星と月とにまつわるふしぎな物語

永杜光理

1.お月さまのアイスクリーム

「ねえ兄ちゃん、アイスクリームが食べたいよう」


「それなら、冷蔵庫にあるだろ。バニラ味しかないけどな」


「そうじゃなくて、僕はお月さまのアイスが食べたい」


 兄は目を丸くした。弟のそういったおねだりは、久しぶりだったからだ。

 兄はカーテンを開け、空模様を確認する。


「うーん、まだ満月になるには何日かかかりそうだけど……今すぐ、食べたいか?」


 弟は、こくりとうなずいた。兄は腕を組んでしばしば悩んでいたが、結局は弟の願いをかなえてやることにした。

 二人は外に出ると、ガス灯のきらめく道を手をつないで歩いていく。


「ハシゴはどこにあるの?」


「さあな、あの人によって気分が変わるから、すぐ見つかるかもわからないぞ」


 と言っているそばから、兄は視界の端に何かをとらえた。


 洋館風につくられた役所だ。子どもである自分たちには縁のない場所なので、普段は全く意識もしない単なる風景のひとつなのだが。


 その建物の、一階のとある部分。異国の王子と姫をモチーフに作られたステンドグラスのすぐ横に、きらきらと光をまとうハシゴが立てかけられている。


「なんでこんな、人がよく通るところに立てたんだよ、あのおっさんは……」


 兄は天空を仰ぎながらぼやいた。青と紺と、灰色の雲が模様を織りなす夜空。星たちもささやきあうように瞬き、やや欠けた月が、東の空からゆっくり昇ってきていた。


 その月に向かって、ハシゴが伸びている。夜の街でそれに気づいているのは、今のところ兄と弟だけだ。


「よし、いくぞ」


「うん、今日こそ僕、お月さままで昇ってみせるよ」


 互いにそういうと兄弟たちは、月に向かってハシゴをひたすら昇り始めた。


 ハシゴの横幅は通常のものより長めに作られていて、兄弟が並んで昇ることも出来るくらいだ。


「今日は風もないし、カラスも騒いでない。分厚い雲も邪魔してこないし、月まで昇るにはちょうどいい日だったかもな」


 兄は、月まで到達したことのない弟を心配しながら昇っていたが、やがて待望の地に降り立った。


「うわあい、お月さまだ。僕、はじめてここに来れたんだ。やったあ」


 ぴょんぴょんと跳ねる弟に、当初の目的を忘れたのかと兄は思ったが、そこはしっかり覚えていたようだ。


「お月さまのアイスクリーム、どうやって食べるの?」


「こうするんだよ」


 兄は足元に転がっている石を、スプーンでコツコツ、と叩いた。するとそのしたから、何やら甘い匂いが漂ってきた。


 兄が石をどかすと、その小さな穴には、黄金色の光を放つバニラアイスがあったのだ。


「うわあい! 早く食べてもいい?」


「その前に、あいさつをしなくちゃな」


 兄と弟は「アイスをいただきます。お月さま、ありがとうございます」と同時に唱えると、スプーンでアイスをすくい、口に放り込んだ。


「うー、おいしい! 今まで食べたアイスの中で、一番おいしいよ。兄ちゃんって、何度もこれを食べたことあるんでしょ? 僕はこれから、毎日でも食べたいよー」


「いや、たぶんそれは難しいと思う」


「どうして?」


 弟が三口目を食べ終えた時だった。月が何の前触れもなく、傾いた。

 兄と弟は、アイスをまだまだ残したまま、放り出されてしまった。







 そして次に目が覚めた時、兄と弟は、自分たちの家のベッドにいた。カーテンの向こうから、白い光が徐々に差し込み始めている。


「兄ちゃん……僕、お月様に昇ったよね?」


「ああ」


「一体、何が起きたの? アイスまだ、食べたりなかったのに」


「満月になってないとバランスが悪いから、せっかく昇っても落ちるときがあるんだよ」


「じゃあ、あのアイスは夢だったの?」


「夢じゃないよ、俺も、久しぶりに食べれて嬉しかったし。またいつか、満月の日になったら食べに行こうな」


 その時ハシゴが見つかればだけど――と兄はつけたして、笑った。

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