頭に冠を置いた女たち

トリスバリーヌオ

頭に冠を置いた女たち

「シャミセンが三味線を弾いてるよ」


 二本で1600円程のイカを以下の手順で買いました。


「三味線が三味線を弾いてるってどういうことですか?」


 ちょうちん1つに照らされているテントの下で「じゅうじゅう」と焼けている醤油とイカの匂いにひかれながらも、なんとか答えることができたのは、控えめにぶら下げられている値札のおかげでしょう。


「しゃみ先輩がいるんですよ、その先輩が三味線をひいているんですよ」


 暖かい灰色のスモークで肺をいっぱいにして、吐き出すように「ふー」としたあとに、カタツムリを眺めるような目で私をみてきました。


「だからシャミ先輩でシャミセンです」


「無理があるでしょうに」


「無理なんてありませんよ。ところで三味線とバイオリンどちらが好きですか?」そう言って私は肩にてをおきました。


「唐突だ」


 鉄板にねちっこくへばりついたソース色の焦げが、たまげたことにイカの方、それも先端の吸盤につきます。

 ひっくり返して別の吸盤に。

 それを見て思わず顔をしかめました。


「あー、ごめん、そこは『なるほど、三味線かな』って言うべきだったか」


「えっ」


 ぽかんと口を開けながら「何を言っているんですか?」と言おうとしましたが、屋台の妖怪みたいなおじちゃんが「はい、1600円」というたった2本で法外な価格を提示してきたので、紙切れ2枚と交換で、もちろんお釣りをもらいますが。


 ぽかんとしたまま食べました。


 なんだか不満げな視線と「値段が」と共感しながら、無言で後ろにある茶色の砂利道を通り、小さな坂を登りました。


 丁度50人くらいに囲まれて三味線を引いている女の人たちがいます。

 大宮神社の鈴、風に揺れて「シャン」と鳴っていました。


 ちょうどお賽銭から人間4人分くらい離れているところに私たちは腰を下ろしました。


 目の前にいるカメラを持った髪の長い女性が、どうしてだか私達を睨みつけてきます。


「三味線ですね」


「まあ、うん」


「花より団子なのは重々承知のことです。どうぞ」


 茶色の笹でできた包みを渡すと、にっこりと……にやりと笑いました。


 髪の長い女の人、それの横にいる特徴のない男の人、肩の隙間、少し背伸びをしてみました。

 赤と白、明度が低めの服は、松明の光に照らされて少しオレンジ色になっています。

 女の人たちは三味線のみを抱えている、と思っていたのですが、どうやら小さな太鼓やカスタネットのようなものを「ちょこん」と抱えていたりします。


 すこし眠たくなって欠伸をしてしまいました。

 その吐息が髪の長い人にかかってしまい「すみません」と小さくつぶやきます。


 おやおや。


 驚くべきことに、視界の端に写っている女の人、イカを美味しそうに豪快にかぶりついていたのです。

 これはかぶりついていると言うより、一切れを口の中に全部入れてはしたなく「咥えている」と言った方が正しいかもしれません。


 彼女は視線に気づいたのか生きよく、イカを飲み込みまこんでしまいます。

 そして、何事もなかったように目線を手元にあるイカから前へ戻し、毅然とした姿で音楽を聴き始めます。

 ですが、その瞬間を見ていなかったとしても口の端についた醤油が彼女のすべてを物語っているのです。


 そういうところが可愛らしいのです。


「こっちみないでよ」


 我慢の限界だったのでしょう。

 口元をあざとい仕草で隠しながらそんなことを言ってきます。


「絶対に嫌です。美しい顔が隣に置いてあったので、仕方がないのです。あなたが悪いんですから。そんなあなたは今日からシャミ子です。唐突だって思いましたね? 唐突だから何ですか」


 粘り気のある目です。


「先輩とか、お姉さんとかから『後輩さん』って呼ばれたそう」


 小さな太鼓の音でよく聞こえませんでした。

 ですので適当にうなづき、豪華にかぶりつきました。


「実はあそこにいるの私の姉なんだよね」


「似てないですね」


「でしょ」


 さて、花より団子が常の私達ですが、団子がなくなった今、何をするべきなのでしょうか。


 可愛い女の人、舞、見る。

 初めのうちは楽しいですが、眠くなってしまいます。


 音楽、聞く。

 音楽は睡眠導入として最適だと思います。


 眠りたくない時は人と話すのが良いそうです。


「つまり周りの迷惑を考えずに喚き散らしてやった」という事です。

「はい、祭りの雰囲気に惑わされて、やらかした」という事です。


 ―――――――


「いやはや、これはたまげたことです」これは夏休み終わりに初めて口にした言葉でした。

 私達の所属する部活の先生がどうやら頭に血をためているらしく、メールでそのことを伝えられた時、頭をかきむしるのはご愛敬という物ですが、それはともかく。


 当たり前のことながら、心当たりはありません。


 強いて言うなら登校日に欠席していたことくらいですが、それはしっかりと学校へ連絡積みですし「些細な事でも」と言う何でもありな条件を加えるなら、地域の清掃ボランティアをサボったくらいですし、結局何も分からないまま時間と老化だけが進み、始業式を迎えたわけです。


 そして、それは祭りで共に過ごした「みちゅこ」も同じだったのです。


「くるり」とペンを回しながら「あっそ、だからなに? 邪魔なんだけど。どっか行ってくれない? 邪魔だって言ってんじゃん、どっか行けよ」とクラスの一番後ろ端で言っていたのはみちゅこです。


 もちろん「職員室に行きたくないなんて幼稚ですね。だからテストでも点数低いんですよ? もしかしてですが、テストと知能が関係しないとか思っていますか? 即物的ってよく言われそうですね!」と言い返しました。


 ですが、残念なことに真面目に話を聞く気が無いらしく「くるくる」とペンを回し、鼻で笑うだけです。


 いいえ、違いました。


 みちゅこは椅子を蹴とばすような勢いで立つと私の手を乱暴に取りました。


「ちょっと、痛いです」


「うるさい!」


「ガタン」と言う大きな音が鳴りました。


 みんなが見ています。


「こっち来て!」


わけのわからないまま引っ張られていきます。


私は怖かったので何も言えませんでした。



私と彼女が恋仲になるのは、ちょっぴり遠い話です。

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