#2 トイレとは(哲学)

 俺のチャンネル登録者数に不満があるのか、花子さんはわかりやすく顔を歪めている。どうやら、俺のファンが少ないと言うことは認識出来ている様子だ。


「そういうのわかるんだ。この学校が廃校になってから、結構年数経ってるはずだけど……」


 花子さんが生きていた頃は、まだスマホはなかったはず。今ほど気軽に個人がインターネットに触れられる時代でなかったと思うのだが、いったいどうやって、この手の情報を集めたのだろう。


「そんなの、他の怪異伝手に情報を集めれば一発よ」

「怪異伝手?」


 まさかそんな情報ネットワークがあるとは思っても見なかった。いったいどういう原理でおこなわれているのだろう。気になるところではあるが、そこまで踏み込んでいいものかとも思うので、それについては深掘りしないことにする。気にするべき点はそこではない。


「どうして、花子さんは俺にそんな話をするの?」


 とりあえず事情を聞くことにしたのだが、花子さんが言うには、最近このトイレを訪れる人の数が減っているのだと言う。確かに、ここのところはオカルト系のテレビ番組も少なくなったし、写真や動画の加工技術が一般人でも使えるようになった現代において、オカルトの類が下火になりつつあるのはわかる。


 とは言え、オカルト好きは今でも一定層いるし、そうでなければ俺のチャンネルだってもっと閑古鳥が鳴いているはずだ。オカルト好きを上手く動員出来るかが登録者数を稼ぐための勝負なのである。


「やっぱ最近の子はネットがいいんでしょ? 知り合いはSNS使ってインフルエンサー? みたいな感じになってるけど、あたしはそういうの出来ないし」

「ええと……」


 話を要約すると、彼女は『自分の認知度を上げたい』、つまり『バズりたい』と言うことのようだ。


「せっかくの機会だから言っちゃうけど、あたし達怪異は、基本的に噂頼りで存在しているのよ。だから、このまま噂されなくなったら消えるしかない。それはそれで仕方のないことなんだけど……」


 トイレの花子さんが消える。目の前に確かに存在しているのに、その彼女が、この世から消滅してしまうと言うのか。これは思っていたよりも大事だ。オカルト好きとしては、放っておく訳には行かない。


「そういうことなら、尚更俺の動画に映ってみない? 宣伝効果は薄いかも知れないけど、花子さんの正しい呼び出し方とかも合わせて公開すれば、もっと人も集まると思うし」


 俺がこう提案すると、花子さんは少し驚いてから、寂しげな笑みを浮かべた。先程までの勝気な表情はどこへやら。トイレの窓辺に立った彼女の姿は、まるで薄幸の少女のように儚げだ。


「あんたのチャンネルに映ったところで、何になるって言うのよ。見られたところで、実際にこんな辺鄙なところまで来る人間なんていないだろうし」


 花子さんが言うことももっともだと思ってしまう。実際、この古出高校は、立地が悪く、電車の最寄り駅からかなり遠くに建っている。廃校になる前は路線バスが通っていたらしいが、そのバスも今では廃止となり、ここへ来るのに結構時間がかかってしまった。


 ただでさえ、心霊スポット巡りは下火なのに、こんな辺鄙な場所まで花子さんに会いに来る人が、果たしてどれくらいいるだろうか。俺にもっと発信力があれば、この状況も打開出来るかも知れなかったのに。


 ここで俺は考える。俺のチャンネルに発信力がないのは、時流に乗っていないからと言う点もあるはず。ならば、その時流に乗って、ダンジョン配信に手を出せば、それなりの視聴者を稼ぐことも出来るのではないか。


 もちろん。俺一人の配信ならば、失敗することは目に見えている。しかし、ここに本物のトイレの花子さんが加わったらどうか。今までにない切り口で展開されたダンジョン配信は、いきなりバズらないまでも、それなりに日の目を見る可能性もある。


「ねぇ、花子さん」

「……何よ、急に真面目な顔して」

「ダンジョン配信。一緒にやってみない?」


 俺は花子さんの両手を取りつつ、グッと距離を詰めた。花子さんの顔がより近くなり、その造りのよさが、ますますはっきりと映る。これは配信栄えするに違いない。


「何言ってるのよ。そもそもあたしはトイレの花子さんなんだから、外に出られない――」

「要するに、花子さんにとって、そこがトイレと認識出来るかどうか……だよね?」

「……どういうこと?」


 待ってましたとばかりに、俺は更に顔を近づける。


「花子さんにとって、トイレってどんなところ?」

「……どんなって、お花を摘んだり、おしゃべりしたり――」

「そうじゃなくてさ、ええと、作りとしてどうかってこと」

「作り? 壁があって、便器があって、それから――」


 そう。トイレと言うのは壁に囲まれた便器のある空間。その認識に齟齬がなければ、俺の考えた作戦は上手く行くかも知れない。


「そう言うことだよ、花子さん!」

「はぁ!? どういうこと?」

「つまりさ、壁に囲まれてて、便器があれば、そこはトイレってことじゃない?」

「まぁ、条件だけ並べれば、そうかも知れないけど……」


 俺はスマホである画像を検索して、花子さんの前に差し出す。


「えっと……これは?」

「災害があった時なんかに用意される簡易トイレ。仕切られた空間に、便器があるでしょ? これもトイレには違いなくない?」

「まぁ、そう言われればそうかも知れないけど。それとダンジョン配信と、どんな関係がある訳?」

「だからさ、ダンジョンって言うのは、大まかに言ったら、壁に囲まれた空間じゃない? そこにこの簡易トイレを持ち込んだら、どうなると思う?」


 ここで花子さんがハッとした。俺の言わんとすることが通じたようである。


「あんた、まさか――」

「そう。ダンジョンをトイレ化するんだよ!」


 はっきり言って意味のわからないワードだろうが、少なくとも、俺と花子さんの間では、その方向性に希望が生まれた。「ダンジョントイレ化計画」そして「トイレの花子さんと行くダンジョン配信珍道中」はこうして始まりを告げたのである。

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