青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー

000 プロローグ1 小さな魂

こぽ……、こぽぽぽ……。


 薄明るいそこは、温かな水で溢れる酷く気持ちの良い場所だ。時折揺らめいて仰向けに傾く身体が水の中を漂い、突き当たり、そしてしっかりと戻され、自分が繋ぎ止められていることを確認する。うんと伸ばした足が柔らかな壁を蹴飛ばすと「っ痛い」と優しい声が聞こえてくる。


 ーー今日も元気なのね。大好きよ。早く会いたいわ。

 ーーあっ、動いた。腕白だなぁ? 俺に似たのかもしれない。 ゆっくりでいい。ちゃんと大きくなって出てくるんだ。


 心地よい優しい声と撫でられた感触。ハミングの子守唄の振動にも包まれ、無条件に愛されている実感は、世界中の幸せを独り占めしたような特別な気持ち。ああ、気持ちがいいな……。これ以上もない安心感で今日も温かな羊水の中で微睡む。


こぽぽぽ…。こぽぽぽ……。


 

 だけど運命は残酷だ。


 ばいばい、ママ、パパ。たくさん愛してくれてありがとう。幸せになってね。うん、幸せは約束されている……。



 オレはぎゅっと握った手のひらをゆっくりと広げ、小さくばいばいをすると、そっと心地よい空間を手放した。


 一際白く煌めいて、小さな魂は遠くの宙へと帰っていった。




 広大な宇宙に輝く一つの星。地球。その表面に大気とは違う、うっすらと光が覆っている。

 誰の目にも見えない光。だけど確かにそこにある光。

 そこは神々が新しい命を送り出す生命の広場。小さな魂は今度こそ生まれる命になろうと決めて帰還した。




 魂は良い行いをすると磨かれる。磨かれれば磨かれるほど強く輝き、大きくなって力を持つ。そして魂の輝きと力に見合った器が命として姿を授かる。


 良い行いといっても、立場が変われば見方も変わる。人にとって善でも虫にとっては悪、そんなことはザラ。善と悪は表裏一体。

 広場の理は魂自身の種族に寄ることになっている。人なら人の、悪魔なら悪魔の。


 そんな魂が最も磨かれる行いが「生まれない」こと。


 誰もが新しい生を謳歌したい。力を持った魂ともなれば夢も希望も影響力も大きいものだ。

 しかし実は生まれることは難しい。たくさんの犠牲があってこその生なのだ。だからこそ、生きる命を活かすための「生まれない」ことには大きな価値が与えられている。



 天上に真っ暗な宇宙空間が広がる生命の広場。

 今日も生きとし生けるものだった魂がわんさと集まり、新たな出発を待っている。

 広場の周囲には色とりどりの滑り台が設置され、ウオータースライダーの如く滑り降りれば生命の元になる。滑り台は、例えば虹の色を千色にも振り分けたような彩色で、どれも光を帯びていて、魂達は各々に好きな色を選びーーーー但し光の強さだけは決められていてーーーー新たな人生(動物生?昆虫生?とにかく新たに生まれる種族の命)に胸を躍らせながら旅立っていくのだった。


 神々は魂達を種族ごと、光の強さごとに滑り台に並ばせたり、一際輝く魂には使命を与えたり、光を失いかけて消えそうな魂を諭したりとてんやわんやの大忙し。


ーーーーだから、ちょっと見逃しちゃって、ありえないほどの輝きを持った魂が一つ。

 

 ねえ、オレ、とっても眩しいんだけど、目を開けるのが辛いんだけど、大丈夫?




 「なんじゃお主!どうした!何をした?」


 遠くの方から慌てて走ってくるのは、白いお髭に白い服。うん、間違いなく神様だ。

 生きとし生けるものだった魂の数は、計り知れないほど多く、この星が豊かな生態系を保持していることが伺える。

 そんな魂で溢れた生命の広場には何人もの神様がいるが、相手にするのは個性豊かで未熟な命の種なのだから、あっちこっちで群がられ、ぶつかられ、袖を引っ張られれば足元に絡みつかれてと持ち場を離れるにも一苦労。やっとオレの近くに来たかと思えばヘナヘナと座り込んでしまった。



「何もしてないよ。あっ、今、 滑り台が決められない魂がいたから、相談に乗ってあげてたの。その子はどうしても産んでもらいたい人がいるからって困ってたよ。遠目の鏡で一緒に地上を調べてね、その人に辿り着く順番とか光の強さとか、巡り合わせを探すのって大変だね。 やっと見つかったのに、そこに違う子が並んでいて、譲って貰うのに苦労したよ。だって1つずれると生まれられない子になっちゃうんだから。でもね、小さくて光の弱い消えちゃいそうな子がいたから、魂が強くなるよって説得してね、代わってもらえて良かったよ。 どうしてもダメだったら、またオレ、生まれられなくなっちゃうのかな〜って覚悟したんだ。よかったよ〜。」


「…………。何か、やけにここの仕組みに詳しいのう。」


 神様は小さなため息の後、呆れたように呟いた。が、直ぐにオレの顔をまじまじと見つめて続けた。



「あい、事情は分かった。じゃが、それはお主さんがそんなに輝いとる理由にはならんじゃろ?」

「いや、なるのか……。こんなところでも徳を積んでおる。そもそも、何でそんなに小さい?」

「普通、一つ光れば魂も大きくなるはず。うん?大きくならずに光るなんてありうるか?……いや、まずこんな輝きなんて見たことがない。……此奴、どっかの神界から来たか?……いや、それなら……。」

 神様は一人で問答を始めてしまった。


 普通、魂は生・ま・れ・た・先で良いことをして輝かせ、一回り大きくなり、輪廻転生を繰り返してある程度の大きさまで進化する。

 進化した魂は、新しい段階の生命になったり、新たな魂になったり、神様に進化したりするそうだ。



 でも、オレ、まだ生まれたことがないもの。だから大きくなれないよ。かれこれ何回目だろうか……。オレはずっと生まれない命を繰り返していた。



 オレは小さな弱い魂だった。だから強くなるために進んで生まれない命に名乗りでた。魂はみんな生まれたい。


 だから続けて生まれない命にならないように、不公平だと言われないように神様が目印をつけてくれる。可愛い小さな星の目印……。


 その目印を欲しがった子がいたんだ。オレの直ぐ目の前に並んでいた子。どうしてもって泣いたからちょっとだけ貸してあげたはずだった。


「あら、あなた、その目印。続くのはよくないのよ」

 整列させていた若い神様が順番を入れ替えた。その目印はオレのだよ。オレ、オレが2回目だけど……。小さな魂の呟きはあっという間に

「大丈夫!怖くないよ!いってらっしゃい〜!」

の声でかき消された。


 次の時はちょっとしたトラブルだった。2回連続の魂の磨きは神様の目に留まるには十分だった。不憫に思った神様に遠目の鏡を貸してもらってママになる人を確認した。

 うん、大丈夫、あの人は優しそう。

 勢いよく滑り始めたオレの体? に、青い鳥? 深い瑠璃色の、いや、光の角度によっては虹色の鳥がぶつかった。地球でいう所のスズメくらいの大きさだ。

 普通、そんな鳥がぶつかっても吹っ飛ばされないよね? でも、オレはとっても小さい魂だから見事に吹っ飛ばされて、3つ先の滑り台に不時着した。行き先は想像のとおり。産まれたかった……。


 ある時、ちょっと前に並んでいた魂達が言い合いを始めた。

「お前、一緒に滑るって言ったじゃないか」

「いや、やっぱり双子は嫌なんだって」

「嘘だろう? この期に及んで裏切る気か」

「別々に行ったら俺、産まれられねぇぜ?」

「誰かが滑りゃいいじゃんかよ」



 後ろで待ってた魂達が早くしろって叫び始めた。小さいオレに何とかしろって。困ったなぁ、勇気を出して聞いてみる。

「あのぅ、みんな順番待ってますけど……」

 恐る恐る声をかける。あっ、何だか嫌な予感。

「グッとタイミング〜、先を譲るぜ」

「みんな待ってるんだろう?問答無用、お先にどうぞ」

「えっ? えっ? これって?! いやあああ」





「行きたくない」

 頑として動かない輝きの薄い魂がいた。うん、分かるよ、その気持ち。でもね、生まれられなくても大切にしてもらって、愛を感じることもあるんだよ。生まれてすぐに不幸な目に遭う子だっているのだから。

 神様と励ましなだめて説得し、送り出したその瞬間、ぎゅっと端っこを掴まれてオレも一緒にスライダー……。双子になったオレ達は一緒に魂を磨くことになった。


 輪廻転生。オレは人族専門だからそれなりの時間で魂を磨く……はずだ。でも生まれていないものだから、輝きを増すスピードも力をつけるスピードも圧倒的に速くなった。なのにちっとも大きくなれない。


 神様、オレ、産まれられないの?

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