演劇少女は、母(マ・メール)の人生を紡ぐ
予定日より早い出産だったが、元気な男の子が生まれた。父親譲りの銀髪と、赤ん坊なのに整った顔立ち。エレーヌと同じ琥珀色の目をしてこそいるが、どこからどう見ても貴族の若君であり、アーロンのミニチュア版だ。出産後、心配して残ってくれたバートが目の色以外のエレーヌ成分を探していて面白かった。
息子の誕生に城中が喜んでいるが、特に伯爵夫人が大喜びでこれを機に、アーロンに早く伯爵家を譲って孫を可愛がるのだと宣言している。その望みを叶える為にも、今はしっかり体を休めてエレーヌは早く動けるようになるつもりだ。
「バート達の戯曲は、好評らしいな」
「良かった……」
「支援者としても、鼻が高い……次の新作は、何をやるんだい?」
「迷っているの。幼い恋人たちの恋物語もいいけど、父王を殺された王子の復讐劇とか……(違う作家のだけど)名家の滅亡劇とか……」
「そんなにたくさんあるのか? エレーヌは、本当にすごいな!」
今日は休みの日なので、アーロンは朝食の後、ずっとエレーヌと赤ん坊のいる部屋に入り浸っている。エレーヌが一から生み出したものではないが、記憶があるからとはいえ書くのは確かに大変だったし、何よりアーロンが褒めてくれるので、彼女は照れながらも受け入れた。
「ありがとう、アーロン」
「っ、ああ! ただ、くれぐれも無理しないでくれよ?」
「解ってます」
そんな会話を交わしながら、チラっとアーロンを眺める。彼がご機嫌なのは名前を呼んだおかげもあるが、エレーヌが息子を抱いているからでもある。
最初は乳母に任せようかと言っていたのだが、生まれたばかりなのに息子は人見知りでエレーヌと伯爵夫人、あとシルリー以外が抱こうとすると泣きわめく。自分と義母はともかく、シルリーのことは自分の恩人だと解っているのだろうか?
そんな訳で、エレーヌは伯爵夫人とシルリーの手を借りて子育てしているのだが、アーロンはそんな母子を見るのが大好きらしい。
「バートたちが、嬉しい悲鳴を上げそうだな」
「そうですね……ねぇ、あなた? 新作の戯曲は、また一緒に観ましょうね」
「ああ。しかし、この子にはまだ早いだろうか?」
「そうねぇ。さすがに、赤ちゃんですもの」
「ぶー」
まるで、自分も戯曲を見るのだ、と不満を言わんばかりに。
タイミング良く声を上げた我が子に、真の夫婦となったふたりは顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。
事実は小説、否、戯曲よりも面白い。
そう思い直して、エレーヌは目の前のアーロンそっくりの我が子に語りかけた。
「その時は、もちろん、あなたも一緒に観ましょうね?」
そして、演劇少女は
その後、ふたりのエレーヌは、夫の愛とバートの協力を得て、数多くの作品を世に送り出して行くこととなるが……それは、また別の物語である。
演劇少女は、新妻(ジュンヌ・マリエ)の人生を紡ぐ 渡里あずま @azuma
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