第12話 明石のほぼ一人語り

 謎の男明石は、俺がまだ何も聞いていないのに一方的に話し始めた。


「あんさん、幾谷の自殺未遂について調べよるんやろ。

アイツも昔はイラチでなぁ。

今みたいな可愛げなんて一切無い狂犬やったんやで」

「いや、私が知りたいのは、店員の柏木さんのことなんですけど」

「まぁ、待ちいや。

柏木の話をする前に幾谷の話聞いた方が理解しやすいで」

「は、はぁ……」


 面倒だが情報をくれるのだから素直に聞いておこうかな。


「幾谷がこの島に来たのは八年前や。

奴は東京で証券マンをしていたらしくてな、それがもとで心が壊れて療養と称して実家がある瀬戸内まで帰ってきてたんや。

それで、ちょっと回復したから親御さんが遊びに行って来いゆうてこの島に釣りに来てたんや」

「今の姿からは想像もできませんね」

「せやろ。

でもな、観光してるときまだ無理してたらしくてな。

運悪いことに山のてっぺんのため池に行ってしもうたんや」

「あぁ、自殺の名所の」

「そー。

んでな、幾谷は飛び降りてしもうたんやけど、あそこ実はな清水きよみずさん──清水寺の舞台──と一緒でわりかし生存率割と高いんよ。

飛び降りたところに山菜取りに来ていた爺さんに拾われてな。

で、その爺さんがアイツのカフェのある場所にあった釣り宿の爺さんやったんよ」

「お爺さんに拾われて命が助かったんですね」

「で、そこでしこたま説教されて、釣り宿で働くことになったんよ。

忙しいのが性に合ってたみたいでな、色々爺さんに仕込まれているうちに死ぬ気をなくしてしもうたんや。

毒気を抜かれたっちゅうかな」

「ふんふん」


 釜飯が覚めないように食べながら耳を傾ける。

 この手合いは適当に相槌打っていれば勝手に話すのだ。


「んで、三年くらいした頃かな……。

アイツもようやく自分を取り戻して、バリスタになりたいって一年半くらい勉強と大阪のカフェで修業して、島に戻ってきたら爺さんが体調崩して釣り宿を閉めることになってん。

そこで、釣り宿で働いてた二人がそれぞれ別々の宿を始めたんよ。

釣具屋兼釣り宿と幾多のにカフェ兼ペンションな」

「それって、さっき誰かから聞いた幾谷さんの元カレですか?」

「せやで、んでもってそれがワイや。

それはどうでもええとして、幾谷とワイはちょっとしたことで喧嘩別れして袂を分かってもうたんや」

「そのちょっとしたことが割と重要な気がするんですけど?」

「そこはプライベートっちゅうことで」


 今までのも思いっきりプライベート情報じゃねぇか。


「数年間は夏場のアルバイト以外キッチンとフロアの二人で何とかなってたから、アイツも頑張っててんけどな。

店に飾る花を探しに山に入ったら身投げしてたガキを見つけて昔の自分を思い出して雇ってもうたっちゅうことや」

「それが柏木さんですか」

「せやで。

自分と同じような身投げBOYが居らんか実は見回りしとったんやろな」


「おーい、明石いつまで遊んどんねん。

ええかげん次の釜めしもっていきや」

「あいよー」


 明石は行ってしまった。

 台風みたいな男だったなぁ、と言うか幾谷の元カレなのか。

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