朱音あかねが顔を上げ、しらかげを見つめる。

 彼女の翠色の瞳と、彼の赤色の瞳が、互いを映し合った。


「お別れ?」

 朱音が目を潤ませて聞く。驃は、胸が鷲掴みにされるほど苦しくなった。


「──ごめん」

 どうして、そう答えなければならないのだろう。もう少し話し合えば、折り合いがつく場所が見つかるのではないだろうか。そう思う一方で、どうしようもなく先の見える自分がいた。驃はこれ以上心が砕けないよう、ぐっと喉の奥に力を入れ、迷いを飲み込んだ。


「俺は、他の道には行けない。でも、お前を道連れにも出来ない」

 

 討伐に出るたびに、怪我をするたびに。一緒にいたら、朱音はいつか疲弊し切ってしまうだろう。そして、そんな彼女を見るのは、驃自身が耐えられそうになかった。


「朱音には、心配ばかりするんじゃなく、笑っていて欲しい」

 それは、自分には叶えられないことだ。


 驃を見つめる朱音の瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 朱音も、分かっていたのだ。驃には、剣を捨てることなど出来ないと。それでもどこかで、一緒にいられる可能性を見出したかった。自分が苦しくなるだけでなく、彼が一歩近づいてくれたら、叶うのかもと思った──相手を理解しているからこそ、本能では無理だと分かっていても。

「ごめんなさい……私」

「いいんだ」

 そう答えた驃も泣きそうな顔をしていると、朱音は思った。彼の、こんなに優しげで、切ない笑顔を見たことはない。驃にとっても、これが苦渋の決断であることは、その顔を見れば痛いほど分かった。

 好きなだけでは、どうしても歩み寄れないことがある。

「驃」

 朱音は、驃の顔を、焼き付けるように見つめた。彼の、意志の強い瞳が好きだった。顔の左半分はガーゼで覆われていて、覚えのある彼の顔は右側にしか見えない。でももう、きっと、こんなふうに近くで見ることはないだろうと思うと、しっかり見ておきたかった。

 朱音の手が、驃の右頬に触れる。その手を、驃の右手がぎこちない動きで包んだ。肩の傷のせいで、容易には動かせないのだ。

 視線が、絡み合う。

 

 今やっと、互いが、互いの気持ちを再び分かり合えた気がした。それは、悲しい分かり合いだったけれども。


 どちらからともなく──初めてそうした時のように、二人は本当に軽く、唇を重ねた。そうしてもう一度、一瞬だけ、記憶に刻むようにしっかりと押し当て、そっと離れる。

 それが、二人の最後の接吻となった。

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