第4話 汚名を着せられた「役立たず令嬢」


「癒しの力は尽きました。最早ひとの身で為せる業はありません。」


 狼狽えるガマーノ伯爵家の者らの見守る中、伯爵の呼吸は遂に尽きる―――


「不本意ではありますが――わたしの出番となりました。粛々と勤めさせていただきます」


 一時の凪の時間を逃さぬよう、迅速に「葬麗人」の職務の履行を宣言したエリーゼ。その声に反応して神殿からの随行者らが手早く準備を整えて行く。


「葬送の御祓みそぎを行います」


 死者と、部屋に詰め掛けていたガマーノ伯爵の部下や使用人らが固唾を飲んで見守る中、深々と一礼するエリーゼの声が厳かに響く。


 ばさり


 自身と遺骸となったガマーノ伯爵を乗せたベッドに、自分たちごとすっぽり覆う掛布を広げて包み込む。


 遺骸となった個人の尊厳を損なわないため、衆目から隔て、現世と幽世を隔てるための布だ。


 布の中、エリーゼは彼の血まみれの身体を清拭し、髪と着衣を整える。


(これは……)


 僅かに目を見開くエリーゼだが、彼に訪れた結果が変わらないものであることを思い直し、が目立たぬよう、着衣を整える。


(不可避の旅路に着いた方が、穏やかに旅立てるよう支度して差し上げなければ)


 程なく布は打ち払われ、静かに佇むエリーゼと、整えられた身形で安らかに目を閉じるガマーノ伯爵の姿が現れた。


 あっという間の出来事だった。


「根の国へのお支度はこれにて。恙無く行われました」


 業務完遂の挨拶を告げ、未だ動けない家族を随行者らと抱え上げて退去の宣言をする。


 喜びに包まれて辞することもあれば、このように重苦しい中、静かに退去することもままある。今回は、何故かこの状況を想定していたらしい父の危惧通り、後者の無力感を噛み締めながらの退去となってしまった。出来ることは全てやったけれど、こんな時はいつまでも留まっていても心までは癒すことは出来ない。


(それに、なんだか妙なことが多くて、胸騒ぎがするのよね)


 だから、速やかに立ち去るつもりだったのに、神殿の一行がガマーノ邸の玄関ホールへ踏み入ると、ずらりと並んだ騎士らに取り囲まれてしまった。





「お前たち……いや、エリーゼ・フォンタール! お前をガマーノ伯爵の殺害容疑で拘束する!!」

「は……?」


 手際の良すぎる騎士らの行動に、疑問を感じる猶予も無く―――そのままエリーゼは拘束されたのだった。







 誰かの作意が働いているのか、事情をろくに説明もされず、家族にも会えないまま、拘束から10日後、エリーゼは貴族裁判に掛けられていた。


 法廷会場へ繋がる両開きの大扉は暗褐色の木材で重々しい雰囲気を醸し出しており、双方に公平を表わす天秤のレリーフが施されている。中も同様の重厚感ある色彩で統一されており、幾重にも並べられた傍聴人席が連なった先、ステージの様に開けた空間に、たった一人が立てる腰までの柵で囲まれた被告人席、正面に数段高く設えられた裁判官席が設置される。


 今回の裁判で被告人席に立たされたのは、これまで何の事情も聴かされることも、聴取されることも無かったエリーゼ。


 傍聴人の中に家族の姿はなく、最前列を埋めるように何人もの貴族男女が腰かけている。一般的なここでの裁判の形式で言えば、彼らは証言者であるはずだ。さらにその後ろに座る者――傍聴人はまばらで、皆一様に緊張に顔を強張らせている。証言者までもが裁かれる面持ちで出廷し、被告人には拘束される覚えの全く無い、おかしな裁判だった―――――。



死者使いネクロマンサー令嬢と罵る伯爵に、射殺さんばかりの視線を送っていました」


(そう言われて喜ぶ令嬢が居ると思っているのかしら!?)


「突然のアクシデントで彼女の世話になっていることにも気付けない状況になる……と、今回の伯爵の死を予見する言葉を吐いていたんです!」


(うん? 人はみんな必ずそうなるから――の話よね? 当然の話であって予見なんかじゃないわ)


「誰にも見向きされないのを憐れんだ伯爵がお声掛けなさったのに、憎々し気に顔を歪めていらっしゃいました」


(いやいやいや、あのセクハラ発言が「憐れんだ」って事になるの!?)


「いずれ必ず、後悔することになる――とハッキリと仰ったのを耳にしました! おぉ、恐ろしい……」


(言ったわよ、確かに。けど手を下すって意味じゃないから――――!!)


 緊張の面持ちだった証言者らは、自身の発言順が来ると決められたセリフを正確になぞる様、言い淀むこと無く『必要な事のみ』淡々と述べて行く。


 勿論、エリーゼには発言の機会など与えられない。はなから彼女の認否は必要ないのだ。


 この場はガマーノ伯爵が死んだその時――もしかするとそのずっと前から決められていた『エリーゼをガマーノ伯爵殺害の犯人として認定し、公知させる』ためだけに設けられたものなのだ。


 集まった人々の少なさからこの裁判の閉塞性が伺える。


(まさか殺人犯に仕立てられるくらい誰かに恨まれるか、侮られてたなんて)


 ショックは隠せないが、ようやく自分の身に起こった概要を把握できたエリーゼは、ぐっと唇を嚙み締めて裁判長を強い視線で見詰める。宿る思いは諦念ではなく、こんな状況を引き寄せてしまった自身の不甲斐なさに対すもの。癒しの力を持つ家族の様に、真に人々に必要とされる者ならばこんな場には立たされなかったであろうと云う悔しさだ。


 彼女の視線に気付いた裁判長は、静かにその双眸を見返すと、朗々と響き渡る声で判決を告げる。


「隣国との懸け橋ともなったであろうガマーノ伯爵。その命を奪った被告人エリーゼ・フォンタールの犯した罪は許し難い。だが稀有なる血筋のフォンタールの人間を断頭台の露とすることは惜しい。よって、生涯その身を辺境の地に封ずるものとする。伯爵を喪ったことにより再び緊張状態に陥るであろうその地で、自身の罪と向き合うのだ」


 ガマーノ伯爵の故郷「マイセル」との境に位置する辺境の地へ行っての労働奉仕をしろと云う事らしい。紛争地ならばエリーゼの仕事も多くあるだろう。決して有り難いとは思えないが、不条理だからこそ出来ることを成してあがこう――そして出来るなら汚名を濯ごう――と決意したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る