#16 肝心なところが配信出来ていなかった

 とりあえずピンチを脱することが出来た俺達だが、それ故に生じてしまった問題が一つ。それは――。


「俺が怪異化してからの部分が配信出来てない……」


 そう。二人が捕まってしまった動揺で、俺はカメラを構える手を下げ、その上スマホをその場に落としてしまっていたのだ。カメラ部分は上を向いていたので、一応ダンジョン内は映っているものの、そこで何が起こったのかは一切映っていなかったらしい。


 コメント欄は『何があった!?』とか、『ちゃんと映せ!』とか、心配も文句もごちゃ混ぜの状態で大荒れだ。配信者死亡とならなかったのは行幸だが、配信事故であることに違いはない。俺はコメントの流れを見てタイミングを計りつつ、カメラを再び花子さん達に向ける。


「すいません! こちらの不手際でカメラを落としてしまっていました! とりあえず俺達は全員無事です! お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした!」


 まずは配信を途切れさせてしまった謝罪。ダンジョン配信にはこういった危険は付き物だが、それを見越して準備をし、配信を行うのが、ダンジョン配信者の鉄則だ。にわかダンジョン配信者である俺には、やはりハードルが高かったのだろうか。


 コメントでは賛否両論分かれているものの、八尺様の伝手で来てくれた視聴者には、申し訳ないことをしてしまっている。配信が終わったら、八尺様にもお詫びを入れなければならないだろう。


「ちょっと、いつまで待たせんのよ」


 項垂うなだれている俺に最初に声をかけたのは、花子さんだ。


「今回一番活躍した本人が、何落ち込んでんの。あんたがいなきゃ、あたし達は助からなかったんだから、もっと自信持ちなさい」

「……でも――」

「生配信なんだから、事故ることだってあるでしょ。過ぎたことをいつまでも引きずってたってしょうがないわよ。そもそも、あたしがちゃんと、事前に怪異化の説明をしておけば、今回みたいなことにはならなかっただろうし」


 表情は相変わらず鋭いが、どうやら励ましてくれているらしい。よく見れば、ほほに若干赤みが差している。


「次からは、あんたも戦うこと前提で、撮影環境も考えないとね。今時カメラだっていろいろあるんだし、両手を空けたまま撮影出来るやつもあるでしょ」


 花子さんは花子さんなりに、この配信のことを考えてくれているようだ。


「わかったよ。新しいカメラを買うとなると出費がかさむけど、両手が使えた方が便利なのは事実だし、次からはそうしよう」


 俺達のやり取りを見て、コメント欄は別の意味で騒ぎ出したが、悪い気はしないので今は無視。とにかくダンジョン攻略を再開するのが、場を収める一番の方法だろう。


「ぽぽ?」


 「話はまとまったのか?」とでも言いたそうな八尺様にサムズアップで答え、俺達は前進を再開した。


 怪異化をどう扱うかは今後の課題に据えておくとして、八尺様繋がりで流入した視聴者を、どうやって繋ぎ止めるかが直近の課題だ。八尺様だって自分のスケジュールがあるだろうし、今回はたまたまコラボ配信することになっただけで、次回も参加ししてくれる訳ではない。


 正直レギュラー化してくれたらと思わないこともないが、それは多くを望み過ぎだろう。今回大量の視聴者を集めてくれただけでも、感謝し切れないくらいだ。後で手土産の一つも用意して、挨拶に伺うくらいのことはしよう。


 と、考えて、ふと疑問が浮かぶ。


「八尺様って、どこに住んでるんだ?」


 花子さんは、今は俺の家に入り浸っているが、元々は古出高校のトイレが彼女の居場所だった。トイレの花子さんがトイレにいるのは当たり前のことだが、本人曰く、どこのトイレでもいい訳ではないらしい。花子さん本人に縁があるトイレであること。その条件さえ満たせば、どこのトイレでも出現が可能だと言う。


 花子さんが俺の家に出現出来るのは、『俺』と言う縁を介して、簡易トイレを触媒にしているとのこと。ダンジョンに入れるのも、同じ理屈なのだとか。


 ならば、八尺様はどうなのだろう。八尺様は、元々屋外に出現する怪異である。特定の住所があるようには思えないが、普段はどうしているのか。


 とりあえず、この配信が終わったら、訊いてみることにしよう。怪異相手とは言え、立派なプライバシーだ。配信中に聞く訳にも行くまい。相手がインフルエンサーともなれば余計である。


 そんな訳で、幾多の植物系モンスターを蹴散らし。無事、このダンジョンを踏破した俺達は、配信を終了。生還のお祝いと打ち上げを兼ねて、駅近くの居酒屋で飲むことにしたのだった。

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