンジョン探索は、俺が思っていて以上に、精神的負担になっていたらしい。ダンジョンがいかに危険な場所であるのか、改めて思い知らされたのだから。


「何、一人で暗い顔してるのよ~。あんたももっと飲みなさい!」

「いや、飲むけどさ。花子さんはそろそろ控えた方がいいんじゃない?」

「何を~っ! あたしは酔ってない! 酔ってないんだからね!」


 と、完全に酔っ払いのセリフをかましてから、その場にばたりと倒れる花子さん。どうやら寝てしまったようだ。


「まったく。しょうがないな、花子さんは」


 俺は羽織っていたシャツを脱いで、花子さんにかけてやる。幽霊相手には無用な気遣いかも知れないが、花子さんが相手だと、ついつい世話を焼いてしまうのだ。強気な外見と性格とは裏腹に、存外庇護欲をそそるのが、花子さんという女性の特性と言えよう。

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