これはミステリー!?死神騎士に嫁いだネクロマンサー令嬢は、ついでに死者の謎を追う

弥生ちえ

死者使い令嬢と死神騎士

第1話 遺骸と褥を共にする「死者使い令嬢」


 下卑た笑いを浮かべるのは女好きとして知られるガマーノ伯爵。


「死骸相手に同衾するほど不自由しているなら、私が相手をしてやろうか」

「は?」


 今日は久々のドレス着用での夜会参加だった。いつもはしない化粧を施し、ミルクティー色の痛んだ髪に艶出しの香油をたっぷりと塗り込んで、華やかなハーフアップに結い上げれば、慢性的な疲労も少しは隠すことが出来た。だから年頃の令嬢らしく、少しは気持ちも華やいでいたかもしれない。それなのに初見の一言で彼女の許容範囲を一足飛びに乗り越えた伯爵のたるんだ顎を眼前に、エリーゼは反射的にうら若き18歳の令嬢とは思えない低い声を出していた。


(え!? 何言ったの、このガマガエ……ガマーノ伯爵は。いくらガマガエルみたいだからって、言葉が分からなくなった訳じゃないわよね?)


 目の前のでっぷりとして脂ぎったガマーノ伯爵の腕には、派手派手しく飾り立てた女が安っぽい仕草でしなを作り、エスコートする伯爵の腕に、広すぎる襟刳りから零れ落ちんばかりの胸を押し当てている。女の唇は、妖艶な紅に鬱金色の輝きを混ぜた、てらりと光るグロスで蠱惑的に彩られて挑発的に弧を描く。


(いや、美男美女に言われても腹立たしいけど……。こんな、酌婦みたいな女性連れの、お父様より年上の下品な人に言われるなんて最悪だわ)


 エリーゼの気分は急降下の一途を辿る。周囲の参加者たちも、彼女の二つ名を知っているためか、嘲笑や侮蔑を表情に滲ませてこちらの成り行きを観察している。


「ワシも貴族として慈善事業の一つもせんとな。なぁ、死者使いネクロマンサー令嬢? 不吉なお前が目の前に現れたのは不快だったが、よくよく見れば、肉は付き過ぎているが整った面差しをしておる。一晩だけなら相手をしてやろうぞ」

「は?」


 再び、唸り声に似た疑問を告げる一音が無意識に口から零れる。目の前の男に「肉が付き過ぎ」とは言われたくもないが、事実エリーゼはごく一般の同世代の令嬢と比較して、ぽっちゃりしている。これには家業を起因とした諸事情が関わるが、今は割愛しておく。ちなみにエリーゼ・フォンタールの家――フォンタール子爵家の家族は、家業に関わるもの皆、彼女と同じく平均よりもぽっちゃり体型だ。


 いや、それは良い。良くはないが置いておく。エリーゼは彼の言葉に有るを感じたことも無ければ、噂に出回っている行いをした覚えも……まぁ、無くはない――ので、ムググと口籠る。すると、沈黙した彼女とにやけるガマーノ伯爵との間に大きな背中が割り込んで、落ち着いた声が静かに響いた。


「ガマーノ伯爵殿、今宵は公爵家主催の夜会。その場で今の様な物言いは貴殿の品格を疑われるものだと思うが? このようにうら若き女性を怯えさせるのは、紳士たる貴方も本意ではないはずだ」


 目の前の男が紺碧のマントを翻して、ガマーノ伯爵の視線からエリーゼを護ろうと立ち塞がる。本当に怯えていたのだったら、ここはときめくポイントだったのかもしれない。けれど今回は残念ながらそうではなかった。


(あぁ! 微妙に身に覚えがあったばっかりに、黙ったのを怯えたって思われてるの!? だけど同衾って言葉が、ただ掛布を覆い被せるだけを指すならそうかもしれないし。だからあながち間違いとも言い切れないのよね)


 それに、エリーゼがこんな風に絡まれることは毎度のことなのだ。10代も半ばを過ぎて呼ばれるようになった蔑称――遺骸と同衾する死者使いネクロマンサー令嬢。こんな呼名をもう何年も、影に表に向けられて来たから、今更傷付いたりはしない。


「あの、騎士様? お気持ちはとても嬉しいのですが、わたしは何てことありませんからお気遣いは無用ですわ。わたしに関わると貴方様まで悪く言われかねませんわよ?」

「なっ……」


 大勢が見て見ぬふりをする場で、ただひとり庇おうとしてくれた心優しい騎士にまで被害が及んでは申し訳が無い。そう考えたエリーゼは、騎士の背中の影からひょっこり顔を覗かせて、声を掛けようとした――が、彼より先に、ニヤついて舐めるような視線を向けてくるガマーノ伯爵と、警戒心も顕な派手派手女の方に目が合ってしまった。改めて見る目の前の男女の張り付き具合は、間違いなく2人がただならぬ関係性であることを示している。


(くぅっ! こんな人たちでも恋愛ができてるのに……。そうよ、わたしは同衾なんかじゃなく、まず恋がしたいのよ―――!)


 若干ズレた観点で憤り、心の中で血を吐く叫びを上げる。だから、騎士が痛ましげに眉を潜めたことには気付かなかった。


「――貴女は……」

「はい?」


 リア充は爆ぜてしまえとの思いにすっかり囚われていたエリーゼは、騎士の悲し気な声音にキョトンと子首をかしげる。頭2つ分高い位置にある顔を見上げれば、悲し気に眉を顰める彼の深い蒼の瞳と視線が交差した。


「他者を思い遣れる優しい心根を持った貴女が、自らを傷つける物言いに慣れてはいけない。貴女はとても誇り高い志をもっておられるのだから」


 ふわりと、騎士が微笑むと、心臓が今までにないキュッと絞られる感覚がした。その感覚に覚えがないエリーゼは、ドレスの上からぎゅっと胸元を掴んで、経験したことのない感覚の正体を掴もうと意識を集中させる。


(なんだろう、胸が暖かい)


 と、初めての微かな感覚に気付こうとしたところで、ぶわりと熱気が押し寄せて来て、胸の暖かさは吹き飛んでしまった。


「エリーゼっ! 大丈夫!?」

「お父様、お母様」


 ドッスドッスと音を立てる勢いで駆け寄ってきたのは、エリーゼと同じくぽっちゃりとした中年男女。暑苦しい二人の向かう先は気温が上がるのではと思わせる――いや、事実、熱を発する肥大ペアだ。


 そんなコミカルな風貌の父母は、このデンファレ王国に4人しかいない「癒し」の力を持つ尊き神官と聖女のうち2人だ。そう、死者使いネクロマンサー令嬢と呼ばれるエリーゼ・フォンタールは、王国が誇る「癒し」の力を使う一族の一員なのだった。

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