#1 その日、花子さんと出会った
ダンジョン。それはあくまでゲームの中の存在だと思われていた。
しかし三年前。世界各国に突如ダンジョンが発生。そこは現代社会とは明らかに異なる理屈で出来上がっている空間。町のど真ん中に現れた謎のドアの向こうがブロックで囲まれた迷路状の構造物だったり、山の山頂部に現れた空間の歪みの向こうが地下へと続く洞窟だったり。
種類も広さもまちまちの、無数のダンジョン。最初こそ政府が主導して軍や自衛隊が調査に乗り出していたものの、あまりのダンジョンの数の多さに調査が追いつかず、やがて民間が乗り出し、個人が乗り出し、世は空前のダンジョン探索時代を迎えていた。
そんな中で現れたのが、個人勢の調査隊によるダンジョン配信である。彼等は調査記録と称してダンジョン内の撮影を行い、それをネット動画投稿サイト――
多くの
これはこれで需要があるし、何より俺は心霊スポットを巡るのが大好きなのである。と言っても、チャンネル登録者数は数えるほどしかいない、いわゆる過疎チャンネルの一つに過ぎないのだが。
この日も、深夜にとある廃校を訪れる俺。目的は、この廃校に現れるという噂のトイレの花子さんを探す動画を撮影することだ。撮影した動画は、家に帰って編集してから、動画として公開するのである。
都心部から電車を乗り継ぐこと二時間ほど。ある地方都市にかつて存在した私立
これまでにもそれなりの数の配信者が、この花子さんの撮影に挑んで来たが、誰一人として成功した者はいない。所詮は噂だと見限る者も多かったが、俺は諦めなかった。
これまでの配信者達はどうして失敗したのか。その原因を探るため、ネットだけではなく現地にまで赴いて、周辺住民などからも情報収集を続け、ついに花子さんを呼び出すための確実な情報を手に入れたのである。この学校の花子さんを呼び出すのに必要なもの、それは――。
「で? これが貢ぎ物のアンパンって訳?」
アンパン。決して何かの隠語などではない。正真正銘、中にあんこがたっぷりと詰まったパン。つまり普通のアンパンだ。何でも、生前の彼女の好物なのだとか。しっかりと、彼女の行きつけだったというのパン屋の自家製アンパンである。
「うん。これ、好きなんでしょ?」
「まぁ、くれるって言うなら貰ってあげるわよ」
「ふん」と鼻を鳴らしつつ、アンパンを受け取る花子さん。そう。この学校の花子さんは、現場のトイレのドアを叩くだけではいけない。手土産としてアンパンが必要なのだ。これを調べ上げるのに、だいぶ苦労した。
とは言え、まさか本物の幽霊と遭遇するのは、俺にとっても初めてのこと。思っていたより普通の人間と変らない見た目で、拍子抜けしたところもある。
身長は低めだが、ブレザーの上からでも、そのたわわな胸は見て取れるほど。むっちりとした太ももの下には、肉付きのいいふくらはぎと小振りな足が続いている。本当に幽霊なのかと心配になるが、検証を始めるまで、このトイレに人がいなかったのは確認済み。アンパンを手に奥から三番目のトイレの戸を叩いたことで、彼女は初めてこの場に現れたのだ。
「一応確認なんだけど、君がこの学校のトイレの花子さんで合ってる?」
「そうじゃなかったら、今頃あんたを警察に突き出してるわよ」
確かに。今俺がいるのは女子トイレ。ここが廃校だったとしても、褒められたものではない。
「一応自己紹介しておくけど、俺は宮村孝志。個人で心霊スポットとか回って、実況動画をネット上で公開してるYuiTuberだ」
「YuiTuber。知ってるわ。今までにもそういった連中が何人も来ているから。まぁ、最近は手土産を持って来ない奴が多いから、無視してやったけど」
徳村花子。この古出高校に出没するとされて来た花子さんのフルネームだ。生前はこの高校の生徒で、死因は睡眠薬の多量摂取による自殺。自殺の理由は調べた限りいくつか説があったが、どれも胸糞悪いものばかりだったので、この場では割愛させてもらう。
「それにしても、あんた。あたしを見ても怖がらないのね?」
「まぁ、驚きはしたけど、怖いって感覚はないかな。俺、ホラーもの超好きだし」
とにかく、実際にこうして俺の目の前に現れてくれたのだから、これはもう絶好の撮影チャンス。すぐさま用意していたスマホを構えて、撮影を開始した。まずカメラに収めたのはトイレの中の風景。廃校になって久しい校舎は、どこも埃っぽくて傷みも目立つ。
「それ、今配信してるの?」
「いや、これは撮影だけ。俺の番組はホラーものだし、多少演出とかも加えたいからね」
基本何がある訳でもない心霊スポット巡りは、生配信をするメリットがほぼない。ならば、多少でも演出効果を加えた方が、視聴者も満足してくれるのだ。
「あ、君のこと、撮影してもいい?」
「……ふ~ん。一応そういう気遣いは出来るんだ」
「そりゃね。君は生きた人間とほとんど変らないみたいだし、そういった配慮は必要でしょ?」
幽霊とは言え、相手は女の子。勝手にカメラに収めていい訳もない。
「……ちなみに、それってどのくらいの人が見る訳?」
「え~と、どうだろう。今の俺のチャンネルの登録者は10人くらいだけど、実際に花子さんが映ったってなれば、もっとたくさんの人が見るんじゃないかな」
俺がそう言うと、花子さんは呆れたような声をあげた。
「はぁ? たったそれだけ? インターネットってもっと大勢の人が毎日見るんでしょ?」
この時の俺は知らなかったのである。このトイレの花子さんが、思っていた以上に危うい状態であったということを。
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