澄実ヶ原小学校中庭相談処(仮)

かなぶん

はじまり

 それはそれは暗い夜だった。

 空に月は照り、星々は瞬いていたが、空気は重苦しい。

(これは……手遅れか)

 その意味に彼女が気づいた時、遠く、何かの爆ぜる音が響いた。

 時を要せずその場に辿り着いた彼女は、その瞳に惨状を映す。

 横転した車、燃えさかる炎、倒れて動かない人間――。

 ただ事実だけを眺める目には、何の感情も見えない。

 ……しかし。

「ん?」

 微かな音に気づき、帽子のつばを上げた。

 他であれば勘違い、気のせいで片付けるささやかな音だが、彼女の細められた目に金の光が混じったなら、そこに一つの小さな影を視る。

 放っておけば死を待つばかりのその影。

 いつもであれば、深く関わるつもりもない、尽きかけの命。

 だが――。

(おあつらえ向き、か)

 彼女の金の瞳が示す、彼女にとっての都合の良さに、ため息が出た。

 それは、長年待ち望んでいたモノを前にして出るには、呆れを多分に含む。

 かといって、逃すにはあまりに惜しい逸材。

 どこかの誰かが呼んだのだろう、近づくサイレンの音にも動じず、炎の下に影を持たない彼女は、何かを掴む仕草で宙に拳を作った。

 途端、その掌中には細長い杖が握られており、銀の先端が小さな影を向く。


 ――それは、遠い夏の夜の出来事。一つの死が終わりを迎えた寓話。


 ”彼女”のはじまりのお話。

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