第5話 Hello, Worker 前編

『うまい話であろと無かろうと裏がある』



 ユモトから受けた依頼書を片手にツルマとブロジナは城北区に幾つかある集合場へ向う。大規模や大人数での依頼というのは出発前に依頼主からの説明が行われる。

 城北支部から数分歩くと指定の集合場と、扉の前で入場者の確認をするニコロ商会所属の長耳族が目に映る。


 金色金眼は長耳族の中でもっとも多い特徴で、現在残っている部族の九割はこれに当て嵌る。残る一割は体色が茶色に近い黒色に黒髪や銀髪、更には桃色の頭髪などが王国で暮らしている。

 魔王軍には青肌青髪の長耳族も居るが、そうした少数派長耳族の多くは数百年前の反魔王戦争で殆ど死滅したと伝えられている。なんでも魔王に味方したことで、同族の多数派長耳族(金髪金眼の長耳族)に躊躇なく滅ぼされている。

 排他的な魔族の中でも、長耳族は選民思想が強く、主流である金髪金眼の長耳族はそれが苛烈だ。

 

 刺々しい言葉と突き刺す様な視線を常時送る長耳族の確認を終え、ツルマとブロジナは集合場内を進む。

 長耳族の人間嫌いには慣れたツルマの横で、ブロジナは小さな声で不平不満を口にしている。彼女が長耳族嫌いなのは周知の事実だが、少しぐらいは慣れてほしい。

 奥からざわざわと声が聞こえる廊下を進み大広間に入ると、既に何人もの冒険者たちが席に座り談笑をしている。

 ざっと見渡して人数は十五人、単独の者や一般的な四人パーティと十人十色。ほぼ全員が入ってきたツルマ達を一瞥すると、再びメンバー同士で話を再開する。

 知った顔はいない。ちらりと横の二人組みの冒険者手帳を見ると、城西支部のモノだ。

 まあ手慣れの冒険者ほどニコロ商会関連の依頼には慎重になる。大抵の奴は報酬金の破格さに目が眩んだ連中ばかりで、半端な腕前の者が多い。

 

「今回は結構大変になりそうですね」ブロジナも周囲の連中を見て溜息を吐く。

「荷物の警備に加えて子守りは御免だな」

 早速今回の依頼が面倒になりそうな予感にツルマも大きく溜息を吐く。

 ふと誰かの視線を感じてツルマが横を見ると、子供っぽさの抜けない顔立ちをした青年と目が合う。

「――なあ、ちょっといいか?」

「……なんなりと」


 ツルマはそう言って手で促すと、青年は席を立ち上がり机を挟んだ向い側に座る。青年は自分が立ち上がった瞬間にツルマの鋭い視線が、己の全身を隈なく見られたことに気付けなかった。

 傷や汚れはあるが、まだ新品同然の胸当てや篭手は青年をありふれた駆け出し冒険者に彩っている。彼が背中に装備した初心者向けの鉄の直剣も立派にみえる始末。

 不安げに揺らつく瞳も、どこか燃え滾る真念を有しており、同時に見慣れぬ場に対して過去にこなした依頼の達成で得た溢れんばかりの自信で糊塗している。


 揶揄う風に言うなら、自分は恐ろしいぞと必死に強がる子犬だろう。しかも、青年の纏う雰囲気からして恐らく一人で冒険者をやっている人間ではない。

 駆け出しの冒険者は複数人を抱える余裕は無いので、彼以外にもう一人は確実。また青年の武装を見るに彼は恐らく前衛担当、とすると相方は同じ前衛だろうか。

 そしてこの駆け出し冒険者の青年は一人。ニコロ商会の依頼は新人が一人でこなせる難易度で無い事を前提にすると、彼は大至急金が必要な身であり――それは彼の相棒に何らかの災難が起きたと予想がつく。

 この僅かな時間の間でツルマがここまで相手の現状把握に努めるのも、今回の依頼をこなす上で青年から面倒事を押し付けられない為だ。冒険者稼業というのは、冒険者同士での諍いが付きまとうモノである。


「あ、そうだ俺の名前を言ってなかったな。俺はラッズ・マッケン、少し前から城西区を拠点に冒険者をしている。よろしくな」

 どうやらツルマの視線に何か察したのか、ラッズはぎこちない笑みで名乗る。それにブロジナが緊張を解す様な笑みと共に名を告げる。

「ツルマだ、よろしくな」


 その名乗りを聞いてラッズは僅かに顔を顰めた。ツルマが転生者であると分かったのだろうが、あまりにも露骨すぎる。

 しかし、この反応と言う事は彼は役職を所持している現地人では無いようだ。現地の冒険者は役職やスキルと言った魔術でない第三の力をやっかむものだ。

 

「ああ、それでちょっと聞きたいんだがよ、俺はニコロ商会の依頼をやるのは初めてなんだが、どんな内容なんだ」

 ラッズの視線はややブロジナに向いている。彼女はちらりとツルマを見ると、彼に説明するよう手で促された。

「輸送警備の名の通り馬車の警備ですよ」ブロジナは簡潔に答える。

「規模はどんくらいだ?」


 少しでも情報が欲しいラッズが身を乗り出してくる。急に近づいた彼の顔にブロジナは若干身体を退かせつつ、自らの両手を広げて彼に落ち着くよう優しく告げている。

 随分とせっかちな男である。頬杖をつくツルマの瞳は、まるでラッズのことを公衆の面前で喚き騒ぐ聞かん坊を傍から見る通行人。助け船を求めるブロジナが視線を送るが、ツルマは分かった上で無視をする。

 可憐な女性は幼気な青年を釘付けにして罪だな、なんて言いたげな視線をツルマはブロジナに送る。中身は突撃狂の大得物ぶん回し暴力女だが、人前では礼儀正しい少女なのがブロジナだ。

 

「まあまあ落ち着いて、依頼の内容はこれから説明されますから」

「そうなのか? 普通は依頼書に書くもんだろ?」

 ラッズは訝し気だ。

 確かに依頼の内容はある程度書いてあるのが常識だが、緊急の依頼の場合は一先ず依頼を冒険者後援会に出してから追って説明をされることが往々にある。

 何より輸送警備は早朝であるのが一般的。商人も馬鹿ではない。好き好んで魔物や山賊がより活発的になる午後以降に依頼を出すなど、商人に向いていない。ただでさえ時間のかかる物品輸送だ、徒歩移動の冒険者と歩調を合わせるのだから、半日がかりの大仕事な上に場所によっては数日もかける。

 緊急の依頼、時間帯が昼過ぎ、そしてニコロ商会。この三つから推測できる輸送警備の内容はただ一つ。数多くの冒険者が二度と受けたくないと吐き捨てつつも、破格の報酬によって自然と頭数だけは揃う、こんな危険な依頼を冒険者後援会は看過できないでいる。

 

「――はいはい、皆さまお待たせしましたねぇッ!」

 大広間内に響いた女の声が自然と冒険者たち静かにさせる。

 奥の扉から忙しそうに現れた鳶外套インバネスコートを羽織る長耳族が、人の良さそうなしかし強欲な商人らしい嫌な笑みを浮かべて冒険者たちの前へと立つ。

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