ネカフェの妖精の下には今日もおかしな依頼がやってくる

藤原くう

超古代より来たりしもの 全4話

探偵はネカフェにいる

「水晶体を奪った女を探してほしい」


 依頼人の男性が発した言葉が、狭いVIPルームに響いた。


 ここはネットカフェ〈シュガー〉の角に位置するVIPルームの一つ、42号室だ。扉の前には『あまね探偵事務所』と書かれた紙が張られているから一発でわかると思う。


 中年男性の前には、ダボダボのセーラー服を身にまとった少女がいる。アイスクリームを口に運んで頬に手を当てている彼女こそ、この部屋に居座っている佐藤あまねその人だ。


「おい、聞いているのか!」


「聞いてるってば、そうカリカリしないで」あまねは目の前のコーヒーを男性へと押す。「これでも飲んで落ち着いて」


「落ち着いてられるかっ! あれがないと私は……!」


 四畳半もないVIPルームに、焦りの声がよく響く。絶対、お隣さんにも聞こえてるんだろうなあ。


「あの、すみませんが店内では静かにしてもらえると」


 わたしが言うと、男性から親の仇とばかりに睨まれた。騒いでるのはそっちなのに、逆恨みもいいところだ。


 男性は湯気くゆるコーヒーを手にすると、ぐびりぐびりと一息に飲み干していく。極度の怒りは熱さえも感じさせなくさせるものらしい。あまねの方を見れば、肩をすくめていた。


「それで、女性を探したいということですけど、警察には?」


「とっくに通報した。だが、一刻も早く水晶体を取り戻したいのだ。だからこうして」


「なるほどなるほど。その女性の手がかりはありませんか」


 男性がスーツの胸ポケットから、一枚の写真を取り出した。ツルハシを手にした、いくらかシワと肉の少ない依頼人を中心とした写真で、黒い革ジャンにブラウス、スカートの下にはジャージというよくわからない恰好をした女性に赤丸がつけられている。遠くには校舎のような立派な建物。誰もかれも汚れていたが、その顔には満足感がありありと見て取れる。


「その囲われたやつが、私が発掘したものを奪ったやつだ」


「学生ですか」


「だった、というのが正確だな。名前は降矢紫乃で、教え子だよ」


「ということは」あまねが男性を上から下まで見る。「大学教授――それも考古学の。もしかして、青柳

国治教授?」


「いかにも、そうだが」


「うわーすごい偶然だ。今月号の月刊モー見られました? 先生が発掘したものの特集が組まれてるんですよ」


 あまねは言いながら、パソコンケースに積まれた雑誌を一つ手に取った。牛がUFOに連れ去られようとしている表紙には、オーパーツ特集とあり、その下には確かに青柳国治の文字。その下にはK大学教授の文字。K大学といえば旧帝大の一つだ。


 というか。


「その雑誌、ここにあったんですね。読んだのなら返却してください」


「わかってるって」


 全然わかっていない口調であまねが言った。たぶん、話が終わったころにはすっかり忘れてしまってることだろう。


 頭がキリキリ痛んできたわたしをよそに、話は進んでいく。


「よくは覚えていないが、取材を受けた記憶があるようなないような」


「お忙しいですもんね。世界中を飛び回り、遺跡を発掘する毎日……羨ましいです」


「……じゃあここから出ていけばいいじゃない」


「助手くんうるさい」


「助手じゃないです」


 わたしはネカフェの店員であって、探偵の助手ではない。……はずなんだけどなあ。


「――だからこそ、あの女を探してほしいのだ!」


「うわっびっくりした」


 青柳教授の方を見れば、こぶしを握り締めている。その顔には並々ならぬ思いと覚悟が満ち満ちている。


 わたしにはそれが不思議だった。


「その水晶体ってそんなに大切なものなんですか」


「そうだとも。あれは考古学的にも非常に貴重なものなのだよ」


 口角泡を飛ばす勢いでそう言った教授は、先ほどとは違う写真を取り出して、わたしたちに見せつけてくる。


 そこに写っていたのは、サファリハットをかぶった青柳教授と、その手に抱えられた水晶体だ。水晶体はサイコロのような形をしており、その中には古めかしい円盤状の何かが埋め込まれている。


「これは?」


「クリスタルキューブと呼んでおる」


「キューブ……?」


「なるほど、正六面体だからですか」


「うむ。君は筋がいいな。その通りだ。これは一辺がちょうど十センチの正六面体なのだ」


 オーストラリアの古代遺跡から出土したもので、一寸の狂いもない正六面体で、傷一つない。加工されたはずにもかかわらず、その痕跡さえもない。中にどうやって金属板を埋め込んだのかもわからない。そこに刻まれた楔形文字も解読不能……などなど。


 鼻息荒く青柳教授が解説してくれるけれども、わたしにはちんぷんかんぷん。さっぱりわからない。


「オーパーツということだよ、助手くん」


「そのような言葉で片付けるのはいささか不満ではあるが、今のところはそうなるだろう。どちらにせよ、これがつくられたのはメソポタミア文明成立よりもはるか過去のことで、もしかしたら人類史が大きく変わる大発見なのかもしれないのだ」


「だから、盗まれたままではいられない、と」


「ああ。成果を横取りされたくない」


「わかりました。微力ながらお手伝いいたしましょう」


「そうか!」


 嬉しそうに身を乗り出した青柳教授に、あまねが微笑みを向けた。


「そのクリスタル・キューブとやらも気になりますし」


 満面の笑みを浮かべた青柳教授とあまねが握手をする。



 バタンと扉が閉まり、足音が離れていく。


「あの」


「なあに」


「言いたいことはいろいろあるんですけど、なんでこんなところで探偵なんかやってるんです?」


 VIPルームだけに置かれた革張りの椅子の上で膝を抱えて、くるくる回っているあまねを改めて見る。


 ダボダボのセーラー服に身を包んだあまねは、高校生というよりは中学生あるいは小学生のよう。どちらにせよ学生に変わりはなく、平日の朝っぱらからこんなところにいていいやつではない。


「大学生なのに、講義に出ずにバイト三昧の人がそんなこと言っていいわけー?」


「うっ。ってか、なんで知ってるんだ」


「さあて、どうしてでしょう」


 あまねがころころ笑う。笑い声を聞いてるだけで、むしゃくしゃしてくる。


「……さっきのアイスとコーヒー代、払ってください」


「ツケで」


 わたしは無言で、あまねの頭を叩いた。何とも形容しがたい悲鳴が、部屋にこだまする。


 痛みに悶絶しているこのあまねは、なぜかツケが許されている。不思議に思ってオーナーに聞いてみたのだが、彼女は特別らしい。


 特別ねえ……。どこからどう見ても、子どもにしか見えないんだけど。


「ひ、ひどいっ。このパーフェクトな頭脳に衝撃を加えるなんて、脳細胞に何かあったらどうするんだ」


「さあ、人はいつか死ぬので」


「そうだけどさ。あ、今回も手伝ってくれるよね?」


 キラキラとした目線が、わたしへと向けられる。


 ――誰が、こんな小娘の手伝いをするか。


 そう思っていたのも今は昔、わたしはオーナーから彼女の頼みは可能な限り聞きなさい、命令されていた。嫌ならバイトを辞めてもいいよ、とは言われているけれども、ここほど時給が高くて楽な仕事は他にないし、それに何より、通常業務+αで時給は二千円の大台突入である。これを逃す手はない。


「わかりましたよ、それで何をすればいいんですか」


「うーんと、そうだなあ、私のためにコーヒーを淹れてくれたり」


「……仕事に戻っていいですか」


「私だって客なんだがっ!」


「ツケで払ってるくせに、よく自信満々に言えますね」


「後で払うからさ。それから」


 わたしは空になったカップと皿を持って、扉に手をかけようとしているところであった。


「まだ、何か?」


「図書館行ってきて、考古学系の本借りてきてくれないかな。オーパーツとかオカルト関係のやつ」

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