第18話 これはミステリーだった!?「未来を切り開くエリーゼ」


 エリーゼを襲った刺客らは、辺境騎士団によって尋問に掛けられた。


 領主館の敷地内でエリーゼの命を狙ったことにより、聴取などと云う優しいものではなく、力にものをいわせる強引なものとなった。


 ただ、彼らは幾ら尋問されても直接的にガディリウス公爵に繋がる雇い主を告げることは無かった。間に何人もの人物を噛ませることにより、ルートを巧妙に隠したのだろう。


 刺客らが担っていた依頼は「商隊を消し、エリーゼの消息を確認し、生きていたなら殺害すること」だった。




 日が傾き始めたころ、ようやく長かった仕事を終えて領主の執務室で報告をするのはバレントだ。苦々し気な表情を隠そうともしない息子に、ミシェル辺境伯が苦笑を浮かべる。


「間違いなくガディリウス公爵なんだろうがな。王都のボニファスも手を尽くしている様だが、駒と奴を繋ぐ決定的な証拠が出ん。公爵の誤算と言えば、トルネドロス領ここで始末するつもりだったエリーゼ嬢と、商隊の者たちが生き残ったって事だろうな」

「はい。領主館で捕えた刺客によれば、商隊が領主館へ連行されたのは予定外だったと。本当なら、街に居るうちに消すはずだったのが、何故か辺境騎士団屯所へ連行されることになり、焦って侵入してきたようです」

「例の化粧品による健康被害への対応が、奴らの想像し得ないことだったんだろうな。そこは、エリーゼ嬢とお前との連携あっての手柄だ。どうなることかと思ったが、上手くいっているじゃないか」


 真面目な報告のはずが、ふいに茶化されて、バレントの頬に僅かに朱がのぼる。


「しかし、あの商隊の女は公爵が目を掛けていたと、商隊の男が自慢していましたが? 想い合う相手を、あっさりと切り捨てるなど考えられませんね」

「貴族でもなく定住地も無い自由民のような者達だ。足が付かない、使い捨ての駒としては最適だろう?」

「何てことを」

「貴族なんてもんは、中央に近い者は偉ければ偉いほど非道なもんだ。覚えておくんだな」


 他人が見れば、息子に教えを授ける辺境伯が、優しい微笑を浮かべているようにも見えただろう。けれどバレントは、自分の甘さを突き付けられ、ぐっと唇を嚙み締める。


「エリーゼの所へ行ってきます。彼女があの女との対話を希望しているとの連絡がありましたから。許可を出しておいたので、そろそろ始まる頃です」

「ほう、エリーゼ嬢が? 理由は聞いたのか?」

「えぇ。領民のために一言申しておきたいと。あとは、もしかすると冤罪を晴らすきっかけが掴めるかもしれない――とも」

「ほぅ? 大の男たちが、寄ってたかって力尽くでも掴めなかった奴の尻尾を、彼女が? それは興味深いな」


 執務室を辞そうとしていたバレントの傍に、ミシェル辺境伯が並ぶ。


「父上? 何をなさっているんです」

「いや、なに。お前の新妻の活躍を見逃さんように付いていこうと思ってな。そう舅を邪険にするもんじゃないぞ」


 鼻歌でも歌い出しそうなくらいのワクワク感を見せる父親に、バレントはげんなりとして溜息を吐いたのだった。





 刺客から直接的に聞き出すことによって、ガディリウス公爵との繋がりを証明しようとしたバレント。それとは別に、エリーゼは、別の角度からの聴取を行う許可を得ていた。


 健康被害をもたらした化粧品についての調査だ。その化粧品には、別の疑惑もあったが、説明できるのは当事者であるエリーゼだけだったから、彼女が自ら容疑者――カルロッタを聴取することを希望していた。


 辺境騎士団の取調室の一つ。部屋の四隅それぞれに騎士が立ち、間に5歩の距離を置いて対面で設えられた椅子が有る。そこには、既に騎士2人によって両肩を押さえられ、腕に拘束具を付けたカルロッタが腰かけていた。エリーゼが、ミルマを伴って現れると、カルロッタは、正面に彼女がまだ腰を下ろしきらないうちに大声でわめき出す。


「許せないわ! 折角嵌めたのに、あんたがのうのうと生き延びてくれたお陰で、私が殺されかけるなんて! あんたさえ大人しく死んでくれていれば、私は今頃、愛し合う公爵様のもとで幸せな暮らしを手に入れていたのよ!」


 おかしな話だと、エリーゼは首を傾げる。ガディリウス公爵が彼女と想い合っているのなら、何故彼女はガマーノ伯爵に張り付いていたのか……と。


「取り敢えず、恨み言を連ねられても、豚女でしかないわたしには経験が無さすぎて分からない話なので置いておきます。わたしが貴女と会ったのは、化粧品についてお話ししたかったからなので」


 静かに話すエリーゼが左右の手に持って差し出したのは、カルロッタが身に付け、彼女ら商隊が領民に販売した口紅、美容液、香水など、化粧品の数々だった。


「この化粧品すべてに、ラグイドの花が使われていますね。全てからこの花の芳香がしますし、容器にラグイドをわざわざ描いているものもあります。だから、ただの確認ですけど」

「分かってるなら聞く必要なんてないでしょ」


 ふん、と鼻を鳴らすカルロッタは、視線を逸らして横を向く。エリーゼは構わず話し続ける。


「ラグイドは、このデンファレ王国には咲かない花です。あなた方の積み荷に残されていたものや、領民の購入したものを確認しましたが、全てこの花を使ったものでした。化粧品の生成は製薬に通じます。少量用いるだけでも、その特質を充分に引き出すものを作れます。

 食べ物もある人にとっては毒になる物があるのと同じく、花をはじめ、植物でも人によって毒になるものがあります」


 商隊に掛けられた嫌疑は、身体を害する可能性があると分かっている商品を故意にトルネドロス領に広げたと云うもの――、それだけだった。


「この化粧品で健康被害を訴えた領民たちの症状に既視感がありました。発熱し、頭痛や吐き気をも訴える人の中に、赤く腫れて爛れる蕁麻疹を訴える人も多かったんです。

 ときに、蕁麻疹は呼吸器に及び、息を止めてしまうこともあります。

 わたしが葬麗人として整えたガマーノ伯爵の全身には、肌の表面を満遍なく染めた鮮血の赤がありました。それに隠れて、グロスに含まれる紅に鬱金色の輝きを混ぜた、てらりと光る痕と、赤く腫れて爛れる蕁麻疹までもが広がっていました。ラグイドの花の香りも。」


 エリーゼは、葬麗人としてガマーノ伯爵の身を整えた際、2つの不可解な点があることに気付いていたのだ。その不可解な点の一つが、伯爵の全身に広がった、蕁麻疹と花の痕跡だ。領地で起こったラグイドの花によるアレルギー反応を診たことによって、共通した物が原因となっていることに気付いた。


 一息に話したところで、エリーゼはカルロッタの反応を確かめるようにじっと見つめる。顔色を悪くし、落ち着きなく視線を彷徨わせるのは、覚えがあるからだろうか。


 やや置いてから、ようやくカルロッタが口を開いた。


「ラグイドはガマーノ伯爵にとって毒となる物だったわ。あの男は、私がマイセルに滞在していた時のパトロンだったのよ。

 その時に色々試して……ふふ、やっと見付けたの。時間が掛かったけど、愛する方の為だったから何とか為し得たのよ。その時間があったお陰で、あの男は私に入れ揚げるようになって、公爵様は私を褒めてくださったわ。

 夜会から1ケ月後のあの夜――ベッドの上で、私に夢中のあの男にラグイドの成分を濃縮したモノを取り込ませるのは簡単だったわ」


 話すカルロッタはどこか自慢げだった。


 これまで、彼らが主張していたガディリウス公爵との繋がりを示す「懇意にしている」程度の言葉では、ガディリウス公爵が商隊を贔屓にしていた程度の話にしかならない。


 だから、ガマーノ伯爵の殺害に商隊が関与し、その計画にガディリウス公爵が与していたことを示す証拠や証言は、強引な裁判を推し進めてエリーゼを冤罪に陥れた、彼の真の目的を暴く重要な一歩だった。


 いつの間にか、カルロッタが座らせられている後ろの扉が開かれ、ミシェル辺境伯とバレントが姿を現していた。ミシェル辺境伯は想像もしていなかったのか、驚きの表情を浮かべている。バレントは、エリーゼと視線が合うと力強く頷く。その反応が、彼からの信頼と後押しを受けている様で、胸が暖かくなると同時に心強くもあった。


 だから、ここから更に相手を追い詰めるために言葉で切り込むの勇気が湧いてくる。エリーゼは、自分の未来を切り開くために、さらに語気に力を込めて行く。

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