ハイアッフルの記録 其ノ一
異世界に転生し、一度目の夜。
あの異質な空間にて異世界への転生を私は選択した。
扉を開き、僅かな暗転の後に、気づくと私は鬱蒼とした森の中で目を覚ました。
刻限は昼頃。転生に際して説明がある筈だが、どれだけ待っても聞こえるのは鳥の囀りと獣の唸り声、そして微かな水のせせらぎ。
痺れを切らした私は、一先ず付近の散策を始めたのだ。
森の木々は私の元居た世界と同じだ。故に種類を特定することで現在地の緯度を大雑把に知ることができる。
周辺をある程度散策した結果、ブナ科の樹木である温帯林が多く見られた。
つまり私が居る場所は北部方面であると分かる。季節は春から夏頃、涼し気な外気温度からそれなりの標高がある場所と思われる。
苔の生え方から、ある程度の方角も掴めたが、如何せん土地勘が無いので信用はできない。
さて、ここが山岳地帯であり、少し遠くから水音が聴こえるなら、川を探すとしよう。
この世界の文化水準は不明だが、文明が水を起点に開花するように、人と水は切っても切り離せない関係。
川があれば集落なり、人の住処はあるはずだ。
あの後、歩き出した私は早速窮地に陥った。
巨大な熊と遭遇したのだ。それも目は血走り、全身に凄惨な傷を付けた熊。
熊と遭遇した際の心得は熟知していたが、流石にあの時の熊は正気の状態ではなかった。
ましてや熊との距離は非常に近く、この距離では頭部を覆って攻撃を凌ぐしか無いが、果たしてこの異常な姿の熊相手に有効なのか。
転生時に選択した役職もスキルなるモノも分からず、死を私は覚悟した。
その窮地を救ってくれたのが、私の側で寝息を立てる少女であった。突如飛び出してきた彼女が熊の頭部へ、大胆な飛び蹴りで撃退したのだ。
普通の少女ではない。
それは彼女の外見からも分かる。
少女の肌は彼女の青い髪と同じ位に青く、そして耳は笹の葉の如く横へと伸びている。
その時、私は感動した。
かの幻想世界を描いた御大の作品に登場するエルフを目にしたのだ、感動するに決まっている。
エルフの少女はどうやら村に戻る途中ようで、私は自分が転生者であることを告げて、彼女に頼んで村に同行する許可を得ようと試みた。
この時、言葉が通じるか不安だったが、どうやら転生に際して私の喋る言葉は自動で相手に翻訳されていた。
少女は転生者という言葉に馴染みが無く、また人間を村に入れる事にもやや否定的であった。
どうやら、この世界の人間とエルフは仲が良くはないようだ。
少女は麓の人間の村の近くまで案内すると提言したが、私はエルフの村の方が気になり、必死に頼み込んだ。
食い下がらない私に、少女は折れてくれた。
村の近くまで案内し、その後は村長に私を入れる是非を問うとのこと。私は少女の提案を受け入れた。
そして今、私たちは夕暮れ前に見つけた洞窟で一夜を過ごしている。
どうやらこの世界には魔術なるモノが存在し、まるで手品のように一瞬で少女は火を点けてしまう。転生者も使えるよ、と少女は言っていたが、幾ら頑張っても私には魔術は使えなかった。
私は少女からこの世界の事を尋ねようとしたが、既に眠気に襲われる彼女は明日にしてくれと言われたので、私は一つだけ尋ねた。
野宿の準備最中に、私が空に見た生物の事だ。
少女はその生き物は大昔に絶滅したと告げたが、そんな筈はない。
確かに私ははっきりと見たのだ。
雲覆う空。
白い雲海を泳ぐように、飛び行く一匹の生物。
蛇のように長く白い身体をくねらせて、雲間に消えた――あの生物。
私は確かに、空に龍を見たのだ。
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